第5話 2人の実力者
「東側近くの外縁域で大量の魔物反応! アルンダラに向かっています……!!」
繰り返される絶叫のような報告に、ギルド内の空気が一気に張り詰める。談笑していた冒険者たちの顔から笑みが消え、誰もが武器を掴んで駆け出していく。
「……登録したばっかりだぞ、おい」
呆然と立ち尽くしていたアルクの肩を、通りすがりの職員が乱暴に叩いた。
「登録済みの冒険者は全員招集対象です!向かってください!」
「はいはい」
軽く返事をしながら、岩鉄の大剣を手に取った。ずしりとした重みが手に馴染む。
外へ出ると、街の様子は数分前とはまるで違っていた。市場通りを歩いていた人々が、荷物を抱えて中央区画へと逆流している。子供の泣き声、荷車の軋む音、怒鳴るような誘導の声が入り混じり、狭い路地に人が詰まって前に進めない場所も多い。
「危ないから押すなよ!!中央の避難所へ向かえ!!」
兵士らしき鎧姿の男が声を張り上げながら、老人の手を引いて誘導している。露店の商人は商品も放り出したまま店を畳み、獣人の女が幼い子を抱えて走り抜けていく。誰の顔にも余裕はなかったが、混乱の中にも一定の秩序があるのが分かった。
避難の手順が、体に染み付いているような動きだ。
(何度も経験してんな、これ)
アルクは人波を縫いながら、その光景に妙な感心を覚えていた。慣れているということは、それだけ頻繁に起きているということだ。
東門に近づくにつれ、人の密度が今度は逆方向に増していく。武器を持った冒険者、鎧を纏った兵士が続々と集まり、城壁の内側に隊列が組まれていく。
他の冒険者たちが冒険者証を提示していたので、アルクも同様に冒険者証を取り出して見せた。
「Cランクのアルクだな。お前はここだ」
案内された場所は、中堅どころのパーティが並ぶ一角だった。左右を見渡すと、見覚えのある顔がいくつか目に入る。少し離れた区画にバルトの一団がおり、ミナが緊張した面持ちでこちらに気づいて小さく頷いた。
反対側にはジンが飄々とした調子で肩を回している。
(顔見知りが近いのはありがたいな。知らないところで死んだら寝覚め悪いし)
そんなことを考えながら、アルクは前方――城壁の上に視線をやった。
そこに立つのは、二つの人影だった。
一人は黒に近い赤髪を短く刈り込んだ、岩のような体躯の男。鎧越しにも分かる筋肉の隆起と、纏う武気の密度が尋常ではない。その場にいるだけで周囲の空気が張るような、そんな圧を感じさせる立ち姿だった。
もう一人は、長い金髪をなびかせた高身長の女。武具は軽装だが、その体から溢れ出るものは男に劣らない。魔力と武気が同時に、しかも高い濃度で滲み出ている。
二つの異なる力が、一人の中で綺麗に同居している。
(明らかに、上澄みの実力者だな。あれは)
アルクは無意識に喉を鳴らした。これほど質の良い力を目の当たりにすると、純粋な興味が湧き上がってくるのを止められなかった。
「――弓兵、構え!!魔法士隊、詠唱開始!!」
赤髪の男――騎士団長らしき人物の号令が、城壁全体に轟いた。低く、腹に響くような声だった。
やがて、地平線が黒く染まった。
数千、いや万を超えるかという規模のインセクト種の群れが、地響きと共に押し寄せてくる。羽音を纏って空を覆うニードル・ビー、地を這うバイト・アントの黒い波、そしてその中に剣のような前肢を持つ大型の個体――ソード・マンティスの姿も交じっていた。
「――放て!!」
金髪の女――ギルドマスターの声が響いた瞬間、城壁の上から一斉に炎が放たれた。数十の火球が空を裂き、群れの先頭を焼き払う。続けて紫電が奔り、地面を這う蟻の隊列を薙ぎ払っていく。弓兵たちの矢が絶え間なく放たれ、一射ごとに数体を貫通しては地に落としていった。
圧巻の光景だった。魔物の骸が積み上がり、焦げた地面から黒煙が立ち上る。だが、その物量はまるで減った様子を見せなかった。前列が焼き払われても、後列が押し寄せてその隙間を埋めていく。
「これ、間引ききれねぇな」
