第14話 ただいま
研究棟への依頼は、一件をこなすたびに増えていった。
紫音博士の研究棟へ頼めば、現場仕事まで何とかしてくれる。
そんな評判が、王宮の研究部署や治療院の間で広がり始めていた。
「次の依頼です」
夕食後、紫音が一通の書類をシャロウへ差し出す。
「今度は何だ」
「南方の湿地に自生する薬草の採取です」
「湿地なら三日だな」
「王宮の予定では九日です」
「どんな道を通るつもりなんだよ」
シャロウは依頼書を受け取り、報酬欄へ目を落とした。
「……また、この額か」
「危険手当が含まれています」
「あそこに危険な魔獣はいねえぞ」
「あなたにとっては、でしょう」
紫音は淡々と答えた。
「危険度は、一般的な採取者を基準に定められています。あなたが容易に往復できるからといって、査定が誤っていることにはなりません」
シャロウが紫音を見る。
「……お前、そういう理屈つけるの上手いな」
「正確に運用しているだけです」
「意外と悪い奴だな」
「心外です」
有紗が二人の間から依頼書を覗き込む。
「シャロウ、またお出かけするの?」
「ああ」
「何日くらい?」
「三日。遅くても四日だ」
「そっか」
有紗は少しだけ寂しそうにしながらも、笑った。
「じゃあ、帰ってくる日の夕飯、リネットに何を作ってもらうか考えておくね」
「別に、何でもいい」
「お肉がいい?」
「何でもいいって言ってんだろ」
「魚?」
「肉でいい」
「やっぱりお肉なんだ」
有紗が笑う。
シャロウは依頼書を畳み、外套の内側へしまった。
◇
三日後の夜。
研究棟の玄関が開いた。
土と雨の匂いをまとったシャロウが、大きな荷物を肩へ担いで入ってくる。
食堂から椅子を引く音がした。
「シャロウ!」
有紗が廊下へ駆けてくる。
「おかえり!」
シャロウは足を止めた。
濡れた前髪から、雫が一つ落ちる。
有紗は何の疑いもなく、返事を待っていた。
シャロウは口を開きかけ、視線を逸らした。
「……ただいま」
有紗が瞬きをする。
有紗は、その言葉を確かめるようにもう一度笑った。
「うん。おかえり」
シャロウは居心地悪そうに濡れた髪を掻いた。
「……飯、残ってるか」
「もちろん!」
有紗は食堂へ戻りかけて、途中でもう一度振り返った。
シャロウは荷物を床へ下ろし、自分で作った外套掛けへ濡れた外套を掛けている。
食堂へ入ると、増えた椅子の前には、最初から一人分の料理が用意されていた。
シャロウは何も言わず、その席へ腰を下ろした。




