第35話 作業
空がまだ白み始めたばかりの頃。アルンダラ城塞都市、西門前。
「ふわぁ⋯さすがに朝早いな」
大きく口を開けてあくびをしながら、アルクは門前に集まった一団へ近づいていった。朝の冷気が頬を撫でる。
すでに二十人ほどの冒険者が集まっている。武器を手にした者、杖を腰に下げた者、盾を背負った者。その中に見慣れた顔を見つけ、アルクは軽く手を上げた。
「おはようさん」
「あれ、なんでアンタが?」
アネットが目を丸くする。
「急遽加わることになってな」
「ふーん……そうなの」
アネットはアルクを上から下まで眺め、それ以上は追及しなかった。その少し奥。人の隙間から、アルクを見ている男がいた。
フランクだ。アルクと目が合った瞬間、その顔が僅かに強張った。だが、以前のように何人もの取り巻きを引き連れているわけではない。
今日は一人だった。
英雄の血を引く者であろうと、戦力として数えられるなら駆り出される。それだけの話なのだろう。アルクは特に声をかけなかった。
フランクも、すぐに視線を逸らした。
「全員、揃ったわね」
前方に立ったミレアが静かに口を開く。ざわついていた冒険者たちの声が止まった。
「今回の目的は、数をこなすこと。無理に深追いする必要はない。隊列を崩さず、ただ魔物を処理しなさい」
ミレアが全員を見渡す。
「単独行動は禁止する。敵が多い場合は周囲へ知らせなさい。助けに入るために隊列を崩すのも避けるように」
「了解」「分かった」
返事が重なる。
アルクは腕を組んだまま、その様子を眺めていた。その横で、フランクが一歩だけ後ろへ下がった。アルクとの距離が露骨に開いていく。
アルクはそれに気づいていたが、何も言わなかった。
「では、出発する」
門が開く。冷たい風とともに、外からあの臭いが流れ込んできた。
しばらく歩いて大戦跡地に到着すると、討伐が始まった。最初に現れたのはマッスル・ゾンビの群れだった。確かに以前よりも数が多い。
「来たぞ!」
「前、三体!俺がやる!」
声が飛ぶ。盾を持った冒険者が前に出て、後ろから槍が伸びる。その後ろから、アネットが手を掲げた。
「凍れ」
地面を這うように広がった冷気が、突如として氷塊となり、ゾンビの脚を凍りつかせる。
「今!」
別の冒険者が踏み込み、首を刎ねた。骨の擦れる音、肉を叩く音、魔法の炸裂音。
それらが次々に重なっていく。
「左、残り二!」
「任せろ!」
スケルトン・ナイトの盾を斧が叩き、体勢を崩したところへ別の剣が突き込まれる。一体。また一体と魔物が倒れていく。アルクも火竜の刃を抜いた。
見た目だけなら、少し無骨な片手剣だ。アルクは迫ってきたマッスル・ゾンビの腕を避け、その首へ刃を通した。
そのまま横から迫ったスケルトン・ナイトの頭蓋を叩き割る。他のマッスル・ゾンビが別の冒険者に向かうのが見えた。
「おい!そっち三体行ったぞ!」
「おう!」
冒険者たちは武器を構えた。数秒後、三体のゾンビが地面に沈む。アルクはそのまま次の群れへ歩いていく。
アルクは意識的に周囲の冒険者に魔物を流しながらも、自分も次々と倒していった。
やがて討伐隊は、いくつかの小隊へ分かれながら広い範囲を機械的に進んでいった。倒した魔物の数が積み上がっていく。
フランクは、自分の担当区画を見渡した。周囲には魔物が多い。隊列から離れるな。ミレアから何度も言われていた言葉が頭に残っている。だが⋯
「……俺だって」
剣を握る手に力が入った。アルクや他の冒険者と一緒にいると、その差が嫌でも分かる。
だからこそ、ここで結果を出さなければならない。
「これくらい……!」
フランクは駆け出した。次々と魔物を斬り伏せる。さらに奥へ。
「まだだ!」
気づけば、周囲に魔物が集まっていた。
「くっ……!」
剣を振る。だが、一体倒している間に別のマッスル・ゾンビが迫ってくる。足元がぬかるんでいた。瘴気が濃く、視界が悪い。
「どけっ!」
無理やり一体を斬り飛ばす。その直後、横からただのスケルトンが迫った。
盾で受ける。骨の腕が弾かれた。だが、背後にもいる。
「……っ!」
フランクは振り返った。周囲には魔物がおり、囲まれている。
「おい……」
声が震えた。隊列から離れすぎていたため、誰かが来る気配はない。
「誰か……!」
叫びかけて、フランクは口を閉じた。
助けを求める。
そんなことをすれば、自分が何もできないと認めることになる。あの、レオと同じだということになる。
「……くそっ!!」
剣を振る。だが、減らない。
「誰か来い!」
強がった声が瘴気の中へ消えた。
次の瞬間。
目の前にいたゾンビの首が落ちた。何が起きたのか、フランクには分からなかった。ただ、いつの間にか目の前にアルクが立っていた。
「……アルク」
「おう」
アルクはそれだけ答えた。火竜の刃が動く。
一閃。
スケルトン・ナイトの首が飛んだ。振り返りざまに、横から迫っていたゾンビの胸を斬り裂く。
さらに一歩。
刃が閃いた。派手なことはしていない。ただ、アルクが歩いた場所から魔物が消えていく。
「……すげぇ」
フランクは剣を握ったまま、思わず呟いた。
最後の一体が倒れる。
アルクは火竜の刃を軽く振り、付着したものを落とした。
「面倒くせぇから隊列から離れんな」
それだけ言って、背を向ける。
「お前……」
続きが出てこなかった。何か言わなければならない。
礼でも、負け惜しみでも、何でもいい。だが、喉から出てこない。
少し離れた場所にいた冒険者たちが、こちらを見ていた。誰も笑ってはいない。誰も口を挟まない。それが、余計に重かった。
アルクはもうこちらを見ていなかった。まるで、本当にどうでもいいことのように。
「……」
フランクは唇を噛んだ。
力の差を見せつけられたことより、その無関心の方が胸に刺さった。やがて討伐は再開された。
今度こそ、フランクは隊列を離れなかった。夕方。最後の魔物が倒れる。
「もう充分ね。お疲れ様」
ミレアの声が響く。
誰かが大きく息を吐いた。
「終わったぁ……」
「数多かったわね⋯」
「もう腕が上がらねぇよ」
冒険者たちが武器を収めていく。夕焼けが荒れた大地を赤く染めていた。
帰路につく途中、アネットがアルクの隣へ並んだ。
「随分と良く動いてたじゃない」
「そうか?」
「そうよ。それで、疲れもしないで平然としてるんだから大したもんだわ」
「まぁ、わりと疲れてるけどな」
「どの口が言ってんのよ。ピンピンしてるくせに」
アネットが呆れたように笑う。門が近づくと、それぞれが帰る準備を始めた。
すると、一人の30代ほどの男性冒険者が、フランクの背中をバシバシと叩きながら話しかけていた。
「ははは!お前さんやらかしてたな!でも気にすんなよ、若いうちなんてそんなもんだ!」
「あ、ああ…悪かったな」
「なーに、気にすんなよ!これから気をつけりゃそれで良い!」
男性冒険者はガハハ!と笑いながらその場を去っていく。フランクは何とも言えない表情で、その後ろ姿を眺めていた。




