第17話 猫を探して、人を拾う
「レア様?」
有紗が聞き返すと、青年の紫色の瞳がゆっくりと揺れた。
遠い場所を見ていた視線が、ようやく目の前の有紗へ戻ってくる。
自分がその手を強く握り締めていることに気づき、青年は僅かに指を緩めた。
「……失礼いたしました。人違いです」
「そうなの?」
「はい」
青年は有紗の手を離し、壁へ手をついて立ち上がろうとした。
だが、指先が離れた途端、顔から再び血の気が引く。
膝が崩れ、その身体が大きく傾いた。
「危ない!」
有紗が咄嗟に腕を掴む。
触れた場所から白金色の光が広がると、青年の強張っていた呼吸が僅かに緩んだ。
「やっぱり、まだ痛いの?」
「……先ほどよりは、随分と」
青年は有紗に掴まれた腕を見下ろした。
「どうやら、あなたに触れている間だけ、痛みが和らぐようです」
「手を握っていればいいの?」
「それだけでも。ただ――」
青年は少し考え、慎重に言葉を選んだ。
「触れている場所が広い方が、より楽になるように思います。先ほどは、手だけではなく腕まで触れていましたので」
シャロウの眉間に、深い皺が寄った。
「随分と都合のいい症状だな」
「私も、そう聞こえるだろうとは思います」
「否定しねえのかよ」
「事実を申し上げただけですので」
青年は穏やかに答えたが、まだ有紗に支えられていなければ立っていられないらしい。
「そういえば、お名前を聞いていませんでした」
「申し遅れました」
青年は姿勢を整えようとして、僅かによろめいた。
「リュシアンと申します」
「リュシアンさん」
有紗は確かめるように、その名を繰り返した。
「私は有紗。こっちはシャロウ」
「シャロウさんのお名前は、先ほどから何度か伺っております」
「誰が何度も呼んだんだよ」
「私かな?」
「お前以外にいねえだろ」
有紗は納得したように頷くと、腕の中のルゥを抱き直した。
「私たち、ルゥを薬舗へ連れて帰るところなの。リュシアンさんも一緒に行こう?」
「ですが、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
リュシアンは有紗から離れようとした。
だが、触れ合う場所が減った途端、呼吸が僅かに乱れる。
「やっぱり、まだ痛いんでしょう?」
「……触れている間は、随分と楽になるようです」
有紗は空いている側の肩を、リュシアンへ向けた。
「じゃあ、ここにつかまって」
「しかし――」
「薬舗までだから。ね?」
リュシアンは僅かにためらったあと、有紗の肩へ右腕を回した。
身体が近づくと、浅かった呼吸が少しずつ整っていく。
黒紫色の長い髪が、有紗の肩へさらりと落ちた。
「……随分、楽になりました」
「近すぎねえか?」
「離れたら、また痛くなるよ」
「……分かってる」
シャロウはリュシアンを一度じろりと見た。
「薬舗までだぞ。途中で無理になったら、黙って倒れずに言え」
「承知しました」
シャロウは先に倉庫の出口へ向かった。
その後ろを、ルゥを抱いた有紗と、有紗の肩へ身を預けたリュシアンが、ゆっくりと歩き始めた。




