第20話 同じじゃない
診察室の隅に、簡易寝台が用意された。
リュシアンが腰を下ろしても、有紗の手はまだ繋がれたままだ。
「手を離せば、また痛みが戻ると思います」
リュシアンが静かに言った。
有紗は少し考える。
「じゃあ、寝つくまで手を握っていようか?」
部屋の中が静かになった。
「お願いしてもよろしいのですか?」
リュシアンの表情が、僅かに明るくなる。
「駄目に決まってんだろ」
シャロウの返事は早かった。
「どうして?」
「寝つくまでって、何時間ここにいるつもりだ」
「眠るまでだよ」
「こいつが朝まで眠れなかったらどうすんだよ」
「努力して眠ります」
「お前は黙ってろ」
リュシアンは素直に口を閉じた。
「私も認められません」
紫音が言う。
「接触中、有紗の魔力が無意識に流れています。長時間続けた場合、双方にどのような負担が出るか分かっていません」
「握ってるだけでも?」
「すでに治癒が起きています」
「じゃあ、少しだけなら……」
「何で粘るんだよ」
「だって、痛いままじゃ眠れないでしょう?」
シャロウが言葉に詰まる。
「お気持ちだけで十分です」
リュシアンが柔らかく微笑んだ。
そう言いながらも、握った手は離していない。
「手が言ってることと合ってねえぞ」
「今はまだ、就寝前ですので」
「妙なところで理屈つけんな」
そこへ、毛布を抱えたリネットが入ってきた。
「有紗様には、ご自身のお部屋でお休みいただきます」
「リネットまで……」
「看病をする方が倒れてしまっては意味がございません」
リネットは寝台へ毛布を置き、リュシアンへ向き直った。
「今夜は紫音博士が近くで様子を確認いたします。何かございましたら、すぐにお呼びください」
「ありがとうございます」
有紗はまだ心配そうだったが、やがてリュシアンの手をゆっくりと離した。
「朝になったら、また来るね」
「……はい」
名残を惜しむように、リュシアンの指先が僅かに動いた。
「お待ちしています」
◇
診察室の扉を閉めると、有紗は小さく息を吐いた。
「眠れるといいな」
隣を歩き始めたシャロウが、不機嫌そうに口を開く。
「……お前、あいつに構いすぎじゃねえか」
「そうかな?」
「飯の間ずっと手ぇ繋いで、今度は寝つくまで付き添うって。今日会ったばっかだろ」
「でも、痛くて眠れないんだよ?」
「だからって、そこまでする必要ねえだろ」
有紗は少し考えた。
「私も前に、ひどい風邪をひいたことがあるの」
「それが何だよ」
「熱がなかなか下がらなくて、ご飯も食べられなくなって。紫音くんが夜中も何度も様子を見に来てくれたの。リネットも、食べられそうなものを少しずつ作ってくれて」
有紗は思い出すように、僅かに目を細めた。
「目が覚めるたびに、どちらかが近くにいたの。それだけで安心したから」
「だから、あいつにも同じことしてやるって?」
「うん。痛い時に一人だと、心細いでしょう?」
シャロウはしばらく黙っていた。
「……誰にでもそうすんのか」
「誰にでも?」
「困ってる奴がいたら、放っとけねえってことだろ」
「うん。でも、シャロウは違うよ」
「……何が」
「シャロウは特別だから」
シャロウの足が止まる。
胸の奥が、不意に強く鳴った。
「……特別?」
「うん」
有紗は、少し得意げに頷いた。
「シャロウの時は、私が助けなきゃって、すごく強く思ったの」
「……同じじゃねえか」
「全然違うよ!」
「どこが」
「リュシアンさんは、痛そうだから放っておけないの」
「俺も怪我してただろ」
「そうだけど、違うの」
「だから、何が違うんだよ」
有紗はしばらく考えた。
「……うまく言えないけど」
「言えねえのかよ」
「でも、全然違うよ」
「お前の中でしか通じてねえぞ、それ」
有紗は少し眉を下げた。
「わかってくれると思ったのにな……」
シャロウは何も言えなくなった。
説明は、最後まで分からなかった。
ただ、有紗の中では何かがはっきり違うらしい。
「……よく分かんねえ」
「違うのに」
「だから、その違いを説明しろって言ってんだろ」
「うまく言えない」
「じゃあ分かるわけねえだろ」
有紗は不満そうに眉を寄せた。
「でも、違うもん」
「分かったよ」
「分かってない」
「うるせえ」
シャロウは顔を背け、先に廊下を歩き出した。
「待って。まだ話の途中だよ」
「終わりだ」
「でも――」
「もう分かったって言ってんだろ」
追いかけてくる有紗の足音を聞きながら、シャロウは前を向いたまま歩いた。
さっきまで引っかかっていたものが、いつの間にか消えている。
それが何だったのかまでは、考えなかった。




