表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/40

第32話 音の鳴らない杖

 狩猟組合から出された黒魔獣の調査依頼は、思っていたよりも早く大きな話になっていた。


 黒い首輪を嵌められた魔獣。

 そして、黒焔に似た歪な気配。


 シャロウは依頼書を折り畳むと、有紗を見た。


「杖を持て」


「杖?」


 有紗はきょとんとして首を傾げる。


「なくても魔法は使えるよ?」


「だからだ」


 シャロウは短く返した。


「外ではそれを持て。あと、できるだけ詠唱しろ」


「どうして?」


「普通の魔法使いは、杖を使う。詠唱もする。少なくとも、そう見せる」


 有紗は少し考えてから、ようやく頷いた。


「私が何をできるか、知られない方がいいってこと?」


「ああ」


「分かった」


 有紗は部屋の隅に置かれていた王宮製の杖を取りに行った。


 白木と淡い金細工で作られた、華やかな杖だった。

 先端には星の形をした飾りがあり、小さな宝石がいくつも嵌め込まれている。光を受けると美しい。


 有紗が杖を持ち上げる。


 しゃらん。


 澄んだ小さな音が鳴った。


 シャロウの目が細くなる。


「……鳴るのか、それ」


「鳴るね」


「森に持っていく道具が、歩くたびに鳴ってどうすんだよ」


「鳴らないように持つね」


「そういう問題じゃねぇ」


 リュシアンは横で静かに杖を見ていたが、何も言わなかった。


 結局、今の杖を見てもらうため、出発前に杖屋へ寄ることになった。


     ◇


 旧市街の奥にある杖屋は、看板も小さく、通り過ぎれば見落としてしまいそうな店だった。


 扉を開けると、乾いた木と古い薬草の匂いがした。

 壁一面に、長杖、短杖、細い儀礼杖、太い旅杖が並んでいる。


 奥にいた老婆が、有紗たちを一瞥した。


「帰んな」


 開口一番、それだった。


 シャロウが眉を寄せる。


「まだ何も言ってねぇだろ」


「言わなくても分かるよ。そこの娘に合う杖なんて、うちにはない」


 老婆の視線が有紗へ向く。


「魔力が強すぎる。普通の杖なら、持たせた途端に嫌がるか、割れるか、燃えるかだね」


 有紗は驚いて、自分の手元を見た。


「燃えるの?」


「燃やすんじゃないよ。杖が耐えられないって話だ」


 シャロウは王宮製の杖を軽く持ち上げた。


「強い杖が欲しいわけじゃねぇ」


「じゃあ何だい」


「こいつの杖、歩くだけで綺麗な音色を奏でる」


 その瞬間、老婆の顔がわずかに歪んだ。


「……王宮品かい」


「ああ」


「馬鹿な杖だね」


「でも……綺麗だよ」


「飾りとしては悪くない。式典で持つなら映えるだろうさ。けど狩猟には向かない。当たり前だ。杖を楽器にしてどうするんだい」


 シャロウは手にした杖を見下ろし、深く頷いた。


「俺もそう思う」


「シャロウ、頷かないで」


 有紗が少し困ったように言う。


「重いし、鳴るし、狩猟には邪魔でしかねぇな」


 それから、妙に値の張りそうな金細工へ視線を落とした。


「買わないよ」


 老婆が間髪入れずに言った。


「まだ何も言ってねぇだろ」


「顔に書いてあるんだよ。売れるなら売ろうとしてる顔だ」


「……邪魔な上に、金にもならねぇのかよ」


 有紗は慌てて、シャロウの手元の杖へ手を伸ばす。


「売らないよ!」


「使わねぇだろ。狩猟には邪魔でしかねぇよ」


 シャロウが雑に杖を持ち上げた拍子に、先端の星飾りが揺れた。


 しゃらん。


 店内に、澄んだ音色が響く。


「シャロウ! 乱暴にすると、星の飾りが取れちゃう! そこに香水が入れられるようになってるから!」


 シャロウの手が止まった。


「……香水?」


「うん。式典とかで、歩くと少し香るようにって」


「……ほんっと、使えねぇな」


「持っていけって言ったの、シャロウだよ!」


 有紗が珍しく言い返すと、シャロウは一瞬だけ黙った。


「……まさか、杖に香水入れる馬鹿がいるとは思わねぇだろ」


「私も入れたことはないけど」


「やっぱり使ってねぇじゃねぇか」


 老婆は王宮製の杖を眺め、深く鼻を鳴らした。


「王宮ってのはね、そういう無駄に金をかけるのが仕事なのさ」


 その言い方には、驚きよりも諦めがあった。


 次に、老婆の視線はリュシアンへ向いた。


「そっちの坊やは?」


「私は持っています」


 リュシアンは外套の内側から、黒に近い紫色の短杖を取り出した。


「リュシアンさんも杖を持ってたの?」


「はい。ないと魔法が使えませんし……」


「えっ」


 シャロウは有紗へ視線を戻す。


「問題はこっちだ。歩くだけで音が鳴る杖をどうにかしろ」


「音は綺麗なのに……」


「魔獣に聞かせるために森へ行くんじゃねぇ」


 有紗が小さく黙ると、老婆は棚の奥へ手を伸ばした。


 取り出されたのは、灰白色の細い杖だった。

 金細工も宝石もなく、先端に小さな石が一つ嵌め込まれているだけだ。


「これを使ってみな」


 老婆は、その杖を有紗へ差し出した。


「強くする杖じゃないよ。邪魔をしない杖だ」


「邪魔をしない……」


 有紗は両手で受け取った。


 軽い。

 静かで、手の中で主張しない。


 王宮の杖のような華やかさはなかったが、握っていることを忘れそうなくらい自然だった。


「……軽い」


「余計なもんが付いてないからね」


「ありがとうございます」


「礼はいい。外で無駄に振り回すんじゃないよ」


「は、はい」


 有紗は慌てて頷いた。


 シャロウは王宮製の杖を布で包み直し、荷物へ括りつける。


「杖も替えた。余計な音も消えた。行くぞ」


「うん」


 有紗は新しい杖を握り直した。


「娘」


 扉へ向かいかけたところで、老婆が呼び止めた。


 有紗が振り返る。


「その杖は、綺麗に見せるためのもんじゃない。森で生きて帰るための道具だ。そこだけは忘れるんじゃないよ」


「……はい」


 有紗は少しだけ背筋を伸ばして、もう一度頷いた。


 隣で、シャロウが何か言いかけて――やめた。


 三人が店を出ると、扉の鈴が小さく鳴った。


「それを売るなんてとんでもない」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