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せっかくアバターの姿で転生したのに異世界の連中がやけに強い。  作者: モノノキ


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第13話 損壊地の調査

夜の青さがまだ空に残っている。東門の内側には、荷車が一台だけ止められていた。

アルクは人影の少ない門前へ出る前、宿の部屋でアイテムボックスから一本の剣を取り出してきた。今はそれを、腰の鞘に収めている。


赤黒い鞘に納まった剣身は、大剣ほど目立たない。柄に巻かれた黒革も飾り気がなく、遠目には使い込まれた無骨な片手剣にしか見えなかった。


"炎竜の刃"


武気を流せば、刃の届かない距離にも"火炎の斬撃"を飛ばせる武器だ。護衛の隊列を崩さず、遠くから敵の足を止めるには、むしろこちらの方が都合がいい。


荷車の脇で腕を組んでいたジンが、腰の剣へ目を落とす。


「おや。今日は大物を斬る気じゃないのか、アルクさん」


素手のままの男は、肩を回しながら笑った。


「護衛であの大剣なんか振れるかよ、味方までまとめて吹っ飛ばしたら洒落にならねぇ」


「それはそれで見てみたいけどなぁ」


「バカ言うな」


ジンが声を立てて笑う。その横では、紫がかった長い髪を外套へしまい込んだ女が、荷車の車輪をつま先で軽く蹴っていた。


「護衛って、待つ時間の方が長いのよね。分かってたけど」


「そういうものだ、アネット。この前の襲撃で思う存分に魔法を撃てただろう。今日は我慢しろ」


少し離れた場所から、バルトが言った。白髪交じりの髪を後ろで束ねた男は、荷車の積み荷を一通り確かめ、緩んだ革紐を締め直している。


「ジンも同じだ、武気を不用意に外に漏らすな。アネットも、魔力を滾らせすぎないようにしろ」


「は〜い」

「へいへい。今日は真面目に歩きますよ」


バルトにジンは両手を上げてみせた。アネットも肩を竦めるだけで、反論はしない。


バルトが荷車の向こうへ顎を向けた。


「調査班だ。サイラス、リュシア。護衛の連中は、もう名前くらい聞いているだろう」


二人の男女が、木箱のそばに立っていた。


細身の男は、首元まで留めた革の上着に、いくつもの筆記具を差している。

隣の女は小柄で、胸元の革袋を両手で支えている。そこから、握り拳ほどの白い石がいくつか覗いていた。


「サイラスです」


サイラスは一人ずつを見て、短く頭を下げた。


「リュシアと申します。今日はよろしくお願いします」


リュシアの声は細かったが、震えてはいない。アネットよりも少し年上に見える女は、革袋の口をきゅっと絞り直した。


それぞれが名を返すと、バルトは荷車の木枠に手を置いた。


「今日の目的は損壊地の調査であって、魔物の討伐ではない。記録より帰還、敵より調査員を優先しろ。損壊地が危険と判断された時点で、作業の途中でも引き返す。

もし魔物と遭遇したらすぐに殺せ。他の魔物がやってくる前にな」


バルトの低い声に、フィオナが柔らかく頷いた。


「私がいる限り死ぬことはないけど、無理はしないようにね」


ちょうどその時、空の端が明るくなった。門番が城壁の上から合図を送る。重い門扉が、朝の静けさを押し分けるように開いていった。


「出るぞ」


バルトの一声で、一行は城外へ踏み出した。



日の光が草の露を細かく光らせる頃には、城壁は背後で小さくなっていた。


荷車は中央を進み、その左右をフィオナとアネットが固める。先頭にバルト、サイラスは荷車を押し、リュシアは荷車のすぐ後ろ。アルクとジンは一番後ろだ。

ジンは前へ出たがったが、バルトに一度睨まれてからは、アルクと並ぶ位置を保っていた。


平原を渡る風は、ひんやりと湿っている。草を撫でた風が革鎧の隙間を抜け、土と若い葉の匂いを運んできた。

先頭のバルトが、不意に手を上げた。


一行が止まる。バルトは黙ってしゃがみ込んだ。


草の根元を指で撫で、少し先にある低い窪みへ視線を移す。風に逆らって飛んでいた小さな鳥の群れが、その窪みを避けるように北へ流れていた。

バルトはさらに、地面に押しつけられた草の筋を見つける。


「南へ回る。ここは通らん」


「何かいるんですか?」


リュシアが聞く。


「いるか、少し前までいた。草の倒れ方が新しい。鳥も上を飛ばん」


バルトは窪みの奥を見たまま、短く続けた。


「腹を満たした群れなら起こす必要はない。迂回するぞ」


一団はその判断に従い、足を運んだ。


しばらく進むと、今度はバルトが足跡の少ない硬い土を選び、荷車をそちらへ誘導した。


「面倒くさいなぁ。いつもならさっさと片づけるのに」


ジンが小さくぼやく。


「お前が片づける頃には、別の群れが三つは寄ってくる。今日は護衛だぞ」


「分かってますって」


返事は軽い。それでもジンは手の開閉を止め、足音まで抑えた。アネットも退屈そうに長い息を吐く。


「私も正直退屈、石でも磨いて待ってようかしら」


「本当に磨かないでよ?」


フィオナが笑いを含んだ声で言うと、アネットは唇を尖らせた。


そうして、緑の波が途切れる場所が見えた。


地平線の先で、平原の鮮やかな色だけが不自然に断ち切られている。露出した土が広がり、その中央から何本もの亀裂が走っていた。


アルクはそれを見て、歩みを緩める。


「……ん?」



近づくほどに、それが地滑りでも陥没でもないことが分かった。


