第13話 棚が三ミリ傾いていますよ!
その日の午後。
「シャロウ様。こちらへ棚を一つ作っていただけませんか?」
リネットに呼ばれ、シャロウは薬品庫へ向かった。
壁際には箱や瓶が積み上げられ、足元まで物が溢れている。
「棚くらい買えばいいだろ」
「注文してから届くまで、二か月ほどかかるそうです」
「二か月?」
「紫音博士にお願いしてから、すでに半年が経っております」
「また放っといたのか」
少し離れた机で書類を書いていた紫音が顔を上げる。
「研究の優先順位が高かっただけです」
「生活の優先順位が低すぎんだろ」
シャロウは呆れたように息を吐き、壁際に置かれていた余り木材を確認した。
「この板、使っていいのか」
「研究器具の梱包に使われていたものですので、構いません」
「工具は?」
「倉庫にございます」
リネットが答えるより早く、シャロウは作業へ取りかかった。
板を切り、表面を削り、寸法を合わせる。
粗雑に見える動きには無駄がなく、組み上がった棚は、最初からその場所にあったかのように壁へ収まった。
「できたぞ」
「ありがとうございます。大変助かります」
リネットが棚を確認し、満足そうに頷く。
その横から、紫音が細い測定器を取り出した。
「シャロウ!」
「何だよ」
「棚が三ミリ傾いていますよ!」
「三ミリで何が変わるんだよ!」
「薬瓶が僅かに右へ寄ります」
「自分でやれよ!!!」
「私が手を怪我したらどうするんですか?」
「だったら文句言うな!」
研究棟に、シャロウの声が響いた。
有紗は扉のそばで、口元を押さえながら笑っていた。
「何笑ってんだ」
「だって、二人とも仲良くなったなと思って」
「なってねえ!」
「なっていません」
シャロウと紫音の声が重なる。
「ほら、息ぴったり」
「有紗」
「違ぇよ」
有紗はますます楽しそうに笑った。
シャロウはぶつぶつと文句を言いながら、棚の脚へ薄い板を一枚挟んだ。
紫音がもう一度測定する。
「これで水平です」
「次から自分でやれ」
「危険ですので、お断りします」
「何が危険なんだよ」
シャロウは呆れたように笑った。
ほんの一瞬だった。
けれど、有紗はそれを見逃さなかった。
「シャロウ」
「何だ」
「笑顔が増えたね」
シャロウの表情が止まる。
「……笑ってねえ」
「今、笑ってたよ」
「あいつが面倒すぎて呆れただけだ」
「それでも、前より楽しそう」
有紗は何の含みもなく言った。
「最初に会った時は、ずっと怖い顔してたでしょう?」
「お前が勝手についてきたからだ」
「今は、怖い顔をしてても前ほど怖くないよ」
「どういう意味だ」
「シャロウが本当は優しいって、分かったからかな」
シャロウは何かを言い返そうとした。
けれど、ちょうど言葉が見つからなかったらしい。
「……勝手に決めんな」
「うん」
有紗は素直に頷く。
「でも、笑顔が増えたのは本当だよ」
シャロウは顔を背け、使い終えた工具を片づけ始めた。
耳が僅かに赤くなっていることには、誰も触れなかった。




