親子
僕たち三人は迷いの森の眼前に立ち止まっていた。
僕たち歩いてきた道は平原になっていたがそれが境界線があるかの如く急に鬱蒼として霧が立ち込める森の異様さに身震いがしてしまう。
それはおじさんも一緒らしく「不気味だなと」漏らしていた。
フリージアだけは見慣れているためか懐かしそうな顔を見せている。
「おーい!エルフの皆さーん、エルフの少女を届けに来ましたよ~!」
おじさんがそんな事を大声で言うもんだから僕たちはびっくりしてしまった。
その声に答えるものは何もなく聞こえるのは風の音だけだ。
「やっぱり無理だよな~これで誰かしらが現れてくれれば楽だったんだがな。」
残念そうにしつつもどこかほっとしたしたような顔にも見えたのは気のせいだろうか。
「それじゃあ予定通りお前ら2人で行ってこい、心配がないと言えば嘘になるが、お前らなら大丈夫だ」
そういうおじさんはフリージアだけ呼んで何かを話している、急に慌ててワタワタしてると思えば、2人して僕の方を見てきた。
おじさんは親指を僕に突き出し、フリージアはなぜか恥ずかしそうに会釈してきた。
よく分からないけどとりあえずこちらも会釈を返しておいた。
おじさんがフリージアの髪を撫で、そしてフリージアが僕のほうに歩いてきた。
「ガルム君、おじさんが呼んでる!」
内緒話か?と思いつつおじさんの元に向かう。
ドクン!
なぜか心臓が強く脈打つ、そっと心臓に手を伸ばしすぐに手を放す、首を傾げつつおじさんの元へ着く。
「どうしたのおじさん?」
「うん?いやお前ら2人だけで森に入るからな言葉を送っておこうと思ってな!」
そういうことかと納得しておじさんの言葉を待つが、おじさんは一向に話しだそうとしない、口を開こうとしてそしてまた閉じるを繰り返す。
目の前で俺を見上げる少年、この少年との出会いがなければきっと俺のここから先の人生は大きく変わっていただろう。それが良い悪いなんて事はあまり関係がない。
そんなものは見方や立場で変わるものだから。
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「おいてめぇ、また同居人殺してんのか?勘弁してくれよ」
怒られるのは俺なんだからとぼやくのは、ここら一帯が担当のがりがりの男だった、その手には鞭を持つがそれをゼルムに振り下ろすことはない。
余計な恨みを買うと殺されるかもしれないと考えているためだ。
実際に一度ここら一帯を担当していた者が何者かに殺されたがその犯人を見つけることはできなかった。
がりがりの男は目の前の男がやったと信じている。
「何度も言ってるだろ?俺は1人が好きなんだよ、これから先も俺とペアを組むやつはそこの死骸と同じになるだけだ」
ゼルムはこの坑道に連れてこられた時からここから抜け出す事を計画している。余計な人物がいると色々と支障が出るためこのようなことをしているのだ。
人当たりのいいゼルムだが本当に信用するのは月狼団の仲間だけだ、それ以外に心を開くことはない。
王国も馬鹿ではない、盗賊団と言え頭目を務める男である男は暴動の中心になる可能性があるためそれぞれバラバラの場所にメンバーを振り分けられている。
だからこそ仲介役などを見極めたり仲間を増やすのにゼルム一人の方が都合がいいのだ。
その二日後くらいに見張りによって少年が放り込まれてきた、
「仲良くやってくれよ?」
にやにやしながら笑う見張りを怪訝な顔で見送る。
ひどく怯えた少年を見て面倒くさそうな顔を浮かべるが一瞬で驚きに変わる。
「お前みたいなやつがどうしてここにいる!?」
警戒心を含んだ俺の声に応えずただ怯えた目をこちらに向けるだけだった。
ゼルムには殺せないものがある、それが女性であり子供だ。
そんなゼルムが頭を悩ますのはしょうがない事だろう。
「あ、あの僕は何かした方がいいでしょうか?」
