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始原の裁定者と終結の器  作者: 解放さん
序章 生きる意味

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魔法の威力

「はぁ、はぁ、あのくそオヤジが!!」


僕は森の中を全力で走っていた。


後ろから聞こえるのは、草をかき分ける音。

一つじゃない。


五つだ。


振り返るとそこには――


角の生えた巨大なイノシシが突進してきていた。


そもそも、なんで一人で魔物に追いかけられているのかというと、フリージアの魔法で吹き飛ばされたからだ。

そしてその原因を作ったのは、間違いなくおじさんである。


そんなことを思い出しながら、僕は元いた場所へ戻るため、坂になった斜面を駆け上がる。



「確か、六時間くらいの距離にあるんだもんね?」


確認するようにおじさんへ聞くと、おじさんは頷きながら補足してくる。


「ああ、そうらしい。だが俺も実際に行くのは初めてだからな。地図を見る限り、それくらいの距離だとは思うぞ」


僕はおじさんが持っていた地図を借りて覗き込む。

隣では、フリージアも興味があるのか一緒に覗き込んできた。


「フリージアは外の地理を把握してるんじゃないの?」


「ううん。エルフの国にも地図はあったのかもしれないけど、私は見たことないんだ」


フリージアは首を振る。


そんなものなんだろうか。

外の世界のことも、ましてやエルフの常識も知らない僕には納得するしかなかった。


ふと疑問が湧いてきて、隣の少女に尋ねる。


「言いたくなかったら答えなくていいんだけど、どうしてフリージアは奴隷になったの?」


おじさんも少しだけ近づいてきた。

興味があるのだろう。


フリージアは一度首を傾げ、それから小さく首を振った。


「分からないの……」


「分からない? 思い出せないとか?」


「ちがうの。最後の記憶は、エルフの森の中で一人で魔法の練習をしてて……疲れたからお昼寝して、それで目が覚めたら馬車の檻の中に閉じ込められてたの。そこにはエルフしかいなかった……」


