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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第31話 ただいまの星

 シャロウは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「よし。試しに俺を編め」

「……何言ってるの?」

「俺そのものじゃねえ! 俺と会ってからのことだ」

「それなら、そう言って」

「今ので分かれよ」


 有紗は少し考える。


「最初に会った時だけじゃ、足りないと思う」

「だったら今までで考えろ」

「今まで全部?」

「全部じゃねえ。何か一つにまとめろ」


 シャロウは有紗を見る。


「俺と出会って、何が変わった」


 有紗は黙り込んだ。


 森の中で見つけた、傷だらけのシャロウ。

 警戒する琥珀色の瞳。

 研究棟まで歩いた帰り道。


 増えた椅子。

 作ってもらった棚。

 依頼へ出ていく背中と、帰ってくる足音。

 食卓に並んだ、最初から一人分多い料理。


 そして、あの日。

 扉が開いたあとに聞こえた、少しぎこちない声。


「……帰ってくる人が、増えた」


 言葉にした途端、胸の奥がふっと温かくなった。


「シャロウが帰ってきて……『ただいま』って言ったでしょう?」

「一回しか言ってねえぞ」

「うん。だから、よく覚えてる」


 有紗は目を閉じた。


 右手の指先に、小さな星が灯る。

 続いて、もう一つ。


 思い出を拾うたび、白金色の光がその間を渡っていく。


 けれど、すべてを入れようとすると、光は絡まり、形を失った。


「……多すぎる」

「全部入れようとすんな」

「でも……」

「一つにしろ」


 有紗はシャロウを見る。


「さっき言ったやつでいい」


 ――帰ってくる人が、増えた。


 有紗は小さく頷いた。


「ここで?」


 有紗が机の上へ視線を落とした。


 焦げ跡。

 溶けかけた氷の水滴。

 妙に青々と伸びた鉢植え。


 シャロウも同じものを見て、深く息を吐いた。


「外でやるぞ」

「中庭?」

「ああ。これ以上、机を巻き込むな」

「星結びは爆発しないと思うよ?」

「お前の“思う”を信用できる段階は過ぎた」


 有紗は少し不満そうにしたが、すぐに頷いた。


「分かった」

「火と氷は禁止」

「うん」

「足の指も使うな」

「星結びでは使わないよ?」

「念のためだ」


 二人は研究室を出て、中庭へ向かった。


 中庭に出ると、いつの間にか陽は落ちていた。


 群青色の空に、一つ、また一つと星が灯り始めている。

 研究棟の窓から漏れる明かりが、庭の草を淡く照らしていた。


 有紗はその明かりを背に、夜空の下で両手を胸の前へ掲げる。

 そして、再び目を閉じた。


 出ていった人を待つこと。

 無事に戻ってきてほしいと願うこと。

 扉が開く音を聞いて、ほっとすること。

 帰る場所があり、そこに待っている人がいること。


 絡まっていた光が、少しずつほどけていく。


 いくつもの思い出が、一つの意味へと重なった。


 白金色の光が、有紗の両手の間で小さな星を形作る。


 形が整った、その瞬間。


 星はふっと色を変えた。


 淡く、やわらかな薄桃色。

 花びらの内側のような、温かな光だった。


 これまでの星とは違っていた。


 誰かに置くための印でも、魔力を通すための起点でもない。

 一つの意味を持ち、有紗の手を借りなくても、自分の力で輝いている。


「……できた」


 有紗は瞬きもせず、両手の間に浮かぶ星を見つめた。


 何度試しても、途中でほどけていた。

 形になりかけても、完成する前に消えてしまった。


 けれど今、薄桃色の星は消えずに輝いている。


「ほんとうに……できた」


 今度の声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。


 隣では、シャロウが小さな星をじっと見つめていた。


「……なんか、思ってたのと違うな」

「何が?」

「空いっぱいに星を編むとか、街を覆うとか言うからよ。もっとこう……でかくて、眩しくて、近づいたら吹き飛びそうなもんができるのかと思ってた」


 有紗は両手の間に浮かぶ星を見下ろした。


「可愛いでしょう?」

「自分で言うのかよ」

「可愛いよ?」

「いや、まあ……可愛いけどよ」


 シャロウは、すっかり拍子を外された顔で薄桃色の星を眺めていた。


 その星が、二人の間で小さく明滅する。

 まるで有紗の言葉を肯定するように、少しだけ嬉しそうに光った。


 やがて星は、有紗の掌を離れた。


「あ……」


 ふわりと宙へ浮かび、二人の頭上を離れていく。


 二人は並んで、そのあとを目で追った。


 薄桃色の星はゆっくりと夜空へ昇っていく。


 高く、高く。


 やがて空に瞬く無数の光の中へ辿り着き、新しい星として静かに輝き始めた。


 遠く離れても、その淡い色だけは不思議とはっきり見えた。


「……名前は?」


 シャロウが尋ねた。


「ただいまの星」


 有紗は夜空を見上げたまま、嬉しそうに笑った。


「そのまんまだな」

「分かりやすいでしょう?」

「まあ、その見た目には合ってる」

「見た目だけじゃないよ」


 有紗は、夜空に増えた薄桃色の星を見つめた。


「誰かが帰ってきた時って、あんなふうに胸が温かくなるから」


 シャロウは一瞬、何かを言いかけた。

 けれど結局、何も言わずに夜空へ視線を戻した。


 少しの沈黙のあと、ぼそりと呟く。


「……俺を編めって言ったはずなんだけどな」

「シャロウだけじゃ、星にならなかったよ」

「あ?」

「シャロウが帰ってくる場所も、一緒にないと駄目だったの」


 シャロウは研究棟を振り返った。


 窓から漏れる明かりが、夜の庭を柔らかく照らしている。


 それからもう一度、空に浮かぶ薄桃色の星を見上げた。


「……そりゃ、俺だけじゃ足りねえな」


 小さく呟いた声を、有紗は聞き返さなかった。


 二人の頭上で、ただいまの星が静かに瞬いていた。

挿絵(By みてみん)


星置き

星繋ぎ

星結び ← 今ここ

星編み


尚、今回成功したのは“星編み”ではありません。

ようやく一つ、“星結び”に成功しました。

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