ガルム君の6日目(日常)⑥
泣き止んだ僕は、皆にお礼と感謝を伝えてから、
解散してもらった。
理由を聞かれたが恥ずかしくて理由は濁し、
心配顔のまま行かせてしまい申し訳ない気持ちになる。
残ったのは、いつもの子供たちだけだった。
さっきと同じように待っていると、話題はまた街の話に戻っていく。
観光地、食べ物、有名人、ギルド――
次から次へと、僕の知らない話が飛び出す。
それを聞いていると、自然と頬が緩んだ。
(こいつらとなら、どこへ行っても楽しいだろうな)
そんなことを考えていると、家の玄関からアストレアが出てくるのが見えた。
だが子供たちは気づかない。
話に夢中で。
……正直その能天気さが羨ましい。
僕はというと、アストレアの反応が怖くて仕方がない。
「ねぇねぇ黒丸?」
クララが、ペットなのかよく分からない蛇に話しかける。
「街には可愛いお洋服がたくさんあるんだって!黒丸は知ってる?」
「さぁな〜」
「さぁな〜っていう服があるの?!どんな服なの!?」
「さぁな〜」
「もう!!」
ぺしん、とクララが黒丸の頭を叩く。
蛇は「シャー!!」と威嚇で返した。
その騒ぎを横目に見ていると――
気づけば、アストレアがすぐ目の前まで来ていた。
「今日はよろしくお願いします!」
「「「お願いしま〜す!」」」
元気な声が重なる。
その中心で、アストレアは僕の顔を見て――
小さく、息を吐いた。
……またか。
最近、このため息を向けられる回数が増えたな。
「一応聞くけど……これはなに?」
「みんなも魔法を学びたいって言うから、連れてきた!」
間。
アストレアは何も言わない。
ただ、じっと全員を見回した。
その沈黙だけで、さっきまでの空気が嘘みたいに冷える。
「ライン、あなたはダメよ」
まただ…。
ラインの肩が、ぴくりと揺れる。
「ヘンリーを抜けさせるから、ラインは見逃してくれよ!」
無言でヘンリーに背中を叩かれたが、無視する。
「さっきと同じ理由か?害になるってやつなら、またラインとヘンリーが土下座するからさ!」
「俺関係ないじゃん!」
「友達のためなのに土下座もできないの!?」
「じゃあガルムも一緒にするんだよな!?」
「するわけないだろ!僕の頭は軽くないんだよ!」
――バシッ!!
「「痛え!!」」
容赦なく、スネに杖が叩き込まれる。
「違う」
静かな声だった。
なのに、さっきよりもずっと重い。
「魔法使い同士で、あたしが負けることは絶対にない」
誰も、何も言えない。
「なら、なんでだよ……」
自分でも驚くほど、小さい声が出た。
アストレアは、まっすぐにラインを見た。
「ライン、あなたには――」
心臓が、嫌な音を立てる。
「魔法の才能が――」
「やめろ!!」
叫んでいた。
アストレアが言う言葉の続きを
ラインに聞かせたくないと思った。
ラインは、もう十分傷ついてる。
これ以上は、いらない。
「どうして?事実を言った方がいいでしょ?」
淡々とした声。
ラインは、うつむいていた。
拳を握りしめて、歯を食いしばって。
何も言わない。
クララが、不安そうにラインの袖を掴む。
ヘンリーは、悔しそうに視線を逸らしていた。
空気が、沈む。
重い。
息が、詰まる。
「理由を聞いたのはあなたよ。だから言うわ」
刃みたいな声だった。
「ガルムさん、いいんです……」
ラインが、顔を上げた。
笑っていた。
無理やり作った、ひどい笑顔だった。
「アストレアさんに言われるなら……踏ん切りも、つきます」
その言葉が、胸に刺さる。
――やめろよ。
そんな顔で、そんなこと言うなよ。
僕は、視線を落とした。
見ていられなかった。
「……もう一度言うわ」
静かに、落ちる声。
誰も動かない。
「あなたには、魔法の才能がある」
――は?
一瞬、意味が分からなかった。
「あるの?」
「あるんですか?」
声が重なる。
「だからそう言ってるでしょ」
(いや待て、流れおかしいだろ今!?)
