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せっかくアバターの姿で転生したのに異世界の連中がやけに強い。  作者: モノノキ


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第6話 宴

戦場に満ちていた怒号と悲鳴は、いつの間にか鈍い作業音へと変わっていた。


焼け焦げた土の匂いは、時間が経つほどに濃くなっていく。積み上げられたバイト・アントの死骸からは、すでに腐臭の兆しが漂い始めていた。

アルクは大剣を肩に担いだまま、次の死骸へと手を伸ばす。硬い外殻を掴み、荷台の上へと放り投げた。ドサリ、と鈍い音が響く。


「お前、まだ動けるのか」


隣で作業していた壮年の兵士が、汗を拭いながら呆れたような声をかけてきた。アルクは軽く肩をすくめる。


「これくらいなら何ともないさ」


「Cランクだろ、お前。実技試験で目立ってたって聞いたぞ」


「はははっ!まっ、俺ぐらいになるとな」


適当に答えながら、アルクは死骸を運ぶ手を止めない。


「実力あるやつほど、こういう地味な仕事はやりたがらねぇもんなんだがな」


「そうなのか?案外楽しいけどな」


兵士がぼやくように言い、アルクは軽く答える。近くで死骸を運んでいた若い冒険者たちも、ちらちらとこちらを見ている。誰かがひそひそと囁く声が聞こえた。


「あの人、実技試験でジンさんと互角に打ち合ったって……」

「なのに、普通に作業手伝ってんの?」


視線が集まっているのは分かっていたが、アルクは特に気にせず作業を続けた。目立つのはあまり得策ではないが、地味な仕事を手伝ったところで悪目立ちはしないだろう、という判断もある。

そもそもアルク自身がこの作業を楽しんでいるのもあるが。


「アルクさん」


聞き覚えのある声に振り返ると、ミナが駆け寄ってくるところだった。額には汗が浮かんでいる。


「おう、ミナか。そっちは大丈夫だったか」


「はい、私は前線からちょっと下がって援護メインだったので……アルクさんこそ、怪我とかないですか?あるなら治しますよ」


「いや、大丈夫だ。見ての通りピンピンしてる」


軽く笑って答えると、ミナはほっとしたように頬を緩めた。だが、その表情もすぐに硬さを取り戻す。


「すみません。私、これから怪我人の治療しなきゃいけなくて」


「おう、行ってこい。無理すんなよ」


「はい、また後で!」


短く言い残し、ミナは踵を返して人混みの中へと駆けていった。その背中を見送っていると、少し離れた場所からこちらを見ているバルトの姿に気づく。

老いた戦士は視線が合うと、小さく顎を引いて会釈をしただけだった。会話をするでもなく、それ以上近づいてくる様子もない。


(まだ様子見ってところか)


その反応に、アルクは内心で苦笑した。簡単に信用されるとは思っていない、むしろあの程度の反応の方が戦士らしいとも言える。


死骸の山がある程度片付いた頃、城壁の門の方角から馬蹄の音が響いた。数騎の偵察部隊が土煙を上げながら戻ってくる。先頭を走る獣人の騎兵が、城壁上の指揮官に向かって声を張り上げた。


「報告!東側外縁域、魔物反応完全消失を確認!制圧完了です!!」


その一声が伝わると、周囲でどよめきが広がった。武器を手にしたまま緊張していた冒険者たちの肩から、目に見えて力が抜けていく。


「終わったか……」

「良かった良かった」

「ふぅ……久々に緊張したわね……」


安堵の声があちこちから漏れる中、アルクも大剣の柄から手を離した。じわりと滲んでいた緊張が、ようやく解けていく感覚がある。


(にしても、インセクト種の魔物はこんなにも数が多いもんなのか?やけに統率がとれてるのもあるし、まだ襲撃が来るのかねぇ)


アルクが考え込んでいると、ギルドの制服を着た職員がやってきて、周囲の冒険者たちに向けて声を張り上げた。


「討伐に参加した皆さんへ連絡です!今回の討伐報酬については、個々の戦果算定に時間がかかるため、数日後に冒険者ギルド本部にて一括支払いとなります!」


不満げなざわめきが起こったが、職員は慣れた様子で続ける。


「なお、本日の戦後処理――死骸運搬や整理などの作業に従事した方には、別途アルンダラから作業手当が支給されます。こちらの列にお並びください!」


その言葉に、アルクはわずかに眉を上げた。


(作業手当か!一文無しの俺にはありがたい話だ)


