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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第35話 瓶だけ見ろ

 広場の端で、有紗は足を止めた。


「あれ、何してるの?」


 視線の先には、瓶を並べた屋台があった。人々が木の輪を投げ、瓶へ入れようとしている。


「輪投げだろ」

「見たことはあるけど、やったことない」

「じゃあ、やりゃいいだろ」


 シャロウは屋台の男へ銅貨を置いた。


「三つ」

「はいよ」


 木の輪を受け取った有紗は、瓶を見た。


「これを、あそこに入れるの?」


 シャロウは黙って頷いた。


 有紗は輪を構え、瓶へ向かって投げた。

 一つ目は手前に落ちた。二つ目は瓶の横へ逸れ、三つ目は瓶の口に当たって弾かれる。


「……惜しい」

「三つ目だけな」


 有紗は地面に落ちた輪を見つめた。


「もう一回」

「早いな」

「今の、分かりかけたの」

「何が」

「手を離すところ」


 シャロウは少し呆れたようにしながらも、もう一度銅貨を置いた。


 有紗は新しい輪を受け取ると、すぐ瓶へ向き直った。


 距離。高さ。手を離す位置。


 魔法なら、考えた瞬間に届く。

 けれど輪は、指を離したらもう途中では変えられない。


「……難しい」

「輪投げが?」

「魔法の方が簡単」


 シャロウは一瞬黙った。


「普通は逆なんだよ」


 有紗は唇を結び、輪を構えた。


 一つ目。

 短い。


 二つ目。

 強すぎる。


 三つ目。


 息を止めた。


 強すぎないように。

 でも、弱すぎないように。


 それは魔法を使う時と似ているはずだった。

 けれど今は、抑えるのではない。


 届かせたい。

 入れたい。


 あと少しを、自分の手でどうにかしたい。


 輪が飛ぶ。


 瓶の口に当たり、かつん、と小さな音を立てて縁で跳ねた。


「……っ」


 入る、と思った。


 けれど輪はほんの少しだけ傾き、そのまま瓶の外へ落ちる。


「……ああ」


 有紗は悔しそうに輪を見た。


「今の、入ると思った」

「惜しかったな」

「もう一回」

「負けず嫌いかよ……」


 シャロウはそう言いながら、もう一度銅貨を置いた。


 有紗は新しい輪を受け取ると、すぐに瓶へ向き直る。

 それからも何度か輪を投げた。


挿絵(By みてみん)


 少しずつ感覚は掴めている気がする。瓶の縁をかすめることも増えた。


 それでも、入らない。


「……入らない」

「だな」

「魔法なら、入るのに」

「だからって使うなよ」

「ちょっとだけなら」


 有紗はしばらく輪を見つめた。


 ほんの一瞬だけ迷って――次の瞬間、地面に落ちていた輪がふわりと浮く。


「おい」


 シャロウの声より早く、輪はまとめて瓶へ収まった。


「入った」

「入った、じゃねぇよ!」


 有紗は満足そうに瓶を見た。


 屋台の男が目を丸くする。


「今のは……」

「手品だ」


 シャロウが即座に言った。


「でも、魔法――」

「黙ってろ」


 有紗は口を閉じた。


 屋台の男はしばらく二人を見ていたが、やがて笑った。


「まあ、反則は反則だな。景品はなしだ」

「うん……」


 有紗が少し肩を落とすと、シャロウはもう一度銅貨を置いた。


「今度は魔法なし。瓶だけ見ろ」

「瓶だけ?」

「さっきから他のこと気にしすぎなんだよ」


 有紗は少し目を瞬いた。


「……気にしてないよ」

「じゃあ、研究棟はどっちだ」


 有紗は迷わず、広場の向こうを指した。


「こっち」


 道を覚えているわけではない。

 研究棟へ繋がる、いつもの感覚が今もある。


「ほらな」


 シャロウは新しい輪を有紗へ渡した。


「今は瓶だけ見ろ」

「検査も?」

「忘れろ」

「紫音くんも?」

「特に忘れろ」

「怒られるよ」

「もう怒られる」

「……そうだった」


 有紗は困ったように笑って、輪を構えた。


 目の前の瓶と、手の中の輪だけを見る。


 それからまた、何度か投げた。


 惜しい。

 けれど、やっぱり入らない。


「もう一回」


 シャロウは黙って銅貨を置いた。


 有紗は次の輪を受け取ろうとして、ふと手を止めた。


「……あれ?」

「何だよ」


 有紗は広場を見回した。


「研究棟……どっちだっけ」


 さっきまで当たり前にあった、研究棟へ繋がる感覚がない。


「……糸、ない」

「切れたのか?」

「うん……」


 シャロウは少しだけ眉を寄せた。


「そんな気はしてた」

「え?」

「お前、輪投げに熱中しすぎてたからな」

「……言ってよ」

「言っても止めなかっただろ」

「……止めなかったかも」


 有紗はもう一度、広場を見回した。


「……帰れない」

「帰り道は俺が持ってる」


 有紗が顔を上げる。


「シャロウが?」

「他に誰がいるんだよ」

「本当に帰れる?」

「帰れる」

「迷子にならない?」

「ならねぇよ。迷うのはお前だ」

「ひどい」

「事実だろ」


 有紗は何か言い返しかけて、結局口を閉じた。


 シャロウは木の輪を一つ取り、有紗の手に乗せる。


「帰る時は連れてく。今は瓶だけ見ろ」


 有紗は手の中の輪を握り直し、目の前の瓶を見た。


「うん……もう一回」


「帰り道は俺が持ってる」


有紗(え、輪っかじゃ……)

挿絵(By みてみん)

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