その話を聞いていたおじさんが、険しい顔になる。


どうしたのか聞こうとした時、おじさんが先に口を開いた。


「嬢ちゃん、お昼寝してた場所は中央の聖樹の近くだったのかい?」


聖樹。

それはエルフの象徴とも言える巨大な木のことだ。

今の僕には想像もつかないが、遠くからでも見えるほど大きいらしい。


「私がいたのは中央の近くでした。お母様から、中央から離れすぎないようにって言われてたので」


「……それは、裏がありそうな話だな」


「どういうこと?」


僕が尋ねると、おじさんは少し考えてから説明してくれた。


「ガルム、前にも言っただろ? エルフは自分たちの国に他種族が入るのを許さない。嬢ちゃんの前で言うのは悪いが、警戒心の塊みたいな連中だ」


それを聞いて、僕も察する。


フリージアも不安そうな顔になっていた。

きっと理解したのだろう。

エルフの国は、必ずしも安心できる場所ではないのかもしれないと。


「ちょっと予定変更だな」


おじさんが言う。


「迷いの森へ行く前に、エルフの森の近くに小さな村がある。気乗りはしねぇが、そこに向かうぞ」


その村はモース村といい、エルフの国のすぐ近くにあるらしい。

そこには会いたくないが頼りになる……と、おじさんが微妙な顔で言った“魔女”がいるという。


そいつなら何か事情を知っているかもしれない。

そういうわけで、フリージアの承諾を得て進路を南西寄りへ変えることになった。


フリージアの顔には不安の色が強く出ていた。


「安心しろ、嬢ちゃん!! どんなことがあっても、ガルムが何とかしてくれるさ!!」


おじさんはフリージアの両肩をがしっと掴み、そのまま僕の方へ押し出す。


「ぼ、僕に丸投げするつもり!?」


「当たり前だろ? お前がこの嬢ちゃんを助けるって啖呵切ったんだ。なら、何があっても全部どうにかするくらいの気概を見せろ!」


おじさんの笑顔。

それに期待するようなフリージアの目。


たじろいだ。

でも、おじさんの言う通りでもある。


いつまでも人任せでいいはずがない。


「当たり前だろ!! フリージアは僕が守るって言ったんだ!!」


自分を奮い立たせるように声を張る。


「必ずどうにかしてみせる!! だからそんな不安そうな顔するな!!」


おじさんは満足そうに頷き、フリージアも笑顔で頷いた。


僕なんかの言葉で安心してくれる。

だからこそ、その期待に応えたい。

応えなきゃいけない。


そんな使命感を胸に抱いた、その時だった。


進行方向の先から物音がした。


「お前ら止まれ!!」


おじさんが叫び、僕たちを背中に庇うように前へ出る。

腰の斧を抜き、身構えた。


僕も剣の柄を握る。

フリージアも腕ほどの長さの木の棒を構えた。


意味はないらしいが、魔法のワンド代わりにいつも持っていた方がやりやすいそうだ。


草のざわめきは一つではない。

複数方向から聞こえてくる。


やがて、音が大きくなり――姿を現した。


大きな角と長い尻尾を持ったイノシシたち。


「ボアホーンか。問題はねぇが、数が多いな」


おじさんはそう呟き、ちらりと後ろのフリージアを見ると、にやりと笑った。


「嬢ちゃん、出番だぜ? 魔法で一掃できねぇか?」


「えっと……できるにはできますけど、私が使えるのだと皆さんも巻き込んじゃいます……」


僕は“できる”こと自体に驚き、おじさんを見る。

おじさんはなぜか楽しそうに笑っていた。


「大丈夫だ! 俺もガルムも多少の衝撃でどうにかなるほどやわじゃねぇさ!! 嬢ちゃんが使える一番強い魔法をぶちかましてやれ!!」


「一番強い魔法使ったら皆バラバラになっちゃいますよ~」


物騒なことを言うフリージアに、おじさんは一瞬固まった。


「じゃ、じゃあ吹き飛ばすだけで頼む!」


そう言いながら、おじさんはフリージアを守るように前へ出る。

僕もその反対側に立った。


「本当に気をつけてくださいね? 頭を打ったら危ないので」


おじさんは「応」と答え、僕は頷く。


その間にも、魔物はどんどん増えていた。

見えるだけで十五匹はいる。


“魔物は少ない”とか言ってたのはどこのどいつだろう。

そう思いつつも、初めて見る魔法にわくわくしていたのも事実だった。


急に風の流れが変わる。


フリージアの周囲に風が集まり始めた。

少し強い風が、体を押してくる。


魔物たちも異変を感じたのか、その場で動きを止める。


そして、フリージアの澄んだ声だけが響いた。


「回廊は風、我が前に立ちふさがるものに、刃を……ぁ、ちがう、爆風の波で消し飛ばさん」


なんか物騒な言葉が聞こえた気がしたが、言い直したので良しとする。


詠唱と共に、フリージアの周囲に風が渦を巻く。

竜巻みたいだった。


「あれ、フリージア大丈夫なのか……?」


そう思った次の瞬間。


「ストームブラスト」


その一言で、周囲にまとわりついていた風が止まり――次の瞬間、逆回転して弾け飛んだ。


「うわ!!」


「うお!!」


「ギャッ!!」


僕たちの体は、反応する暇もなく嵐のような衝撃に吹き飛ばされた。


フリージアが何か叫んでいた気がする。

けれど、吹き飛ばされていく僕の耳には届かなかった。


バキッ!!


一本目。


バキッ!!


二本目。


ドンッ!!