懐が寂しいことを考えると、正直ありがたい話だった。討伐報酬は数日後、しかもどれほど貰えるか分からない中で、この日雇いの手当は当面の生活費として悪くない。


「アルクさんでしたっけ?こっちの列らしいですよ」


近くで作業していた若い男の冒険者が声をかけてきた。アルクは肩の大剣を担ぎ直しながら、軽く手を上げる。


「おお、ありがとな」


列の後方に並びながら、アルクは改めて周囲を見渡した。城壁の外に広がる焼け焦げた土地、積み重なった死骸、疲れ切った顔でそれでも作業を続ける人々。

ゲームの中では決して味わえなかった、生々しい戦いの後始末の光景だった。


作業手当の列を抜け、懐に入った銀貨10枚の重みを確かめながら歩き出そうとしたアルクの耳に威勢のいい声が届く。


「今日は飲むぞぉ!!」


振り返ると、赤髪の騎士団長――ガルドが、両手に酒樽を抱えて闊歩しているところだった。鎧はまだ脱いでおらず、額には血と土埃の跡が残ったままだ。それでいて表情には、戦の後特有の高揚が滲んでいる。


「団長自ら買い出しですか……」


近くにいた若い兵士が、半ば呆れたような、半ば感心したような顔でそう漏らした。ガルドは意に介する様子もなく、避難所から戻ってきた店主たちに次々と声をかけては肉や野菜、酒瓶を買い漁っていく。


「生き残ったんだ、飲まないでどうする!外縁区画の広場を借りるぞ、誰か大鍋を用意しろ!!」


「こうなると飲まされるわよぉ……」


「明日は二日酔いだな……」


周囲の兵士たちが顔を見合わせ、苦笑しながらも動き出す。誰かが薪を集め、誰かが皿を並べ、誰かが即席の卓を組み立てていく。あっという間に、外縁区画の市場の大広間は、打ち上げの会場へと姿を変えていった。



篝火が焚かれ、肉の焼ける匂いが夜空に溶け込んでいく。あちこちで笑い声と乾杯の音が響き、昼間の緊迫した空気が嘘のような賑わいだった。

アルクは大剣を壁に立てかけ、隅の卓に腰を下ろしていた。


「アルクさん、お疲れ様です!」


ミナが木製のジョッキと湯気の立つ皿を手に、駆け寄ってくる。差し出された皿には焼いた肉と、香草をまぶした根菜が盛られていた。


「おっ!わざわざ悪いな。ありがとう」


「いえいえ、今日は本当に助かりました。あの時、助けてもらった子も無事でしたよ」


「そりゃよかった」


ミナが軽く手を振って人混みに戻っていくのを見送りながら、アルクは肉を一口頬張った。噛みしめた瞬間、脂の旨みと香草の香りが口の中に広がる。


(うんめ……!)


思わずフォークを持つ手が止まった。ゲームの中の食事とは、根本的に違う。ただの味の再現ではなく、舌の上で確かに存在する温もりと質感がある。


前世の記憶が、ふと頭によぎった。病室のベッドで、味の分からなくなった流動食を無理やり流し込んでいた日々。あの頃はもう、美味いという感覚そのものを忘れかけていた。


「………」


気づけば、目の端から一筋の涙がこぼれていた。アルクは慌てて袖でそれを拭う。誰かに見られていないか、周囲を軽く確認した。

幸い、宴の喧騒の中で気づく者はいなかったらしい。


「最高だ」


もう一口、肉を頬張る。じんわりと温かいものが、胸の奥に広がっていく。


「アルクさんよぅ!」


「おぉっ!?」


不意に肩を組まれた。振り返るまでもなく、酒の匂いと共にジンの顔が視界いっぱいに広がる。


「戦ってる最中に見たぜぇ、俺はよ。アンタが"戦技"使ってるの、確かありゃ震撃だったか」


「お、おぉ…それがどうしたんだよ」


「今度は戦技ありで本気で模擬戦やろうぜ!俺もあの時、手を抜いたわけじゃねぇが、まだ余力残してたからよ!!」


周囲の冒険者たちが、その言葉に囃し立てる。


「おいおいジン、新人狩りかぁ?」

「アルクさん逃げた方がいいぜ、こいつ本気になると手加減しねぇから」


(戦技って、スキルのことだよな……?)


