出来る事④
西門の外、村から少し離れた開けた場所に着くと、ラインは抱えていた本を胸に押しつけるように持ち直した。
「えっと……ここなら大丈夫だと思います」
辺りを見回しながら言う。
何が大丈夫なのかはよく分からないが、本人はかなり真面目だ。
「そんなに緊張しなくてもいいだろ?」
「し、しますよ! 僕だって人に教えるのは初めてなんですから!」
むっとした顔で言い返される。
その反応が少し可笑しくて、僕は肩をすくめた。
「悪い悪い。じゃあ先生、よろしくお願いします」
「……先生」
ラインがその言葉を小さく繰り返す。
それから咳払いを一つすると、少しだけ胸を張った。
「では、教えます」
うん、形から入るタイプだな。
「まず最初に言っておきますけど、僕はアストレアさんみたいなことは出来ません。僕が教えられるのは、本で読んで、自分で試して、使えるようになったやり方だけです」
「十分すごいだろ」
「そ、そうですか?」
褒めると、ラインは露骨に視線を逸らした。
耳がちょっと赤い。
「とにかく! 魔法は気合いで出すものじゃありません」
「え、違うのか?」
「違います!」
即答だった。
ラインは本を開き、慣れた手つきで数ページめくると、ある箇所を指で叩いた。
「魔法を使う時に大事なのは三つです。魔力を感じること、形を決めること、それを崩さないこと」
「ふむ」
「たとえば火の玉なら、ただ“火よ出ろ”って思うだけじゃ駄目です。手のひらの上に、どれくらいの大きさで、どんな形で、どう留めるかまで考える必要があります」
「……殴る方が早そうだな」
「大半の人はそれが出来ないから魔法を学ぶんです!!」
ラインの必死の訴えに軽く引く。
「分かった分かった」
「ガルムさん、何でも力で解決しようとしすぎです」
「だってその方が分かりやすいし」
「魔法は分かりやすさでやるものじゃないんです!」
言いながら、ラインは自分の右手を前に出した。
「見ててください」
すぅ、と息を吸う。
その瞬間、空気が少しだけ張りつめた気がした。
ラインの視線が、自分の手のひらの一点に注がれる。
「熱を集める。逃がさない。形を丸くする」
なぜかその光景をみていると心の内から熱くなりその熱が体中に広がる。
(……違う、これじゃない)
ぶつぶつと何かを呟いた直後、手のひらの上に小さな火が灯った。
最初は蝋燭の火みたいに頼りなかったそれが、ふっと膨らんで、丸い火の玉へと変わる。
「おお……!」
「わぁ……!」
クララと声が重なる。
前にも見たことはある。
でもこうして目の前で、何を考えてどう作っているかを聞きながら見ると、全然違って見えた。
「これです」
ラインは言う。
「火を出したんじゃなくて、火になるための形を作ったんです。魔力を流して、そこに意味を与える感じです」
「意味?」
「……えっと……」
急に難しい言葉になったせいか、ラインが詰まる。
「たとえば……木を剣の形に削れば木剣になるじゃないですか」
「なるな」
「でも削らなければ、ただの木です。魔力も同じで、そのままだとただの魔力なんです。ちゃんと形を作ってやらないと、魔法になりません」
「おお、今のは分かりやすい」
「で、ですよね!」
少し嬉しそうに笑ってから、ラインは真面目な顔に戻った。
「じゃあ次はガルムさんとクララちゃんです。まずは両手を前に突き出してください」
僕は言われた通り右手を前に出す。
クララは両手を突き出し目を瞑っている。
ここまで真剣なクララは初めて見るな……。
「力を入れすぎないでください。剣を握る時みたいにしないで、もっと……そう、開く感じで」
「開く感じ?」
「掴むんじゃなくて、受け取る感じです」
受け取る。
そう言われると、少しだけ分かった気がした。
僕は肩の力を抜いて、ラインの手の平の火の球を見つめる。
「目を閉じてもいいです。自分の中にあるものを探してください」
「自分の中にあるもの、ね」
【違う】
静かに息を吐く。
土の匂い。
風の音。
少し離れた場所で鳴く鳥の声。
僕はラインに教わる事と正反対の事を考えていた、
体の奥の何かあるのを探るんじゃなく、
外にあるソレに意識を向ける。
「……そんな、ありえない」
ラインがクララの方を見て目を見開く。
僕はクララを見てにやりと笑う。
クララの手には何もない。
水の球。
それらはクララの体の周りに浮かんでいた。
僕も前を向きラインの火に再び意識を集中する。
(おいで、そこは窮屈だろ?)
呼びかけに答えるようにラインの手の火の球から細かい粒子が飛び出す。
それが僕の手の方へと集まっていく、
同時にラインの火の玉がどんどんと小さくなっていく。
「え?!え!?」
ラインが僕と自分の手に何度も目を向ける。
「なに……それ?」
「え?いや僕も分からないんだけど」
隣のミオも驚き目を見開いている。
自分の手の平の燃え盛る火を見つめる、
ラインが作った丸い球ではない、
不格好な形の火が揺らぐ。
「生き物……か」
(魔力はこいつらの餌ってところかな)
体の中にあるであろう魔力、
それを手の平の火に注ぐイメージを造り上げる。
「食べて大きくなりな」
手の平の火と僕の何かが繋がる感覚がした瞬間。
ボア!
火が強くなり手の平を包み込むほどに巨大化する。
「うわ!あつ!!」
「……え?熱くないぞ?なんだこれ」
目の前にいたラインが見えないのでミオの方を見る。
口をポカーンと開ける狐耳娘と目が合う。
「ミオこれに触ってみてくれない?」
口を開けたまま頷き、手を近づけるのを見つめる。
「う~ん普通に熱いと思うよ?
うちだと火に耐性があるからよく分かんない!」
じゃあラインやクララに確認を!
と言うわけにもいかないので手を包み込む火を見つめるしかできない。
「お兄ちゃん!!スイレンが恐がってるから威力弱めて!!」
クララの方を見ると水の球の群れがクララの後ろに集まっていた。
「おっと、悪い悪い……どうすればいいんだこれ?」
消えてくれって言うのも可哀想に思うし。
(友達が恐がってるんだ、小さくなってくれるか?)
繋がりを断つようにしてお願いすると徐々に小さくなっていく。
「お~できたわ」
「スイちゃんもう怖くないですよ~」
「アストレアさん……
僕より才能がある人が目の前に2人もいるんですけど……」
「いやまって!?しかも無詠唱じゃなかった!!?」
僕とクララはなんか出来ちゃった、みたいな感じで魔法を見つめ、
ラインは悲しそうな泣きそうな表情で騒いでいた。
ラインに申し訳ないと思いつつ僕は別の事を考えていた。
アストレアの奴、魔法には限界があるとか言ってたよな?
さっきの炎は人がすっぽりと入るほどだった……。
嘘を教えたって事なのか?
嬉しさを覚えるがモヤモヤも同時に抱える。
「わかんねぇ……」




