未曽有⑤
私の目の前の光景、それを誰かに言ってもほとんどの人は信じてくれないだろう。
一人の少年が、自分の体より巨大な岩を拳1つで破壊したなどと言うことは。
破壊したその事実がすごい、当り前だ大人でもできると言える人はそうはいない。
私なら出来ない。
岩を破壊することがじゃない。
あの刹那の瞬間の出来る出来ないの分からない状況下で、自分に向かってくる死に立ち向かうことが。
私なら思考が停止して立ち止まって震えてしまい無理だと諦めてしまう。
あの時の私がそうであったように。
だから今、目の前で岩を破壊するその少年に惹かれてしまう。
自分にはない強さを、優しさを、辛さを知るそんな彼に。
目の前で彼が微笑みながら静かに倒れていく、それに私は手を伸ばす。
足に纏っていた竜巻を強制的に解き、地面に叩きつけられるように転がり擦り傷を付ける。
そんな痛みなどないかの如く急いで倒れる彼の元に駆けつけようとするが、足がもつれてこけそうになりうまく走ることができない。
それでも彼の元へ辿り着き、うつ伏せに倒れる体を起こそうとするが、
私の手がビクリと止まってしまう。
「ひどい…」
全身が血に濡れている。
肩や腹に突き刺さる矢。
左腕のえぐられた傷口。
そして…
恐る恐る右腕を見る。
そこには――
血に濡れ、皮膚が裂け、筋肉が覗くほどの傷を負った腕があった。
それなのに。
折れていない。
「……なんで」
あれだけの衝撃を受けて、無事なはずがない。
ぐしゃぐしゃに潰れていてもおかしくない。
それなのに、形を保っている。
まるで――
壊れていないことになっているみたいに。
目を背けたくなる惨状なのに、
どこから手を付ければいいのかすら迷ってしまう。
涙があふれ地面に黒い跡が増えていく。
…違う!
今あたしがすることは泣くことじゃない!!
涙を拭い倒れる少年の体に手をかざす。
魔力などほとんど残っていない、それでも振り絞る。
絶対に死なせない!
「回廊は光、今痛みに苦しむ者の傷を癒し、時の流れを戻さんとする我に応えよ、代償は命、我の全てを削りかの者を救いたまえ」
「オールサクリファイスリカバー!!」
私の体とガルム君を光の球体が包む。
「大丈夫だよ?絶対に!」
それは少年ではなく、自分自身に語り掛けているようにも聞こえた。
ガルム君の傷が塞がっていくのが見える。
でもまだ全然足りない。
さらに力を込めようと魔力を注ぎ込む。
「え?」
術式が解けた?
…違う。
無理やり解かされた。
私は無理やり立たされていた。
二の腕を掴まれガルム君から引き離される。
私はその手の主にゆっくり顔を向ける。
見たこともない兵士の1人だ。
何をしてるのこの人は?
今すぐにでも治療しないといけない人がいて何で邪魔をしてるの?
「危険ですからお下がりください、後は我々で処理します」
危険?
何が?
処理って何?
周りの兵士たちがガルム君に向けて弓をつがえ、魔法を詠唱する声も聞こえる。
それが目に入った瞬間、二の腕を掴む兵士の手を無理やり引きはがして、ガルム君の前に膝を着き両手を広げて間に入る。
エルフの兵士のざわめきが聞こえる。
なんでなの?
「フリージア様そこをお退きください」
私は首を横に振りそれを拒否する。
「な…んで?どうしてガルム君を殺そうとするの!?」
「ガルム君は何も悪い事なんてしてない!!私を守ってここまで連れてきてくれただけなのに!!」
涙があふれる。
私がガルム君をエルフの国に連れてきたのは、
ガルム君の事を自慢したかったから。
この人が私のことを守ってくれた、救ってくれたと皆に、母様に言いたかったから。
なのに…今目の前に広がる光景は何だろう?
皆が汚いものを見るかのように、ガルム君を見下ろしている。
魔族が悪い種族で恐れられてるのは私も知ってる。
でも――違う!!
坑道の中で会ったこの少年は違う!!
「魔族だからです」
冷たく言い放たれるその言葉。
その言葉に、私の表情は凍り付く。
は?
それだけの理由?
彼らはガルム君の事なんて何も知らない。
知ろうともしない。
ただ魔族だからと言う理由で、
私を助けてくれたという事実など関係ないかのように。
なに…それ。
私はゆっくりと立ち上がる。
目の前の、いや、周りの全てのエルフに向けて敵意を向ける。
「ゆる…さない…」
「この人を傷つけるのなら私が許さない!!」
「たとえあなたたちを殺してでもガルム君を守り抜く!」
「…お戯れに付き合ってる暇はありません、女王が決めたこと、それを遂行するのが我らの役目です」
そんな言葉はフリージアの耳には届かない。
正しいとか正しくないとか関係ない。
たとえ間違ってるとしても、
自分の守りたい人を守るのに理由なんていらない。
ちらりと、うつ伏せに横たわる少年を見る。
ここで戦えば巻き込まれる。
でも動けば――奪われる。
焚火の光景が、ふいによみがえる。
「渦の中に入ってれば安全だったのえへへ」
無意識に頭に手を置き、静かに微笑む。
あなたたちに分かってもらえなくていい。
ガルム君、ゼルムおじさん、力を貸して。
「回廊は風――」
詠唱と同時に、風が渦を巻く。
私とガルム君を包み込む。
もう一度、彼の顔を見る。
「私はあなたの為なら悪魔にだってなれるよ?」
その顔に、もう迷いはなかった。
「回廊は風、我の前に立ちふさがるものに、刃の嵐を――」
兵士たちが動く。
だが関係ない。
私がやることは一つだけ。
「ストームリッパー」
その声は、静かに響いた。




