表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/40

第10話 いつもの椅子

測定を終えて食堂へ戻ると、リネットが焼き菓子を並べていた。


 蜂蜜を練り込んだ小さな焼き菓子から、甘い香りが立ち上っている。


 それを見た瞬間、シンシアの紫色の瞳が、目に見えて輝いた。


「それ、私の?」


「皆様の分でございます」


「私の分は?」


「本日は三つほど」


「四つ」


「次回、予定のお時間にお越しいただけましたら、四つご用意いたします」


「到着時刻と個数に因果関係はない」


「本日は、まだ冷ましている途中でございましたので」


 シンシアは皿の焼き菓子を見つめたまま、しばらく黙った。


「次は、予定どおりに来る」


「ありがとうございます」


 リネットは穏やかに微笑んだ。


 シャロウが小声で有紗へ尋ねる。


「リネットの言うことは聞くんだな」


「みんな聞くよ?」


「……だろうな」


 焼き菓子を食べ終える頃、シャロウは椅子から立ち上がった。


「俺は排水路を見てくる」


 紫音が記録紙から顔を上げる。


「一人では許可できません」


「昨日見つけた崩落箇所を確認するだけだ。奥には入らねえよ」


「その言葉を信用する根拠がありません」


「じゃあ、どうしろってんだ」


 紫音は少し考え、記録紙を机へ置いた。


「崩落箇所より先へ進まないこと。内部で魔獣の気配を感じた場合は、戦わずに戻ること。暗くなる前に帰ること」


「条件が多すぎるだろ」


「守れないのであれば、行かせません」


 シャロウは面倒そうに息を吐いた。


「……分かったよ」


「本当に?」


 有紗が心配そうに尋ねる。


「見るだけだ。すぐ戻る」


「気をつけてね」


「ああ」


 シャロウは外套を取り、研究棟を出ていった。


     ◇


 夕方になると、シンシアは器具箱を閉じた。


「次は一か月後」


「二十九日と何時間後ですか?」


 紫音が尋ねる。


「まだ決めてない」


「そこは正確ではないのですね」


「未来は未確定」


 シンシアは包んでもらった焼き菓子を大切そうに器具箱へ収め、有紗へ向き直った。


「何か変化があったら、覚えておいて」


「シンシアが覚えるんじゃなくて?」


「有紗の変化は、有紗の記憶の中にある」


「うん。分かった」


 シンシアが帰ったあと、研究棟はいつもの静けさを取り戻した。


 夜になり、リネットが夕食を食卓へ並べる。


 有紗と紫音の皿。


 その隣に、もう一枚。


 旧排水路の確認へ出ていたシャロウは、まだ戻っていなかった。


「シャロウ、遅いね」


「暗くなるまでには戻ると仰っていました」


 リネットは三枚目の皿にも、温かな料理を盛りつける。


 やがて、玄関の扉が開く音がした。


 土のついた外套のまま、シャロウが食堂へ入ってくる。


「おかえり、シャロウ」


 有紗が笑った。


「奥の崩落はどうでした?」


 紫音が尋ねる。


「瓦礫の下に、獣の足跡が残ってた。崩れたのは、あいつらが通ったあとだ。奥に魔獣の気配はなかった」


「分かりました。詳しい確認は明日にしましょう」


「……言われなくても、今日はもう行かねえぞ」


「当然です。先に食事にしてください」


 シャロウは食卓へ目を向けた。


 自分が戻る前から、そこには一人分の料理が用意されている。


もう、それを不思議には思わなかった。


 何も言わず、いつもの椅子を引いた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