第33話 指導
「ほら、また流れが乱れてる」
アネットの指摘に、アルクは掌の上で崩れかけた氷の塊を見下ろした。
「筋はいいのよ、あんた」
アネットは腕を組み、標的の縁にできた傷を顎で示した。今しがたアルクが放った氷の棘が、木の表面を深くえぐっている。
「威力だけならもう十分じゃない?なんでこんなに大雑把なわけ」
「褒められてんのか貶されてんのか分かんねぇな」
苦笑しながら、アルクは掌に再び魔力を集めていった。
しばらくアネットに教わり、一区切りついたところで、二人は壁際の石段に腰を下ろした。アネットは道具袋から水筒を取り出し、一口飲んでから、思い出したように口を開いた。
「そういえば、あんたには関係ない話かもしれないけど」
「ん?」
「二日後、西の大戦跡地に強化狩猟班が出るのよ。私、選ばれちゃって」
アルクは眉を上げた。以前、ギルド本部の指名依頼を受けた際に耳にした話が頭をよぎる。あれから何度か、似たような噂を街の中で拾っていた。
「へぇ、あれか。ガルドかミレアのどっちかが率いるってやつ」
「そう。今回はミレア様が率いる回。二十人編成で、私もその中の一人」
「二十人か、そりゃまた大所帯だなぁ。選ばれる人は完全にランダムなのかね?」
軽い調子で問うと、アネットは首を縦に振った。
「そうじゃない?私が行く日の強化狩猟班にもDランクが何人か混ざってるって話だし」
「Dランクも?」
「ええ、新人だけじゃなく中堅やベテランも混ぜて、戦力の底上げをするって聞いたわ」
石段に肘をつき、アネットは顎を軽く上へ向けた。天井の高い窓から差し込む光が、埃の粒を細かく照らしている。
「最近、大戦跡地のアンデッドの数が増えてるって言うし、レベル上げもしやすいかもしれないわね」
「へぇ、そうなのか。俺も前に間引き依頼で行ったな」
「え、よく行ったわね」
「ああ、ゾンビとスケルトンばっかだったけど、確かに数は多かったか?」
アネットは少し意外そうな顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「なら分かるでしょ。あそこ、瘴気が濃くてアンデッドがずっと湧いてくるのよね。討伐しても討伐しても終わらないっていうか」
「終わらねぇっつうか、ある意味効率いいよな。狩り放題で」
「あは、確かに。そういう考え方もあるわね」
アネットは小さく笑い、水筒を袋へしまった。それから立ち上がり、袖を軽く払う。
「今日はこの辺にしとく?そろそろ日が傾いてきたし」
「おう、十分だ。教えてくれて助かったわ」
「別に、暇だっただけよ」
そう言いながらも、アネットの口元には満更でもなさそうな緩みがあった。二人は道具を片付け、訓練所を後にした。
外へ出ると、街並みは夕暮れの色に染まりかけていた。石畳の上を伸びる影が、日中よりも長く見える。市場通りの喧騒は少しずつ落ち着いていくのが分かった。
アネットとは訓練所の前で別れ、アルクは宿への道を歩いた。宿の扉を開けると、香草の匂いが真っ先に鼻を突いた。女将が大鍋をかき混ぜながら、こちらへ顔を上げる。
「おかえり。今日は随分早いじゃないか」
「まぁな。腹減った」
「なら座りな、今すぐ出すよ」
木の椅子に腰を下ろすと、湯気の立つ皿が目の前に置かれた。根菜と肉を煮込んだものに、硬めのパンが添えられている。一口頬張ると、脂と香草の匂いが口いっぱいに広がった。
「うんめぇな、相変わらず」
「そりゃどうも。今日は何してたんだい」
「魔法の練習だ。冒険者仲間に教わってな」
「へぇ、魔法かい。器用なもんだね」
女将は鍋の火を落としながら、鼻歌交じりに片付けを始めた。アルクはパンを千切り、煮込みの汁に浸しながら、頭の片隅でアネットの言葉を反芻していた。
二日後の強化狩猟班。西の大戦跡地。あの瘴気の濃い荒野を思い出す。骨の丘、腐臭、そして地面から染み出す紫の靄。二十人という大所帯が組まれるなら、何かが起きても不思議はない。あのミレアが行くというなら、大体のことは解決できるだろうが。
(アンデッドが増えてる、ってのはただの偶然かね)
食事を終え、皿を空にする頃には、そんな考えも夕食の満足感に紛れて薄れていった。窓の外はすっかり暗くなり、酒場からの笑い声が微かに聞こえてくる。
「ごちそうさん。美味かった」
「そうかい。しっかり休むんだよ」
「おう。ありがとな」
アルクは階段を上り、自室の扉を閉めた。硬い寝台に体を沈めると、疲れとは違う心地よい重さが四肢に広がっていくのが分かった。
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