第34話 問い
アネットに魔法を見てもらった翌日の朝。
宿の朝食を半分ほど平らげたところで、入口の扉が控えめに叩かれた。
「アルクさん、いらっしゃいますか」
聞き覚えのある声に、アルクはパンを咀嚼したまま振り返る。入口に立っていたのは、ギルドの若い職員だった。息が上がっているところを見ると、走ってきたらしい。
「おう、どうした?」
「あぁ、アルクさん、いてよかった…街中を走り回ることになるかと。ミレア様がお呼びです。ギルド本部までよろしくお願いします」
職員はそれだけを言うと、返事も待たずに一礼して踵を返した。よほど急いでいるのか、扉の閉まる音がやけに大きく響いた。
「呼び出しか。飯くらいゆっくり食わせてくれよ」
ぼやきながらも、アルクは残りのパンを口へ放り込み、立ち上がった。女将が鍋を混ぜる手を止め、こちらを見る。
「今度は何やらかしたんだい」
「今度ってなんだよ。何もやらかしてないわ」
苦笑いを浮かべながら答える。脳裏で平原の損壊地が浮かびながらも、アルクは宿を出た。
中央区画のギルド本部は、朝の陽を受けて石壁が白く輝いていた。受付に行くと、以前も通った通路の奥、小さな個室へと案内される。扉を開けると、卓の向こうに座っていたミレアが顔を上げた。
「早かったわね」
「ギルドマスターからの呼び出しなら急ぐだろ、普通」
軽く肩をすくめながら、アルクは向かいの椅子に腰を下ろした。ミレアの前には紙束が並んでいる。
ミレアは指先で紙の端を揃えながら口を開いた。
「先日の損壊地調査、新人を助けた判断、ジンとも張り合う純粋な実力、私はあなたを評価しているわ」
「へぇ、ありがたい話だな」
「それで、明日の強化狩猟班に、あなたを加えたい」
一拍置いて、その一言が落ちた。アルクは眉を上げる。
「俺を……?」
「そう」
「別にいいが」
腕を組み、アルクは椅子の背にもたれかかった。
「明日じゃなくても、その内行くことになるんじゃねぇのか?」
「そうね」
ミレアは机上の紙を一枚、指先で軽く叩いた。
「でも、最近の大戦跡地の様子を見ると、少し戦力を増やしておきたかったのよ。あなたならレベル的にもちょうど良いわ」
言葉に迷いはなかった。だが、その分だけ何かを削って話しているような、そんな余白があるようにアルクには感じられた。しかし、深追いする理由もない。
「まぁいいぜ。行くわ」
「助かるわ。集合は西門、日の出すぐの早朝ね」
「ああ、了解した」
用件はそれで終わったはずだった。アルクが椅子から立ち上がり、扉へ向かおうとしたその時だった。
「……一つ聞きたいのだけど」
背中に、ミレアの声がかかる。振り返ると、彼女はまだ座ったまま、卓の上で指を組んでいた。表情に変化はない。それが逆に、アルクの意識を引っかけた。
「一昨日の晩、何をしてた?」
問いには、余計な前置きがなかった。ただの世間話にしては、直球すぎる。
アルクは一拍、間を置いた。
(一昨日の晩……か)
顔には出さず、口元だけを軽く緩める。
「何って、宿で寝てたよ。何かあったのか?」
「いえ」
ミレアの視線が、卓上の紙束へと戻っていく。
「それなら良いのよ。行っていいわ」
短い一言だった。だが、その返し方に、アルクは僅かな引っかかりを覚えた。もう少し理由を語ってもよさそうなものを、あっさり切り上げられた。
「おう、じゃあな」
軽く手を上げ、アルクは部屋を出た。廊下を歩きながら、扉の閉まる音を背に聞く。
(禁域で暴れたことが察知されたか…?いや、そもそも俺はノクスルド出身ってことにしてある。そこも悪さしてそうだな…)
受付を抜け、外へ出ると、朝の市場通りはいつも通りの喧騒に満ちていた。露店の呼び込み、荷車の軋み、子供たちの笑い声。何も変わらない日常の音の中を歩きながら、アルクの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「さて、明日は大戦跡地か。どうにか臭い対策できないかね」




