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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第20話 同じじゃない

 診察室の隅に、簡易寝台が用意された。


 リュシアンが腰を下ろしても、有紗の手はまだ繋がれたままだ。


「手を離せば、また痛みが戻ると思います」


 リュシアンが静かに言った。

 有紗は少し考える。


「じゃあ、寝つくまで手を握っていようか?」


 部屋の中が静かになった。


「お願いしてもよろしいのですか?」


 リュシアンの表情が、僅かに明るくなる。


「駄目に決まってんだろ」


 シャロウの返事は早かった。


「どうして?」


「寝つくまでって、何時間ここにいるつもりだ」

「眠るまでだよ」


「こいつが朝まで眠れなかったらどうすんだよ」

「努力して眠ります」

「お前は黙ってろ」


 リュシアンは素直に口を閉じた。


「私も認められません」

 紫音が言う。


「接触中、有紗の魔力が無意識に流れています。長時間続けた場合、双方にどのような負担が出るか分かっていません」


「握ってるだけでも?」


「すでに治癒が起きています」


「じゃあ、少しだけなら……」

「何で粘るんだよ」

「だって、痛いままじゃ眠れないでしょう?」


 シャロウが言葉に詰まる。


「お気持ちだけで十分です」


 リュシアンが柔らかく微笑んだ。

 そう言いながらも、握った手は離していない。


「手が言ってることと合ってねえぞ」

「今はまだ、就寝前ですので」

「妙なところで理屈つけんな」


 そこへ、毛布を抱えたリネットが入ってきた。


「有紗様には、ご自身のお部屋でお休みいただきます」


「リネットまで……」

「看病をする方が倒れてしまっては意味がございません」


 リネットは寝台へ毛布を置き、リュシアンへ向き直った。


「今夜は紫音博士が近くで様子を確認いたします。何かございましたら、すぐにお呼びください」


「ありがとうございます」


 有紗はまだ心配そうだったが、やがてリュシアンの手をゆっくりと離した。


「朝になったら、また来るね」


「……はい」


 名残を惜しむように、リュシアンの指先が僅かに動いた。


「お待ちしています」


 ◇


 診察室の扉を閉めると、有紗は小さく息を吐いた。


「眠れるといいな」


 隣を歩き始めたシャロウが、不機嫌そうに口を開く。


「……お前、あいつに構いすぎじゃねえか」

「そうかな?」

「飯の間ずっと手ぇ繋いで、今度は寝つくまで付き添うって。今日会ったばっかだろ」

「でも、痛くて眠れないんだよ?」

「だからって、そこまでする必要ねえだろ」


 有紗は少し考えた。


「私も前に、ひどい風邪をひいたことがあるの」

「それが何だよ」

「熱がなかなか下がらなくて、ご飯も食べられなくなって。紫音くんが夜中も何度も様子を見に来てくれたの。リネットも、食べられそうなものを少しずつ作ってくれて」


 有紗は思い出すように、僅かに目を細めた。


「目が覚めるたびに、どちらかが近くにいたの。それだけで安心したから」

「だから、あいつにも同じことしてやるって?」

「うん。痛い時に一人だと、心細いでしょう?」


 シャロウはしばらく黙っていた。


「……誰にでもそうすんのか」

「誰にでも?」

「困ってる奴がいたら、放っとけねえってことだろ」

「うん。でも、シャロウは違うよ」

「……何が」


「シャロウは特別だから」


 シャロウの足が止まる。

 胸の奥が、不意に強く鳴った。


「……特別?」


「うん」


 有紗は、少し得意げに頷いた。


「シャロウの時は、私が助けなきゃって、すごく強く思ったの」


「……同じじゃねえか」


「全然違うよ!」


「どこが」


「リュシアンさんは、痛そうだから放っておけないの」


「俺も怪我してただろ」


「そうだけど、違うの」


「だから、何が違うんだよ」


 有紗はしばらく考えた。


「……うまく言えないけど」


「言えねえのかよ」


「でも、全然違うよ」


「お前の中でしか通じてねえぞ、それ」


 有紗は少し眉を下げた。


「わかってくれると思ったのにな……」


 シャロウは何も言えなくなった。


 説明は、最後まで分からなかった。

 ただ、有紗の中では何かがはっきり違うらしい。


「……よく分かんねえ」


「違うのに」


「だから、その違いを説明しろって言ってんだろ」


「うまく言えない」


「じゃあ分かるわけねえだろ」


 有紗は不満そうに眉を寄せた。


「でも、違うもん」

「分かったよ」

「分かってない」


「うるせえ」


挿絵(By みてみん)


 シャロウは顔を背け、先に廊下を歩き出した。


「待って。まだ話の途中だよ」


「終わりだ」


「でも――」


「もう分かったって言ってんだろ」


 追いかけてくる有紗の足音を聞きながら、シャロウは前を向いたまま歩いた。


 さっきまで引っかかっていたものが、いつの間にか消えている。


 それが何だったのかまでは、考えなかった。

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