第24話 歓迎
森が途切れた瞬間、タナカは翼を止めた。
視界いっぱいに、幹があった。
太さの見当がつかない。目の前にあるはずのそれは、もはや"木"という輪郭を保っていなかった。表皮に走る溝の一本一本が谷のように深く、根は地平線の彼方まで這い広がっている。見上げても頂は見えず、夜空を突き抜けた枝葉が、月の光すら遮っていた。
「いや、でっかぁ…」
思わず声が漏れる。
ゲームでも見たことのない規模だった。フィールドの端から端までを覆い尽くすようなオブジェクト。
だが、驚きに浸っている暇はなかった。
ぜんぶ見え見えだゾ〜?が伝えてくる気配の数が、際限なく膨れ上がっていく。あらゆる方向から、力の塊が滲み出すように姿を見せ始めていた。
獅子と山羊、竜の複合体――キマイラ・ロード。
地響きを立てて木々をなぎ倒す、2本の黒い角を持つ巨人――キング・オーガ。
鱗を鈍く光らせながら地を這う、山のような竜――グランド・ドラゴン。
夜空を割って飛来する、緑の毒気を纏った翼竜――ヴェノム・ワイバーン。
牙を剥き出しにした巨躯の猪――タイラント・ボア。
角に膨大な光を宿す気品ある巨大な鹿――ゼニス・ディア。
黄金の羽毛を持つ、獅子と鷲の複合体――グリフォン・ロード。
その魔物たちが、一斉にタナカを囲んでいた。タナカは口の端を持ち上げる。
「俺だけ嫌われすぎじゃね?」
軽口とは裏腹に、頭の中は冷静に動いていた。
タイラント・ボアとキング・オーガが地上を固め、退路となりそうな空隙を潰していく。グリフォン・ロードとヴェノム・ワイバーンが上空を旋回し、飛行での離脱を封じる。キマイラ・ロードの数体が炎と蛇尾を織り交ぜ、タナカの動ける方向をじりじりと狭めていた。
(……しっかり俺だけ狙ってやがんな)
各々が己の獲物を追うのではなく、全体で一つの網を編んでいる。先ほどの乱戦とはまるで違う。ここにいる化け物たちの標的は、タナカただ一人だった。
キマイラ・ロードの咆哮が空気を震わせた瞬間、タナカは魔帝ノ大剣を構えた。
「俺がどの程度やれるのか、試させてもらうぞ」
大剣を横薙ぎに振るう。刃が最も近いキマイラ・ロードの首を捉えたが、直前で相手の首が沈んだ。深く裂けた傷から血が噴き出しながらも、致命には至らない。
すかさず足裏へ武気を流し込む。
踏み込んだ足から衝撃波が扇状に広がり、地面ごと数体のバランスを崩す。バランスを崩した個体へ、大剣を返す。
両手で地面を掴み、武気を流し込んで引き剥がした。土塊の津波がタイラント・ボアの群れを飲み込む。続けて一体の背に一撃。刃に武気を纏わせた一太刀が確実に決まる。
「限界突破ァ!」
力が跳ね上がる感覚とともに、タナカの動きが一段速くなった。連続する攻防の中で、確実に敵の数を減らしていく――はずだった。
だが、様子がおかしい。
一体を倒すたびに、周囲の陣形が変わる。倒れた仲間の死骸を、次の個体が盾のように使う。大剣を振り抜いた直後の一瞬の隙へ、正確に爪や牙が差し込まれる。
ある個体はわざと攻撃を受け、その隙にタナカの側面が空くよう仕向けていた。
避けながら、タナカの口元に笑みが浮かぶ。
「プレイヤーと戦ってるみてぇだな」
面白い。単純に強いだけの相手なら、こうはならない。
タナカは魔帝ノ戦装へ、意識と共に魔力を流した。
「形態変化、攻撃」
背中の装甲が唸りを上げて展開する。継ぎ目から黒い金属が姿を見せ、数本の魔導砲身が背後へ分離した。砲身はそれぞれが独立して浮遊し、蠢く戦場の敵を捉えるように旋回する。
その瞬間、砲身から放たれた光条がグリフォン・ロードの翼を貫いた。もう一発がヴェノム・ワイバーンの胴を穿つ。タナカ自身が正面のゼニス・ディアを斬り伏せている間にも、砲身は独自に敵を選び、独自に撃ち続けていた。
「よしよし、魔力消費も老龍ノ心臓でまだ相殺できてんな」
戦況が、目に見えて傾いていく。
だが魔物たちの動きは止まらなかった。倒れた仲間の死骸を踏み台にし、次々とタナカへ殺到してくる。
巨躯のキング・オーガが振るった倒木を、タナカは大剣で真正面から受け止める。両者の力が拮抗した、まさにその隙を突くように――ヴェノム・ワイバーンの毒牙と、キマイラ・ロードの蛇尾が、同時にタナカへ迫った。
倒木を弾き返し、即座に大剣を振るって跳び退く。紙一重だった。
着地と同時に、タナカは大剣を構え直す。
「ちっ、使うか」
呟きながら、大剣の柄に魔力を流し込む。
「色欲ノ影」
刃から噴き出した黒い煙が渦を巻き、瞬く間に人の形へ収束していく。艶やかな黒髪、しなやかな肢体、背に生えた小さな蝙蝠の翼。
身の丈およそ3mの美しい淫魔が、そこに姿を現した。
「あーん!魔帝様ぁ……!」
出てきた瞬間、影は嬉しそうな声を上げてタナカへ抱きついてきた。柔らかい体温が、鎧越しにも伝わってくる。
「わたくしを使ってくれるなんて嬉しいですぅ。どうせなら――封印、解いてくれませんかぁ?」
甘えるような声に、タナカは一瞬だけ動きを止めた。
(喋んのかよ。そういや、七欲の大悪魔が封印されてるって設定だったか。あの人その辺り凝ってたからなぁ)
作った生産職の顔を思い出しながら、タナカは苦笑する。
「まだ戦闘中だ。戦え」
短く言い放つと、影はわずかに唇を尖らせた。
「ちっ……もう、ケチなんだからぁ」
不満そうに呟きながらも、影は身を翻し、周囲を取り囲む魔物の群れへゆっくりと向き直った。




