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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第2話:路地裏で拾った傷だらけの男

「ついてくるな」

「でも」

「お前には関係ない」

「あります」

「ないだろ」

「あります」

 男の眉間に皺が寄った。

「何があるんだ」

「だって、ここで放っておいたら――」


 有紗は胸の前で両手を握りしめた。


「ずっと、あなたのことが気になっちゃうもん……」


 男が固まった。

 頬に、ほんのわずかに赤みが差す。


「……誰にでも、すぐそんなこと言うのか」

「え?」

「今みたいなことだ」


 有紗は自分の言葉を、頭の中でもう一度なぞった。

 ずっと、あなたのことが気になっちゃう。


 意味に気づいた瞬間、有紗の顔まで一気に熱くなる。


「ち、違うの!」


「何が」

「そういう意味じゃなくて……! 怪我したままどこかへ行っちゃったら、倒れてないかなとか、ちゃんと手当てできたかなとか……ずっと心配になるって意味で……!」

「だから、同じだろ」

「全然違います!」


 有紗が真っ赤になって否定すると、男は気まずそうに顔を背けた。


 けれど、もう立ち去ろうとはしなかった。


「傷、見せてください」


 有紗は返事を待たず、血の滲む腕へ手を伸ばした。


 触れる直前、その手首を掴まれる。


「さわるな」

「治すんです」

「……お前が?」

「はい」


 男が訝しげに眉を寄せる。


 有紗は掴まれたまま、もう片方の手を傷口へ添えた。

 白金の光が、指先から静かに広がる。


「……っ」


 男の腕から力が抜けた。


 裂けた皮膚がゆっくりと塞がり、流れていた血が止まる。焼けるような痛みが、柔らかな温もりへ変わっていった。


「これで大丈夫です」


 有紗が顔を上げると、男は傷ではなく、有紗を見ていた。


「……何者だ、お前」

「有紗です」

「名前を聞いたんじゃない」

「でも、まだあなたの名前を聞いてません」


 男はしばらく黙ったあと、諦めたように息を吐いた。


「……シャロウ」

「シャロウ」


 有紗が確かめるように繰り返す。


 その直後、シャロウの身体がふらりと傾いた。


「わっ……!」


 有紗は咄嗟に腕を掴んだ。


「やっぱり大丈夫じゃない!」

「傷は治った」

「でも、今倒れそうでした」

「倒れてない」

「倒れかけました」


 シャロウは腕を振りほどこうとしたが、先ほどまでより明らかに力が入っていない。


「研究棟へ行きましょう」

「行かない」

「行きます」

「勝手に決めるな」

「このまま放っておけません」


 有紗がきっぱりと言うと、シャロウは何かを言い返そうとして――やめた。


「少し休むだけだから」

「……少しだけだ」

「うん」


 有紗は嬉しそうに頷いた。

 シャロウはその笑顔を見て、わずかに眉を寄せた。

 本来なら、研究棟までついていく必要はなかった。

 自分でどうにかすると言えば、それで済んだ。

 だが、説明するのも億劫だった。


 坂道へ差しかかると、シャロウの歩みが鈍った。


「休みますか?」

「いらない」

「でも」

「……研究棟は、この上だったな」

「うん」

「そうかよ」


 坂を上るにつれ、シャロウの足取りは目に見えて鈍くなった。


挿絵(By みてみん)


 有紗が歩調を緩めると、彼は何も言わず、それでも立ち止まることだけはしなかった。


 研究棟の扉を開けた瞬間、紫音の顔から表情が消えた。


「有紗」

「ただいま、紫音くん」

「その男は誰ですか」

「シャロウです」

「名前ではなく、なぜ連れて帰ってきたのかを聞いています」

「怪我をしてたから」


 有紗の後ろに立つシャロウを、紫音は頭から足元まで静かに見た。


「傷なら、すでに治っているようですが」

「でも、倒れそうなの」

「倒れてない」


 背後からシャロウが訂正する。


 その時、奥の部屋からリネットが顔を出した。


「有紗様、お帰りなさ――」


 彼女の視線がシャロウで止まる。


「……街へお使いに行かれたのでは?」

「行ったよ。薬舗には届けたの」

「市場の買い物は?」

「……まだです」

「それで、どうして男性をお持ち帰りになったのです?」


「持ち帰ってないです!」

「俺も持ち帰られてない」


 二人の声が重なった。


 リネットは何も言わず、紫音を見た。


 紫音は小さく息を吐くと、シャロウへ診察室の椅子を示した。


「座ってください」

「必要ない」

「必要があるかどうかは、こちらで判断します」


 シャロウは露骨に嫌そうな顔をしたが、有紗にじっと見つめられ、諦めたように椅子へ腰を下ろした。

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