アルクは肩に担いだ大剣の柄を握り直した。予想通り、遠距離の攻撃を掻い潜った個体が城壁の直下まで到達し始めている。
「近接、迎え撃て!!」
指揮官の声が響くと同時に、アルクを含む中堅の一団が門を抜けて外へと飛び出した。
先陣を切ってきたのはソード・マンティスだった。剣の前肢が空気を裂いて振り下ろされる。アルクはそれを大剣で受け止めた――刃と刃がぶつかる、乾いた金属音とは違う硬質な音が響く。
「思ったより硬いな」
呟くと同時に、腕に力を込める。岩鉄の大剣がマンティスの鎌を押し返し、そのまま振り抜いた一撃が相手の外殻を斜めに断ち割った。緑がかった体液が飛び散り、断末魔の痙攣を残して個体が崩れ落ちる。
「うん、いける。マンティスを優先的に狩るか」
アルクは次のマンティスへと足を向けた。二体目、三体目と、剣を弾き返しては斬り伏せていく。相手のレベルは百を優に超えているはずだが、それでもアルクにとっては一撃を凌がれることのない相手だった。
だが、乱戦の熱気は視界を狭める。
「うわああああっ」
甲高い悲鳴が、少し離れた場所から響いた。目をやると、前に出過ぎた若い冒険者らしき青年がバイト・アントの群れに囲まれ、剣を振り回しながらも押し込まれている。数十の蟻が四方から迫り、すでに一体が食らいつこうとしていた。
バルトの一団は、別の方角でソード・マンティスたちの相手をしている。距離があり過ぎて、すぐには動けそうにない。
「――ちっ」
アルクは舌打ちすると同時に地を蹴った。青年との間に入り数体のバイト・アントを大剣で薙ぎ払う。
同時に地面へ武気を込めた片足を叩きつけた。
職業スキル『震撃』
踏みつけた足から放たれた衝撃波が、前方扇状に広がった。青年を取り囲んでいた蟻の群れが、まとめて吹き飛ばされ地に転がる。
「あ、ぐ……」
「ったく、大丈夫かよ」
アルクは片手で青年の襟首を掴み、引き起こしながら残りの数体を大剣で叩き潰した。震撃の余波でひび割れた地面から土煙が立ち上る。
「あ、ありがとうございます……!」
「礼はあとでいい、下がってろ」
青年を後方の列へ押しやると、アルクはすぐさま次の敵へと視線を戻した。まだ群れは絶えない。
――その一部始終を、離れた場所で剣を振るいながら見ていた者がいた。
金髪を靡かせ、城壁前の戦線で自ら武器を振るっていたギルドマスターの目が、一瞬だけアルクの姿を捉えた。震撃の踏み込み、衝撃波の範囲、そして助けに向かうまでの判断の速さ。
(強いな。あんな冒険者、見たことないが……)
戦場の喧騒の中、彼女の視線はしばらくの間、雑踏に紛れたアルクの背中を追い続けていた。
戦線は一進一退のまま、時間だけが過ぎていった。
アルクが何十体目かのバイト・アントを叩き潰した頃、後方から地鳴りにも似た重い足音が響いてきた。振り返るまでもなく、それが群れの奥から現れた新手だと分かる。
「おお、懐かしいやつが来やがった」
姿を現したのは、体長10メートルはあろうかという甲虫型の魔物だった。全身を覆う黒い外殻は鈍い光沢を放ち、頭部からは太い角が突き出している。踏み出すたびに大地が震え、周囲の蟻や蜂がその歩みに道を譲るように散っていく。
「アイアン・ビートル……!群れの中核個体だ、下がれ!!」
近くの指揮官らしき兵士が声を張り上げた。前線の冒険者たちに動揺が走る。アルクも大剣を構え直しながら、懐に手を入れたふりをして、アイテムボックスから鑑定虫眼鏡を取り出して一瞬だけ覗いた。
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アイアン・ビートル Lv.164
重装兵:突撃兵:大喰らい:力自慢
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(164!ついに俺の完全擬態越えのやつが出てきたか。てかこいつ下位種だろ、どうなってんだか)
だが、その厄介な相手に向かって動いた影が二つあった。
「ここは俺が抑える」
