第18話 猫と一緒に拾った青年
薬舗へ戻ると、主人は有紗の腕の中にいるルゥを見るなり、カウンターを回り込んできた。
「ルゥ!」
差し出された腕へ、白い猫が飛び移る。
主人は何度も名を呼びながら、その小さな身体を抱き締めた。
「本当に……ありがとうございました」
「怪我もなさそうです」
「よかった……」
ルゥは主人の胸元で一度だけ鳴き、それから安心したように目を細めた。
主人は猫の身体をひと通り確かめたあと、ようやく有紗の隣に立つ青年へ目を向けた。
「……そちらの方は?」
「ルゥと同じ倉庫にいたの。具合が悪いみたいで」
「ご心配には及びません」
リュシアンは穏やかに微笑んだ。
だが、有紗の肩へ腕を回したままでは、その言葉にもあまり説得力がなかった。
「奥に椅子がございます。少しお休みになりますか?」
「いえ。ここまで来れば大丈夫です」
リュシアンは丁寧に頭を下げた。
主人はまだ心配そうだったが、ひとまず奥から包みを持ってきた。
「紫音先生から頼まれていた薬品です。遅くなってしまって、申し訳ありません」
「これで紫音くんの実験も進められるね」
有紗が包みを受け取る。
「では、私はこれで失礼いたします」
リュシアンは有紗の肩から、ゆっくりと腕を外した。
一歩、離れる。
その途端、顔から血の気が引いた。
胸元を押さえ、身体が僅かに傾く。
「リュシアンさん?」
有紗が咄嗟に腕を支えると、再び白金色の光が淡く広がった。
強張っていたリュシアンの呼吸が、少しずつ和らいでいく。
シャロウはその様子を見て、低く息を吐いた。
「猫は返した。薬も受け取った。次はこいつか」
「拾われたつもりはありませんが」
「自分で歩けるようになってから言え」
リュシアンは何かを返そうとしたが、有紗に支えられたままでは反論しづらかったらしい。
困ったように微笑むだけだった。
「紫音くんなら、何が起きてるか分かるかもしれないよ」
「ですが――」
「ここで倒れられる方が困る」
シャロウが先に言った。
「研究棟まで来い。話はそれからだ」
「……ありがとうございます」
「礼は歩けるようになってからにしろ」
こうして有紗たちは、予定になかった客人を連れて研究棟へ戻ることになった。
研究棟へ戻るまで、リュシアンは有紗からほとんど離れられなかった。
一度は自分だけで歩こうとしたものの、数歩進んだところで顔色を失い、膝をつきかけた。そのため今は、有紗の肩へ右腕を回し、支えられながら歩いている。
長い黒紫の髪が、有紗の頬へ時折触れた。
「重くありませんか」
耳元で、リュシアンが申し訳なさそうに尋ねる。
「大丈夫です」
「無理をなさらないでくださいね」
「無理してんのはお前だろ」
前を歩いていたシャロウが振り返った。
「悪いと思ってんなら、もう少し自分で立て」
「努力はしています」
「結果が伴ってねえな」
リュシアンは言い返さず、僅かに有紗へ寄りかかった。
「シャロウ。痛いんだから仕方ないよ」
「分かってる」
シャロウは眉間へ皺を寄せたまま前を向く。
「分かってるけど、何でそんな馴染み方が早えんだよ」
「何か言った?」
「何も言ってねえ」
有紗の腕には、紫音から頼まれていた薬品の包みが抱えられている。
猫を捜しに出ただけだったはずが、帰りには薬品だけでなく、見知らぬ青年まで増えていた。
◇
「猫を捜しに行ったはずですが」
研究室の扉を開けた紫音は、三人の姿を順に見た。
「ルゥは見つかったよ。無事に薬舗へ戻れたの」
「それは何よりです。では、その方は?」
「ルゥと同じ倉庫にいたの。リュシアンさん」
「猫と一緒に増えた」
シャロウが付け加える。
「拾われたつもりはありませんが」
リュシアンは有紗の肩へ腕を回したまま、僅かに頭を下げた。
「リュシアンと申します。突然押しかけてしまい、申し訳ありません」
紫音の視線が、リュシアンの青白い顔から、有紗と触れ合っている腕へ落ちる。
その周囲には、白金色の光が淡く滲んでいた。
「触れている間だけ、症状が和らぐのですか」
「そのようです」
「詳しく確認します。診察室へ」
「薬品は?」
「そこへ置いてください。今は、その方が先です」
「俺たちは猫を返しに行っただけなんだけどな」
「有紗を連れて出た時点で、何か増える可能性は考慮すべきでしたね」
「どういう意味?」
「そのままの意味です」