先ほどまで平らだった地面が、内側から持ち上げられたように外へめくれ上がり、土塊が波のように重なっている。

土の割れ目から覗く岩盤には、中心から放射状に深い亀裂が刻まれていた。


荷車を損壊地の外に止め、サイラスが最初に土へ膝をついた。手袋を外し、露出した地層の断面へ指を差し入れる。


リュシアは革袋から白い観測石を一つ取り出した。表面には細い溝が幾重にも刻まれている。それを亀裂の口にそっと置いた。


石は最初、何も反応しなかった。


だが次の瞬間、低く唸るような音を立てて震え始め、白かった表面に淡い青の筋が走った。


「こんな……」


リュシアが息を呑む。彼女の指が、革袋の口を掴んだまま固まっている。


サイラスは地層から目を上げなかった。だが横顔から、先ほどまでの硬さが消えている。


「戦闘の残り香にしては、濃すぎる」


「はい。武気が、地中まで染みています」


リュシアが観測石を見つめたまま答えた。


「これは……地震でも、落雷でも、魔法でもありません。この損壊地は、戦技によるものです」


サイラスはゆっくり立ち上がり、周囲の亀裂を見回した。


「残留武気は均等に広がり、残っている。一撃でこれを作った者がいる」


ジンとアネットは呆然とその損壊地を眺め、バルトとフィオナは警戒した様子で周囲を見渡している。


アルクも、黙って損壊地を眺めていた。


めくれた角度。押し潰された草。地割れの伸び方。


頭の奥で、見覚えのある感触が繋がる。地面を両手で掴み、武気を根のように流して――


(損壊地って、俺がやったやつのことだったのかよぉ……!)


額の横に、一筋だけ冷たい汗が浮いた。アルクは黒髪を払うふりをして、指先でそれを拭う。


「だとしたら、とんでもない戦技だな」


どうにか口に出した声は、普段どおりに聞こえたはずだ。



バルトは、損壊地の端に立つアルクを横目で見た。

黒髪を払った指先が僅かに急ぎ、若干だが動揺したような表情を浮かべている。だが、バルトにはそれが、この規格外の戦技による損壊地に対する"警戒"に見えた。


(ふむ、こいつも警戒しているらしい。この平原で出会ったから、もしやと思ったが……)


考えをそこで切り、バルトは損壊地へ視線を戻した。今は確かめる時ではない。ここにいる全員を、無事に帰す方が先だった。



「待ってください」


土塊の近くで、サイラスがしゃがみ直した。


彼の視線の先には、土と石の隙間に挟まった黒いものがある。濡れた岩のように見えたが、よく見れば不自然な艶があった。


フィオナが周囲へ手をかざす。淡い光が土の表面を滑り、崩れそうな場所だけを薄く固めていく。リュシアは観測石を回収し、息を詰めながら記録板へ数字を書き込んだ。


「少しだけ土を退けられますか?」


「おう」


サイラスに言われ、アルクは腰の炎竜の刃を抜いた。

幅広い剣身の片手剣を土へ突き刺す。深く掘り返さぬよう、黒い物の周囲を掘っていく。


やがて露出したのは、砕けた黒い甲殻だった。


次に、千切れた顎。さらに、折れた脚が何本も土の中から現れる。


「バイト・アントです」


リュシアの声がはっきりと響いた。


彼女は顎の付け根に残った棘を見て、記録板へ印を重ねていく。


「大体はバイト・アント。他にもニードル・ビーが混じっています。けれど……これは数体分ではありません」


土塊の下には、黒い甲殻が何層にも折り重なっていた。圧し潰された顎が、土と一緒に押し固められている。アルクが小さく切れ込みを広げるたび、別の脚や外殻が覗いた。


「この損壊地を生んだ戦技は、インセクト種との戦闘で使われた可能性が極めて高い」


(うーん、大正解)


サイラスの予想に、アルクは内心で呟く


「これだけの残骸を、一撃で地面ごと圧した……ということですね」


「……この規模の戦技だとすれば、ギルドマスターや騎士団長と同レベルと考えて良いわね。禁域の魔物かしら」


フィオナが、重なった土塊へ目を向ける。バルトは調査員二人を見た。


「だとするならば、ここらにいるだけで危険だな。戻るか?」


サイラスは残骸と観測石を順に見てから、首を縦に振った。


「戻ります。インセクト種の仕業ではなく、インセクト種に敵対したものが使った戦技だと分かった。それだけで十分です」


「残留武気の数値も取れました。これ以上は、現場に長くいるほど危険になります」


リュシアも言い、二人は記録板へ最後の行を走らせた。一団は損壊地から離れ、来た道を引き返し始めた。



昼前、アルンダラの東門が視界に入った。道中、ジンとアネットは喋ることはなかった。あの損壊地を見て、思うところがあったらしい。


石壁の向こうから、焼きたてのパンの匂いと人の声が流れてくる。門をくぐった時、一団はようやく肩の力を抜いた。

ギルド本部で報告を終えると、サイラスとリュシアは記録板を職員へ渡した。職員は内容を読み、損壊地の図を前にして何度か目を瞬かせた。


ほどなくして、小さな木皿がカウンターへ置かれる。


「護衛依頼の報酬です。お一人、金貨五枚になります」


並んだ五枚の金貨は、窓から射した昼の光を受けて明るく光った。アルクは金貨を小さな革袋に大事にしまい込んだ。


「短時間で終わった割には悪くないか。保存食とポーションは無駄だったな」


アルクはあくびをしながら、飯のために露店へと足を運んだ。

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