低く、地を這うような声とともに、赤髪の騎士団長――ガルドが前線に躍り出た。手にした大剣から立ち上る武気の密度が、遠目にも肌を刺すほどに濃い。
アイアン・ビートルが太い前肢を振り上げ、叩きつける。ガルドはそれを真正面から受け止めることも、避けることもしなかった。ただ、剣を振るった。
一閃。
甲高い金属音と共に、アイアン・ビートルが両断された。それだけに留まらず、巨大な斬撃が後方にいる虫の軍勢を切り裂いていく。
「「「うおおおおっ!!!」」」
冒険者たちから歓声が上がった。だが、その隙間を縫うように、まだ数体のビートルが群れの奥から姿を現している。
「そろそろ、終わらせましょうか」
続いて動いたのは、金髪をなびかせたギルドマスター――ミレアだった。手にした剣が神々しい輝きを帯び、切っ先から溢れる雷光が周囲の空気をびりびりと震わせている。
彼女が剣を一薙ぎした瞬間、膨大な雷が斬撃の形をとって解き放たれた。稲妻はまっすぐに敵陣を貫き、ビートルの群れを中心から丸ごと消し飛ばす。爆発じみた閃光と轟音が戦場を包み、余波で近くの蟻や蜂までもが黒く焦げて崩れ落ちた。
「――おしまいね」
短くそう呟いた彼女の周囲には、もはや立っている魔物の影はなかった。
戦場に、静寂とざわめきが同時に押し寄せる。
「勝った……のか?」
「見ろ、群れの本体が崩れてる!」
誰かが叫ぶと、それに呼応するように歓声が波のように広がっていった。兵士たちが武器を掲げ、冒険者たちが肩を叩き合う。アルクも大剣を下ろし、大きく息を吐いた。
「はぁ……終わったか」
汗ばんだ額を拭いながら、周囲を見渡す。地面には虫の死骸が幾重にも積み重なり、焼け焦げた土の匂いと血の匂いが混ざり合っていた。
戦後処理は、勝利の高揚が冷めやらぬまま淡々と進んでいった。兵士たちが使える死骸の回収と焼却を手分けして行い、冒険者たちも武器の手入れをしながら周囲を警戒する。
アルクも大剣を担いだまま、指示された区画の死骸をまとめる作業に加わった。
「――なぁ、これ」
近くで死骸を運んでいた壮年の兵士が、積み上げられたバイト・アントの山を見下ろしながら、隣の若い冒険者に声をかけた。
「この動き、自然な群れにしちゃ異常だと思わないか?統率が取れすぎてる」
「ああ……確かに。ビートルが出てくるタイミングも、ちょうど俺たちの前線が薄くなったところでしたし」
「また"面倒ごと"にならなきゃいいがなぁ」
兵士は溜息混じりにそう言うと、死骸を運ぶ手を止めないまま、それ以上は口にしなかった。
(面倒ごと、ね)
アルクはその会話を横で聞きながら、内心でわずかに眉を寄せた。あの草原で見たバイト・アントの本隊も、同じように恐ろしいほど統率されていたことを思い出す。
(にしても…あの二人、最初から出てりゃもっと早く終わったんじゃねぇか?)
死骸の山を運びながら、アルクはガルドとミレアが戦っていた方向へ視線をやった。今も何やら周囲の兵士たちに指示を出している二人の姿がある。
あの一撃で群れの中核をまとめて消し飛ばせるなら、最初から前線に立てば楽に勝てたはずだ。
(他の連中のレベル上げ、ってところか。ある程度は自分たちで凌がせて、詰まったら本命が出る、と)
理に適った運用だと思いながらも、アルクの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
(にしても、あれがこの街の上澄みか。レベル200に近いんじゃねぇか、あれ。マジでめちゃくちゃな世界だな、楽しくなってきた)
死骸を担ぎ上げながら、アルクの口元は緩んだままだった。焼け焦げた土の匂いに包まれた戦場の片隅で、彼はしばらくの間、この異世界の底知れなさを噛み締めるように味わっていた。
「――おい、そっちの死骸も運んでくれ! まだまだ終わらんぞ!」
指揮官らしき男の声が飛んでくる。
「おう、了解!」
軽く応じながら、アルクは次の死骸へと足を向けた。この雑用でさえも、この異世界を楽しむためのスパイスなっている。
既に日が落ちているが、これからが長くなりそうだとアルクは考えていた。




