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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第29話 治癒は、ぽわーっと

 森から戻った翌日の午後。


 紫音は用事で研究棟を空けており、まだ戻っていなかった。


 有紗は研究室の机に向かい、昨日見つけた黒い首輪について、分かったことを記録にまとめていた。


 もっとも、書いている時間より、筆を止めて考え込んでいる時間の方が長い。


 向かいでは、シャロウが椅子の背に腕を載せている。


「それで、昨日のあれと、お前の術は同じなのか?」

「似てるけど、違うよ」

「どこが」

「昨日の魔獣は、外から無理やり繋がれてたでしょう? 私のは、先に星を置くの」

「それから糸で繋ぐ?」

「糸みたいに感じるだけで、正確には糸じゃないよ」

「だったら糸って呼ぶな」

「細くて長いから分かりやすいんだもん」


 有紗は筆を置き、自分の小指を見つめた。


「東の国ではね、小指と小指を赤い糸で繋ぐと、好きな人と両想いになれるんだって」

「急に何の話だ」

「私のは赤くないから、無理かもしれない」

「糸じゃねえんだろ?!」


 有紗は少し考える。


「でも、赤くすることはできるよ」

「できんのかよ」

「うん。熱くなるけど」


 有紗の視線が、シャロウの左手へ落ちた。

 シャロウは反射的に小指を握り込む。


「……何だよ」

「シャロウ」

「繋がねえぞ」

「勝手には繋がないよ?」

「当たり前だ!」


 シャロウは手を胸元へ引き寄せた。


「熱くなるなら、攻撃にも使えんのか?」

「たぶん。赤なら熱くできるし、青なら冷たくできると思う」

「試したのか?」

「赤だけ少し」

「青は?」

「まだ」

「何でだよ」

「普通に火とか氷を出した方が早いから」


 あっさり返され、シャロウは黙った。


「……治癒は?」

「星を繋ぐ方では上手くできなかったよ」

「普段はどうやって治してんだ」

「ぽわーっと」

「は?」

「治ってーって思うと、ぽわーっと光って治るよ」

「説明を諦めるな」

「ちゃんと説明してるよ?」


 シャロウは額を押さえた。


「最初に俺の怪我を治した時も?」

「うん。ぽわーっと」

「俺、ぽわーっとで助かったのかよ……」

「ちゃんと治ったでしょう?」

「治ったけどよ」


 有紗は心外そうに頬を膨らませた。


 シャロウはしばらく考え込み、窓辺に置かれた鉢植えへ目を向ける。


「治癒なら、緑なんじゃねえのか?」

「緑?」

「草とか木とか、生きてるもんの色だろ。再生とか、そういう感じで」


 有紗の目が大きく見開かれた。


「……試してみたい」

「俺を見るな」

「シャロウ、どこか怪我してない?」

「してても言わねえ」

「ほんの少しでいいよ」

「緑が治癒じゃなくて風だったらどうすんだ」

「傷が開くかもしれないね」

「分かってんならやめろ!」

「じゃあ、植物?」


 有紗が窓辺の鉢植えを見る。

 葉の一枚が、端から少し裂けていた。


「……まあ、人間よりはましか」


 シャロウは立ち上がり、鉢植えを机の中央へ移した。


「いきなり緑を流すなよ。まず、何もついてねえ繋がりだけ作れ」

「うん」

「それから俺が言ったら、裂けたところだけに、弱く、短く流せ。変だと思ったらすぐ止めろ」

「分かった」


 有紗が右手を上げる。

 シャロウはその指先をじっと見つめた。


「……お前、星いつ作ってんだ?」

「もうできてるよ」

「いつ作った?」

「え? やるぞ、と思った時」

「見えねえぞ」

「私には見えてるよ」

「俺には見えねぇ!」

「見えた方がいいの?」

「良いに決まってる!」


 有紗は少し驚いたように瞬いた。


「じゃあ、少し調整するね」


 裂けた葉の上で、白金色の小さな星が瞬いた。

 輪郭は淡いが、確かにそこにある。


「これが星か」

「うん」

「糸は?」

「糸も見る?」

「見せろ」


 有紗が指先を僅かに動かす。


 葉の上の星から、白金色の細かな光が零れた。

 無数の粒はさらさらと流れながら、有紗の指先まで細い帯を形作っている。


「これが糸か」

「糸みたいに見えるだけだよ」


 白金色の粒は、ぴんと張られることなく、空中で緩やかな弧を描いていた。

 それでも一粒も道を外れず、星と有紗の指先との間を流れ続けている。


「これに緑を入れるのか」

「染色みたいに言わないで」

「他に言い方あんのかよ」

「それとは全然違うの。そのイメージだと失敗しちゃう――」


 有紗は言い終える前に、吹き出した。


「ふふっ……染色って……」

「そこまで笑うことか?」

「だって、糸に色を浸してるみたいで……!」


 笑いながら、有紗は机へ身を伏せる。


 白金色の粒の流れが乱れた。

 細い帯を保てなくなった光は、さらさらと空中へ解け、そのまま消えていく。


「あ」

「消えたぞ」

「笑ったら切れちゃった」

「わりとすぐ切れんだな……」

「面白すぎて集中できなかったの」

「俺のせいみたいに言うな」

「ごめんね。新しいのを繋ぐね。あ、見えるやつだよね」


 有紗が顔を上げた時には、同じ場所に星が輝き、白金色の繋がりも戻っていた。


 シャロウは目を細める。


「……星は?」

「あるよ」

「そうじゃねえ。いつ置いた」

「今」

「今のどこで?」

「繋いだ時」

「さっきは星を置いてから繋ぐって言っただろ」

「私の中では順番があるけど、ほとんど同時だよ」

「じゃあ最初から同時って言え!」

「聞かれなかったから……」

「その言い方、紫音に似てきたぞ」

「それは困る」

「本人の前で言うなよ」


 シャロウは溜息をつき、裂けた葉を指差した。


「まずは、そのまま維持しろ」

「うん」

「俺が合図したら、裂けた部分だけだ。弱く、ほんの一瞬」

「分かった」

「……今だ」


 流れていた白金色の粒へ、淡い若葉色が混じった。


 色は指先から波紋のように広がり、やがて粒のすべてを緑へ変えていく。

 色が変わったと認識した時には、すでに光は葉へ届いている。


 裂け目がゆっくりと閉じていく。


「止めろ」


 有紗が指を閉じる。

 緑の光が消えた。


「治った……!」


 有紗が身を乗り出す。

 確かに葉の裂け目は塞がっていた。


 だが、次の瞬間。


 鉢の中央から新しい芽が飛び出した。


「え?」


 芽は瞬く間に伸び、若葉を広げる。

 さらに細い蔓が鉢の縁を越え、机を這い、シャロウの手首へ絡みついた。


挿絵(By みてみん)


「おい」

「……半分、成功だね」

「どこを見て半分っつってんだ」

「傷は治ったよ?」

「その代わり、季節が半年進んでんだよ!」


 有紗は青々と茂った鉢植えを見つめ、難しい顔で考え込んだ。


「緑は、治癒だけじゃなくて……成長も混ざるのかも」

「なら次は、成長させるな。傷を塞ぐだけだ」

「どうやって分けるの?」

「それを今から考えんだよ」


 シャロウは手首に絡んだ蔓を外し、深く息を吐いた。


「とりあえず、俺で試さなくて正解だったな」


 有紗はシャロウを見上げ、少し考えた。


「シャロウは十分、背、高いもんね!」

「植物みてえに伸びる前提で話すな!」


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