さっきのは何だったんだよ!
「才能あるなら教えてもいいだろ!?ラインが強くなっても“害”はないんだし!」
食い下がる。
だがアストレアは答えない。
ただ、ラインを見ていた。
「ライン。あなた、魔法の知識はある程度あるわよね?」
「……はい。家にある王国魔導書は、ほとんど読みました」
「そう」
一拍。
「でも――あたしが教えるのは、その“王国のやり方”とはまったく違う」
ラインの眉が、わずかに動く。
「今のまま学べば、あなたは順当に成長する」
「でも、あたしのやり方を知れば……その土台が崩れる」
「……崩れる?」
「ええ」
迷いなく、言い切った。
「混じるのよ。二つの概念が」
「下手をすれば――今使える魔法すら、使えなくなる」
息を呑む音が、誰かから漏れた。
そして。
「――一生、魔法が使えなくなってもいいの?」
沈黙。
風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
誰も動かない。
誰も、口を開かない。
これは――ラインの問題だ。
僕たちが口を出していい話じゃない。
長い沈黙のあと。
ラインが、ゆっくりと顔を上げた。
その目を見て――
僕は、少しだけ安心した。
まだ、折れてない。
「……アストレアさんの教えで学べば」
声は、震えていた。
それでも。
「強く、なれますか?」
誰も何も喋らない中、アストレアの目が細められた。
「自惚れるなよガキが」
言葉の冷たさ、そして侮蔑を含む声色。
その言葉で初めて会った時のアストレアが蘇る。
僕が言われたわけじゃない、そんな事は分かってるが息が早くなる。
「お前今、あたしに褒められて得意げになったろ?」
ラインの肩が震える。
「お前は今、自分は覚悟を決めた、とでも思ってるのか?」
……
「お前のは”楽観”だろ、これでも村にいる人間の事は理解してる」
止めたいと心から思う、でも僕は知っている。
アストレアの”優しさを”
少なくとも好き好んで人を傷つける奴じゃない。
ヘンリーが顔を怒らせ一歩前に出るのを僕が腕を強く掴み止める。
「ガルム!!……え?」
ヘンリーが僕の顔を見て固まる。
僕がどんな顔をしてるのかなんて自分が一番よく分かってる。
当り前だろ、
ラインの強くなりたい想いを知ってる、ラインの劣等感も知ってる。
そのラインの覚悟や不安を分かるからこそ、感情が高ぶる。
これはラインにとっての大事な事だという事も分かる。
だからこそ、
僕達がラインの”成長”の邪魔をしちゃいけない!
「なあ?」
アストレアのこんな声は聞いたことがない。
それは興味を失う寸前のようにも感じる。
ラインの顔は先ほどから絶望に染まっている。
(ちくしょう!見てられねぇ…)
「あたしがお前に魔法の才能が”ない”と言ったらどうしてた?」
「ぇ?」
か細い声が聞こえるが答えが続いてこない。
「ぁ、はぁはぁ」
その姿を見たアストレアがラインから目線を外そうとする。
ダメだ!
バン!!
僕は思いっきりラインの背中を叩くと驚いたラインと僕が目を合わせる。
何も言わない、ただ目だけで伝える。
力強くまっすぐに、ラインに勇気を送るように。
ヘンリーもクララもラインに頷く。
ラインは頷き、もう一度アストレアと向き合った。
「……魔法以外の道も考えてます、魔法以外に生きられる道は必ずあります!」
力強さが戻った姿に安堵するもまだ終わりではない。
アストレアの優しさを知ると同時に、この魔女の”怖さ”も知っている。
「具体的に言え、お前に何があるんだ」
「ッ!記憶力や計算力には自信があります!
父から学んで政務官になる道や、
村長から教えてもらって商人になる道だってあるはずです!