三本目の木にぶつかって、ようやく止まる。


僕の横を、イノシシがものすごい勢いで吹き飛ばされていくのを呆然と見送り、思わず一言漏らした。


「なんじゃこりゃ」


何が起きたのか理屈では分かる。

でも、それを現実として理解するのに数秒かかった。


背中に痛みを感じながらも、フリージアの元に戻らなければと気づき、僕は全速力で元来た道を駆け戻る。



スピードではこっちの方が少し勝っている。

だが、木の根や岩が邪魔で、少しずつ距離を詰められているのを感じる。


一番近いので一メートルほどか。


僕は走りながら短剣を抜き放ち、イノシシとの距離を見極める。


「ここだ!!」


短剣を逆手に持ち、近づいた瞬間バックステップで飛ぶ。


眉間を狙った一撃。


イノシシは急ブレーキをかけ、方向転換しようとする。

だがそれより早く、僕の短剣が眉間を貫いた。


角の根元に当たり、そこで止まる。


多少の衝撃はあったが、気にするほどじゃない。


「まず一匹!!」


その瞬間、残りに追いつかれる。


一匹がそのまま突っ込んでくる。


僕は素早くロングソードへ手をかけた。

衝突の瞬間、剣を地面に突き刺し、自分は柄へ飛び乗る。


案の定、イノシシは自分から剣へ突っ込んできた。

だが角の衝撃で僕もバランスを崩し、後ろへ回転しながら地面に着地する。


急いで剣の元へ駆け寄る。


首を裂かれ地面で暴れるイノシシの心臓目掛けて、剣を振り下ろした。


「くそ、角が邪魔すぎる!」


悪態をつきつつ、周囲を見る。


残りのイノシシたちは警戒したのか距離を取っていた。


逃げてくれるならありがたい。

そう思いながら警戒を強める。


「ガルム君!!伏せて!!」


フリージアの声。


僕は反射的に振り返る。


木の棒を一文字に振るフリージアが見えた瞬間、地面へうつ伏せになった。


風の刃が飛来し、三匹のうち一匹の首を切断する。


残り二匹は一瞬止まり、すぐに方向転換して逃げていった。


僕は地面に伏せたまま、深く息を吐く。


そのまま、斜面を駆け下りてくる足音が聞こえた。


体を起こすと同時に、フリージアが息を切らしながら駆け寄ってくる。


「ガ、ガルム君、血が出てる!」


あわあわと慌てるフリージアに笑いかけ、返り血だと伝えると、彼女は自分のことのように安心していた。


「ごめんなさい……もっと手加減すればよかったです……」


「フリージアは何も悪くないよ」


僕は首を振る。


「魔法を見せろって言ったおじさんが悪いし、それに何も言わなかった僕も同じだからさ」


そう言うと、フリージアはようやくほっとした顔を見せた。


怒られると思っていたのだろう。


「それより、おじさんは?」


「えっと……ガルム君の方に走ってきちゃったから分からないの」


「そっか。なら、おじさんなら大丈夫だと思うけど、一応急いで戻ろ!」


「うん!」


その後、僕とフリージアは元いた場所まで走って戻った。


フリージアが風を足にまとって飛ぶようについてきたのを見て、ずるいなと思ったのは秘密だ。


爆心地だけが無傷で、その周囲の地面がえぐれている現場を見て唖然としていると、イノシシを一匹抱えたおじさんが戻ってきたのは五分ほど後のことだった。


なんでも美味しいらしいので、その日はイノシシを食べて野宿することになった。


出発が遅かったことと、季節的に日が落ちるのが早かったことが理由らしい。

安全のためでもある。


夜。


野草とイノシシの肉を囲み、みんなで他愛もない話をする。

笑い合う。


すごく幸せな気持ちになる。

でも同時に、この瞬間が永遠ではないことも理解してしまって、少し悲しくなる。


それでも僕は、無理やり元気を絞り出して皆と一緒に笑った。


「あ、あの……本当にごめんなさい!! 皆さんに傷を負わせてしまって、私のせいで時間まで浪費させてしまって……」


何度目か分からないフリージアの謝罪に、僕とおじさんはそろって「気にしなくていい」と返す。


そして、おじさんが口を開いた。


「嬢ちゃん、そう何度も謝られるとこっちも困るからよ。もう忘れようぜ!」


豪快に笑い、それから少し真面目な顔になる。


「でも昼のあの魔法は、嬢ちゃん一人の時しか使えねぇな。何度も吹っ飛ばされてたら、こっちの体が持たねぇからな!」


それに同意するように、僕もしみじみ頷く。


「だ、大丈夫です!! 次はうまくやりますから!!」


フリージアが両手を握りしめ、ぐっと気合いを入れる。


「次はってどういうこと?」


おじさんと視線を合わせたあと、僕が聞き返す。


「お昼に使った魔法の爆心地? 渦って言えばいいですかね? その中に入ってれば安全だったんです!!」


えへへ、と笑うフリージア。


「使った後で思い出して……だから次使う時は吹き飛ばす心配はありません!!」


そんなフリージアを見て、おじさんの方を見る。

おじさんも僕の方を見ていた。


「フリージア」


「嬢ちゃん」


僕とおじさんは揃って笑顔を向ける。


「はい!!」


フリージアもつられて満面の笑みで返事をした。


その瞬間。


僕たちは同時にフリージアの頭へチョップを叩き込んだ。


「あぅ!いたぃ~」


笑顔が一瞬で涙目に変わる。


頭を押さえて今にも泣きそうなフリージアをよそに、僕とおじさんは寝袋へ潜り込んだ。


「「おやすみ~」」


「ごめんなさ~い!!」


そんな声が、森の夜に響いたのだった。





















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