アルクが内心で首をひねっていると、後ろから伸びてきた手がジンの頭をぺしりと軽く叩いた。


「戦技ありで模擬戦をやるやつがあるか。お前は毎回それで施設を壊すんだ」


バルトだった。呆れたような声色に、周囲からどっと笑いが起こる。


「痛ってぇ!いいじゃないっすかバルトさぁん、てか叩くこたぁないでしょ!」


「妥当だろう、お前がその流れで何回施設を壊したと思ってるんだ」


「あれは半分ギルドマスターも悪いでしょお!?」


軽い応酬に場がさらに沸く中、アルクは苦笑しながら杯を傾けた。この賑わい方には、どこか懐かしさすら覚える。


「あの、アルクさん……!」


赤ら顔の青年が、覚束ない足取りで卓に近づいてきた。騎士見習いらしき軽装を纏っている。


「実技試験の話、聞きました!ジンさんと互角に打ち合ったって本当ですか!俺にも何か、こう、武勇伝みたいなの聞かせてくださいよ!」


「おい、マルコ。酔いすぎだ、急に失礼だぞ」


すぐさま窘める声が飛んだ。落ち着いた雰囲気の女性騎士が、マルコの襟首を軽く掴んで引き離す。


「アルクといったか、悪いな。こいつまだ加減を知らなくて」


「別に構わねぇよ、微笑ましいもんだ」


「余裕のある男……!かっけぇ!!」


「やかましい!行くぞ、まったく……」


呆れた顔をしている女性騎士に連れていかれながらも、マルコは最後まで目を輝かせてこちらを見ていた。



夜が更けるにつれ、宴の空気は少しずつ落ち着いていった。焚き火の傍に腰を下ろした白髪交じりのドワーフ――グランという男が、ジョッキ片手に語り始める。


「なぁ、聞いてくれよ。俺がまだ冒険者になりたての頃の話なんだがな」


酒で赤く染まった顔に、懐かしむような笑みが浮かんでいた。


「調子に乗って一人で訓練用迷宮の深層に潜ったことがあってなぁ。案の定、格上の魔物に見つかって、丸一日逃げ回る羽目になった」


「丸一日っすか!?」


近くに座っていた冒険者が身を乗り出した。グランは大きく頷く。


「ああ、あの時ほど自分の足の遅さを呪ったことはねぇよ。ドワーフの脚だぞ、逃げ切れるわけがねぇ」


笑い声が周囲から起こる中、グランは目を細めた。


「助けに来てくれたのが、当時まだ俺と同じように新人だった相棒でな。今はもう、この世にいねぇが……」


その一言に、場の空気がわずかに静まる。だがグランはすぐに口調を軽くした。


「迷宮から命からがら這い出た瞬間、二人して情けなく泣いちまったよ。生きてる実感ってのは、あぁいう時にこそ湧くもんなんだろうな」


そう言って、ジョッキを傾ける。それから急に、視線をバルトへと向けた。


「バルトの奴にも、そういう無茶しねぇようによく言い聞かせたんだがな。結局あいつも似たようなことやらかしてよ。そういう運命なのかねぇ」


「……若かったんですよ」


若干顔を赤くしながら、バルトが小さく反論した。その反応に、周囲がどっと笑いに包まれる。


「今の若いのは装備も情報も恵まれてるからいいよなぁ」


グランが酒を注ぎ足しながら、しみじみと呟いた。


「俺らの頃なんて手探りで、迷宮の地図すら碌になかったからよ」


篝火の爆ぜる音だけが、しばらくその場に響いていた。誰もが自分なりの過去を思い出しているような、静かな時間だった。



宴も落ち着き始めた頃、アルクは人混みを少し離れた場所で夜風に当たっていた。焚き火の暖かさと喧騒が、遠くに感じられる距離感が心地よい。


「あなた」


不意に声をかけられ、振り返る。金髪をなびかせたギルドマスター、ミレアが静かな足取りで近づいてきていた。身長はアルクと同程度だ。


「初めて見る冒険者ね。新人にしては、随分と強いみたいだけど」


率直な物言いだった。詰問というよりは、純粋な興味に近い響きがある。


「まぁ、それなりにはな」


アルクは軽く答えた。ミレアは僅かに目を細める。


「震撃を使ってたわね。随分と、威力も高かったように見えたわ」


「ははっ!ノクスルド仕込みだからな」


「なるほど?」


短く相槌を打ちながらも、ミレアの視線はしばらくアルクの顔に留まっていた。何かを探るような、それでいて確信を持てないような視線だった。


「出身はノクスルド、と聞いたけれど。何をしていた人なの」


「流れの……まぁ冒険者みたいなもんだな。これといった経歴もねぇよ」


軽くはぐらかしながら、アルクは焚き火の方へと視線を戻した。ミレアはそれ以上追及せず、ただ小さく頷いただけだった。


「そう。まぁ、いいわ。また話しましょう」


「ああ、機会があったらな」


言葉とは裏腹に、その表情にはまだ引っかかりが残っているように見えた。ミレアは軽く会釈すると、宴の輪の方へと戻っていく。その背中を見送りながら、アルクは杯に残った酒を飲み干した。


(何か勘付かれてる、か……)


夜空を見上げる。無数の星が瞬く下で、宴の喧騒は依然として続いていた。だがその賑やかさの奥に、アルクはかすかな緊張の糸が張られたことを感じ取っていた。

ただそれでさえも、今のアルクにとってはどこか心地良かった。

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