消えない罪と消えない血
時刻は夜。
それなのに、眼前には赤い光が広がっていた。
夜空に浮かぶ暗雲さえ、その色を映して赤く染まり、周囲を激しく照らしている。
今なお燃え広がる炎。
だが、それを見つめる男の目には、豪華な屋敷が焼け落ちていく姿など映っていなかった。
周囲には、彼に仕えていた使用人やメイドたちの死骸が転がっている。
燃え盛る屋敷の中からは叫び声が上がり、やがて消える。それが何度も繰り返されていた。
男の手は赤黒く染まり、傍らには血に濡れた剣が横たわっている。
その胸の中には、妻と娘だったもの。
男はそれを強く、強く抱きしめていた。
どんどん冷たくなっていく現実を拒むように。
まるで、自らの手で殺めてしまった妻と娘に許しを請うように。
ただ、強く抱きしめて泣き叫ぶ。
頬に冷たい水滴が落ちた。
それはすぐに激しい雨となって、その場へ降り注ぎ始める。
屋敷の入り口付近に、三つの影があった。
塀の影に隠れて姿ははっきりとは見えない。
「悪趣味すぎます」
少女の声だった。
不快感を隠そうともしない、冷えた声。
その視線は、一人の男へ向けられている。
「必要な措置なのは説明したでしょう? 文句ならお上に言ってくれませんと。ケヒヒ」
下卑た笑い声。
少女は一層眉間に皺を寄せた。
「あなたにそんな感情があったとは驚きです。あなたが絶望した顔は、さぞ美しいのでしょうねぇ?」
男は恍惚とした表情を浮かべ、自分を抱きしめるように腕を交差させる。
そのまま、にやりと笑って少女を見る。
「その汚い顔面、吹き飛ばしてあげましょうか?」
周囲の空気がぴりついた。
一触即発。
その緊張を断ち切るように、第三の男が手を叩く。
「あなたの仕事は終わりです。先に戻りなさい」
煌びやかな服を身にまとった、貴族風の男だった。
彼は隣の男に淡々と告げる。
「はいはい。またこんな楽しいことがあれば、必ず呼んでくださいね?」
貴族風の男が頷くと、下品な男は暗闇の中へ消えていった。
残された二人は、雨に打たれながらうずくまり、泣き叫ぶ男を見下ろす。
貴族風の男は、ちらりと横目で背の低い少女を見る。
「彼じゃありませんが、ずいぶんと優しいことですね。この雨はあなたでしょう? せめてもの慈悲のつもりかもしれませんが、そんなことであなたの――」
最後まで聞くことなく、少女はマントを翻して馬車のある方角へ歩き出した。
雷鳴が轟く。
雨脚はさらに強まっていく。
少女の背中を見送っていた、その時。
すぐ近くの地面に雷が落ちた。
衝撃で、貴族風の男は泥の中へ転がる。
直後、光が辺りを包み込み、耳をつんざくような轟音が鼓膜を震わせた。
男は冷や汗を流しながら立ち上がり、服についた泥を少しでも払おうと手で叩く。
「化け物共が……どうしてこうも使いづらい奴らばかりなんだ」
悪態をつきながら、少女と同じ方角へ歩き出す。
少し進んだところで、一度だけ振り返った。
雨の中、うずくまったままの男を見る。
「あなたにはこの国は合わなかった。それだけの話です」
どこか乾いた声で続ける。
「高潔なあなたを、羨ましくもあり……不憫にも思っていましたよ」
そして、最後に。
「さようならですね。領民殺しのゼルムさん」
雨は炎の勢いを弱め続けた。
それでも屋敷が完全に鎮火するまで、半日はかかった。
だがその間も――
いや、鎮火した後でさえ。
男は家族を抱きしめ続けていた。