そうすれば生きるのに困ることはなくなります!」
アストレアが沈黙で返す。
「それで守りたい者を守れるのか?」
「あっ」
アストレアの奴、ラインの強くなりたい理由を…。
「ライン、私に勝てるか?」
いきなり話が変わりこの場の全員が狼狽える。
「絶対に勝てません…」
「絶対…か」
2人を見てるとアストレアが僕に顔を向ける。
「おいガルム、お前も同じ答えか?」
うぇ!?急だなおい。
右上に視線を移動して考える。
「勝つよ、絶対に諦めない」
笑顔で答える。
「どうして勝てると思ったんだ?」
決まってんじゃん。
「今はまぁ無理だろうね、だけど今勝てないなら未来で勝てるように努力する!てかお前に言ったけど、お前より強くならなきゃアストレアを守れないからな!それならお前に勝つのは確定事項なんだよ」
アストレアは次にヘンリーに顔を向ける。
一瞬見えたアストレアの横顔、その口角が上がっているように見えたが……ないな、ありえない。
「ヘンリーお前はどうだ?」
「俺にも来るの!?」
「さっさと答えろ」
口を尖らせぶっきらぼうに答える。
「ガルムと似たようなもんかな、今は絶対無理……だけどそれは俺がまだ子供だからだ!大人になった時俺の名前は世界に轟いてるよ!アストレアという魔女を倒したってね!!」
ニヤリと笑うヘンリーの肩に手を置く。
「アストレアを倒そうとすれば僕もヘンリーの敵になるからな?」
「えええええ!?」
「ふざけるのは後にしろ、ライン、お前との違いが分かるか?」
「覚悟…でしょうか?」
「違うな。“自分を信じてる”かどうかの違いだ」
「そ、それなら!」
「クララがお前と同じだとでも?」
ラインとクララの肩が同時に上がる。
「1つ自覚しろ、他者と自分を比べ、逃げ道を作るお前の弱さを」
僕が叱られてた時、
おじさんもアストレアもこんな気持ちだったんだな。
「ライン、幻獣との強制契約がどれほど心を蝕ばむか分かっているのか?」
ラインだけじゃなく、僕とヘンリーも驚いてクララを見た。
「いや~、あはは」
困ったように頭をかくクララを見てアストレアの言ってることが本当なのだと悟る。
「本来であれば憑りつかれた時点で自我は戻らないんだよ、そんな精神力を持つクララがお前と同じなわけがないだろ?」
「ぼ、僕は……」
「ライン、お前の能力と選択肢を増やす考え方は好感を持ってる、だがなそれを”諦める”口実に使うな」
「お前が守りたい者のために”どうしたいんだ”?」
ラインが歯を軋ませ大きく目を見開き睨むようにアストレアに対峙する。
「僕に…アストレアさんの魔法を教えてください!!」
「魔法が使えなくなったらお前はどうする?」
僕らは固唾をのんでラインの答えを待つ。
「そうなった時は、僕独自の魔法を作り上げます!必ず!」
「……そうか。励めよ。人は簡単には変われない。その時はまた相手してやるさ」
アストレアが「今日は終わりだ」と言って家に帰る。
僕はアストレアに「やりすぎ」と言って。ヘンリーとクララはラインを抱きしめていた。
この光景とこのセリフを二度も繰り返されるとは思わなかったな…。
ただ…僕とラインは違う表情をしていた。
いい顔してるじゃねーか。
雨が降りそうな曇り空は不吉に見えるかもしれない、だけど僕はそうは思わない。
雨が地面に染み込むように、ラインの決意を心に染みつけてくれると僕は信じる。
家に向かうアストレアが目に入り駆け出す。
「よ!」
軽い口調でアストレアの肩に手を置くがすぐに払いのけられる。
「ありがとうな」
「こちらこそ、いいストレス発散になったわ」
憎まれ口は相変わらず。
アストレアの背中を見て知りもしないのにアストレアの過去を想像した。
ずっと1人のその背中。
その背中の隣に、今は僕がいる。
アストレアの肩に腕を回して引き寄せると思い切り足を踏まれる。
僕は泣き笑いでアストレアの方へ顔を向け、アストレアは呆れ顔で前を見る。
曇り空からの一筋の光が2人を包み込み、2人並んで家に入るのだった。
くそおおおおおおおお!!
1日が終わらねえええええええ!
どんだけ濃い1日に送んだよと作者自身突っ込んでおります。