新しい同居人が来て一か月ほど立っただろうか、俺たちの間にほとんど会話なんてない。
それよりもどうやって脱出の計画を進めるかの方が大事なことだ。
こいつが寝てる間に首を絞めて殺そうとしたこともあるが、どうしてもできず今もこうして二人でいる。
仕事が終わり割り当てられた横穴に戻り離れて座ってるとそんな事を聞いてくる。
「あぁ?別に何もしなくていい黙ってろ!」
その言葉にビクリと震え地面を見る、こいつはそれが癖なのか良くそうしている。
「おい!」
俺の発する言葉にビクッと肩を震わす。小さくはいと返事するが顔を上げようとしない。
「顔を上げろ坊主」
「でも…」
「いいから早くしろ!」
またしても全身を震わし恐る恐る顔を上げるが俺との視線は合わず、視線はキョロキョロと動かし続ける。
「お前は何でここにいる?」
「分からないです」
「名前は?」
「分からないです」
「何ならわかるんだ?」
そういうと少年は首を左右に振りまた顔を膝と膝の間に隠すのだった。
ため息をつきゼルムは横になり目をつむる。
こいつの体には日に日に鞭の跡が多くなっている、それだけじゃなく赤く腫れあがって帰ってくることもある。
同居人と言っても四六時中一緒なわけではないそれは仕事場でも区画は決まってるが離れていても問題はない。
この少年に構ってる暇はなく、仕事中に仲間を集めないといけないゼルムは色々と動き回らなければならない。
数日後、仕事中一人の男と密会しているところをあの少年が近くにおり慌てて話をやめ解散する。
「おい!今の話聞いてたか?」
少年がおずおずと頷くのを見て誰にも言うなと言いその場を後にする
その夜俺と少年が見張りの男三人に呼び出される。
歩いていると男の叫び声や、女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
奴隷が恐れる場所の拷問室まで二人は連れられてきた。
「聞いたぞ?お前らは何か仲間を集めて悪だくみをしてるらしいな?」
見たこともないがっちりした体系の男がそう俺たち二人にそう問いかける。
隣の少年をちらりと見て昼間の件を報告されたのかと心で舌打ちする。
「何のことですか知りませんね」
白状などするつもりのない俺はそう言い放つ。
隣の少年を見ると首を左右に振り続けていた。
「1つ聞いてもいいですかね?看守さんそんな噓誰が付いたんです?」
何か腑に落ちない俺はそう問いかける
「それは教えられないな、だがお前ら2人がそんな会話をしてると俺たちは言われて、こうして確認の為に時間を割いてるだけさ」
そういう事か、少年に見られたことでばらされると思って先に見張りの連中に言いつけたというわけか。
どれくらいの時間がたったのだろう、俺たちは歩いて寝床がある横穴まで歩いていた俺の脇に泣いている少年を抱え、がりがりの見張りと一緒に歩く。
むち打ちをされて、爪まではがされて泣くなという方が酷だろ。
「俺はそんなことする人じゃないって言ったんですよ?ですが先輩の言うことには逆らえなくて、許してくださいね?へへ」
そんな事をいう見張りを無視して俺たち二人は寝床に戻る。
横に寝かせると背中の傷が痛むと思い尻から地面に落とすと、いつもの膝を抱えた状態で泣き続ける。
どれくらいの時間泣いていたのか、それも鼻をすする音だけになっていた。
「なんで俺のことを言わなかった?」
「うぅ、ぐす、おじさんが言うなって、い、言ったから」
俺にはそれが理解できなかった。
「はぁ?俺が言うなって言わなきゃ言わないのかお前は?」
少年は何度も頷く。
俺が困惑の表情を浮かべてると少年から言葉が出てくる。
「お、おじさんは僕の事な、殴らないから、気持ち悪いって言わないから」
そんな理由で、声に出せていたかは分からない。
驚愕の顔で少年を見る。
「みんな僕の事、殴ったり蹴ったりしてくる、近くに寄ったらみんな離れてくんだ、でもおじさんは普通に喋ってくれる、近づいても離れないでいてくれる」
