巡る覚悟①
馬車の車輪が、ゆっくりと軋む音を立てて動き出す。
「あいつのああいう所は可愛いんだけどな」
「ん?」
隣のクララに向け話し、前方を指さす。
「ああ!あの花冠だよね!可愛いよね!」
プレゼントを渡した本人としてはすごく嬉しい。
「クララもプレゼントしたら身に着けてくれるかな?」
「身に着けてくれると思うぞ」
「じゃあお姉ちゃんが帰って来るまでに何か用意する!」
微笑で返し、遠ざかる馬車を見つめ続ける。
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ハッ!
俺の目の前に母ちゃんと父ちゃんの顔が映る。
「ヘンリー!」
「大丈夫か!?」
咄嗟に腹に手を当て痛みを思い出す。
……クソ。
仰向けになったまま、歯を食いしばる。
お腹がまだじくじくと痛む。
だけど――
耳だけは、全部拾っていた。
ガルムの言葉も、親父の声も。
喜ぶラインの顔も、あいつの顔すら思い出す。
「……っ」
腕に力を込める。
立て。
立てよ。
こんなとこで寝てる場合じゃねぇだろ。
ガッ、と地面を掴んで体を起こす。
足が震える。
でも構わない。
そのまま、家の入り口へと駆け出した。
「ヘンリー!?」
母ちゃんの声が聞こえた。
無視する。
今は、それどころじゃない。
ガチャ!
家を飛び出し東門を見る。
「ガルム……!」
皆の背中が見えた。
足が一瞬止まる、その理由がすぐには分からない。
息が詰まる。
言葉が、出てこない。
「……俺…は…」
違う。今考える事じゃない!
東門まで一気に走りガルムの隣を目指す。
ガルムの横のミオとか言う奴がガルムの腕を引き俺の事を指さし、
ガルムが後ろを振り返り、走る俺と目が合い。
逸らされる。
「ッ!」
それはガルムが俺になんて興味がない、
と言ってるようで…
心臓が…苦しくなる。
ガルムの隣に立ち、見上げる横顔は真剣そのものだった、
覚悟を決めたような顔にも感じられた。
心を奪われる。
(ガルムって…こんなにも…)
「はぁ、はぁ、がるーー」
違う!
これじゃない。
こんなのじゃ、ねぇ。
拳を握りしめる。
視線を上げ、
離れていく馬車を見つめる。
――あいつは、もう行く。
「……っ!!」
足に力を込めて、皆よりさらに前へ出て歩き続ける。
腹が痛い。
でも、止まれない。
「すううううう」
「アストレアァァァ!!!」
声が裂けた。
馬車は、止まらない。
「悪かった!!!」
「俺は弱い!!!」
喉が震える、
痛みを感じる。
それでも構わない。
「謝るから!!!だから……ちゃんと教えろよ!!!」
「逃げてんじゃねぇよ!!」
「俺も逃げねぇから!!!」
返事はない。
馬車は、そのまま進む。
振り返りもしない。
それでも、叫ぶ。
「――次は、絶対逃げねぇ!!!」
声が、空に消える。
足が止まった。
もう、声が届く距離じゃない。
分かってる。
それでも、目だけは逸らさなかった。
やがて馬車は小さくなり、
見えなくなる。
「……はぁ……っ」
呼吸が荒い。
胸が上下する。
視界が滲む。
後ろから足音が近づいてくる。
「ヘンリー……」
ラインの声だ。
少しだけ、顔を伏せる。
「俺の……負けだ」
それだけ言った。
拳を握る。
さっきまでと違う。
今度は、逃げないために。
「……次は勝つ」
ガルムに負けるのとは違う、
同い年に、それも俺が勝ち続けた奴に負けを認める。
悔しい。
恥ずかしい。
……でも、止まれなかった。
歯を食いしばり、家に向かい駆けだす。
ラインの顔、皆の顔が見えそこを走り抜ける。
抜けた先には母ちゃんの心配そうな顔と父ちゃんのまっすぐな瞳、
それすら無視し、家へ。
玄関の木剣を掴む。
乱暴に。
そして
森へ向けて走り出す。
「ヘンリー!!」
母ちゃんの声が聞こえるがそれを無視する。
今は誰とも喋りたくない……。
◇ ◇ ◇
「アンナ、好きにさせてやろう」
「で、でも」
2人で走り去る息子を見つめる。
「ガルムやライン、そしてクララ、
あの子らのおかげで大きな一歩を踏み出そうとしてるんだ、
あいつの強さを信じて見守ろう?」
「あなた…、はい、私……また」
「分かってる、俺たちは失いすぎたんだ、お前の気持ちは痛いほど分かる、
俺だけは何があろうとお前の味方だ」
静かに泣くアンナを抱きしめる。
守る事だけが育てる事じゃない、
強くなれよ、ヘンリー。
俺たちの自慢の息子よ。