そう言って言葉を止める少年。
俺が自分のことをしてる間この少年はそこまでひどい扱いをされていたのかと愕然とした、皆というのは見張りの連中だけのことではないのだろう。文字通り大多数にそのように扱われているということだ。
傷が多いとは思っていた、だが俺はそれを無視して邪魔者と思っていた。
「クソっ」
俺は何をしているのだろうか?こういう子をなくすのが俺の夢じゃなかったのか…
そこからだった俺がガルムと名前を付けどんな時も一緒にいるようになったのは、罪滅ぼしをするようにこいつの事を守るようになったのは。
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ふと昔のことを思い出し止まっていた俺にガルムが口を開こうとするより先に俺が口を開く。
「ガルム、お前とはずいぶん長いこと一緒にいたな?」
急に昔ばなしをされて困惑気味に返事をする。
「え?うん、そうだね僕の育ての親みたいなもんだからね!」
笑顔で笑えてるこいつの顔を見て、昔の泣き虫だったころの対比に口角を上げてしまう。
「なんで笑うのさ!おかしなことなんて言ってないだろ?」
「そうだな悪い悪い!昔の泣き虫だったころに比べて成長したもんだと感心してたんだよ!親の教育のたまものってやつかな?」
そんな事をいうと「ないない」と言いつつ首を振る。
「もともとの才能が違うからだよ、僕の成長は必然みたいなもんだよ!」
こんな生意気いうところなんて誰に似たんだかと心で思いつつ声を上げて笑うガルムを見る視界がぼやけてくる。
俺はそれがばれないようにガルムに近づき膝を地面に着かせガルムを抱きしめる。
急なことにガルムはびっくりする。
「ちょっとどうしたのおじさん!?大袈裟すぎだよ」
その声が聞こえても俺は強く抱きしめる、ガルムは次第に暴れなくなり静寂が包み込む。
「ガルム俺はお前にとってちゃんと親になれてたか?」
それを聞き一度頷くガルム
「うん、最高の父ちゃんだよ」
「お前には教えられた事の方が少ないと思うがな?」
「そんなことないよ、僕はおじ…お父さんの背中を見て育てられてきたから」
俺の体がびくりと震える水滴がガルムの肩口の服に染まる。
「かっこいい背中だったろ?」
「うん、とてもかっこよくて頼りになって、追いつけるまでまだまだ時間かかりそう」
それを聞いて俺は笑う。
「ハハハ!当たり前だ俺の背中には数えきれないほどの人の魂が乗ってるからな!」
ひとしきり笑い、また落ち着いた声でしゃべりかける。
「お前は俺と二人三脚で歩いてきて俺に引っ張られて生きてきた、そして今からは嬢ちゃんを守るためにお前が引っ張ってやらなきゃならねぇ、それだけじゃねえこれから先1人で歩いて行かなきゃならない時も必ず来る。」
「うん」
「お前にそれができるか?」
力強くガルムに確認を取る。
ガルムが震えているのが分かる、もしかしたらそれは俺なのかもしれない。
「当り前だろ、俺は月狼団の頭のゼルムの息子なんだから」
声が震えているガルムの頭を撫でる
「父さん、俺がフリージアを送り届けて戻ってきたらさ一回りも二回りもでかい俺を見せてあげるよ!きっとそのころには……1人でも、」
そこでガルムの声が止まる右耳のそばですすり泣く声が聞こえる、泣き虫は治ってねえなと鼻をすする。
俺に心配かけんじゃねえよ心で悪態をつき壊れるほどにガルムを抱きしめる。
「1人でも生きていける男になってるからさ!」
「ああ、楽しみにしてるぞ!」
俺は抱擁を解き立ち上がる、お互いに顔は見せない、俺は森の方で待ってるフリージアの方に向かって息子の背中を押す、そしてフリージアと手を繋ぎ森に入ろうとしたところで立ち止まるが、すぐに森の中に入っていく。
俺はその背中が見えなくなるまで見送り続けた。
そして涙を拭い後ろを向き歩き出す、その目に決意を宿して。




