??歳・11
石畳の目抜き通りを、ルミレイに続く形で歩いていく。
通りは広く、荷を引いた馬車が三台ほどすれ違える広さだ。道の両脇には商店が並んでおり、なかなかに賑わっている。朱色の和風建築はどれも美しく、見ているだけでも楽しい。
アケミ族との戦は劣勢とのことだったが、ともあれこの都市は平和と繁栄を享受しているようだ。
――問題は、そうした道にてすれ違う人々である。
やはり、全員私と同じ顔だ。
ルミレイのように鏡写しと言えるレベルは滅多にいないものの、双子と言われても遜色ないほどには、誰もが私に似ている。
ただ、全員が同じ容姿とはいえ、見分けるのは難しくない。
なぜなら彼女らの左頬には入れ墨が彫られており、それは各々が違った紋様を持っているためだ。
ルミレイの話によると、その紋様は生まれや地位によって図柄が決まるらしい。
産まれてすぐに刻まれるので、顔の入れ墨がそのまま身分を表す証明にもなっているとのこと。身分が高いほどに入れ墨の柄はシンプルで美しいものになり、成長して家長を引き継ぐなどしたら、模様が足されることもあるようだ。
なかなか興味深いシステムではある。
しかし、こうした顔判別の仕組みが存在するということは、レイ族たち本人でも互いの顔は見分けづらいんじゃなかろうか。少なくとも、地球人類に比べれば顔の個人差が極端に小さいのは事実なのだから。
ルミレイは「自分以外は始祖様にまったく似てない」とか言っていたが、やはりそれは誇張表現だったのかもしれない。
ちなみにルミレイには顔の入れ墨がないが、それは彼女が巫女である事実に起因している。始祖に仕える彼女らは始祖に近い必要があり、ゆえに入れ墨を入れる義務が免除されているのだ。
しかし、それは個人証明を持たないことと同義。そのため巫女が人里に下りるときは特別な仮面をつけ、入れ墨の代わりとする必要があるらしい。
でかい外壁の手前にあった厩舎に馬を預け、そうした話をルミレイに聞きつつ道を歩き、門をくぐって都市の中へと入る。
最初の目的地は、門から歩いてすぐのところだった。壁の内側沿いに無骨な建物があり、ルミレイに続いて私もその中へと入っていく。
入り口に槍を持った兵士が立っていることから察したが、ここは警察のような、治安維持組織の施設らしい。中にはものものしい武装の女たちがいて、押さえつけられている酔っ払いなどもいた。
当然、誰も彼もが私と同じ顔をしているのだが。
「たのもう、当代巫女のルミレイじゃ! 守衛隊長はおるか!」
中に入ってすぐ、ルミレイが堂々と声を張り上げた。室内の視線がいっせいに私たちへと集まり、静まり返る。
受付っぽい台に座っていた女が弾かれたように立ち上がり、ルミレイの正面に立った。
「お、おります! では中へどうぞ!」
恐縮しきった態度で彼女は奥へと進み、ルミレイは当たり前のようにそれについていく。少々疑っていたが、やはり巫女という身分はそれなりに偉いらしい。
ルミレイに続いて廊下を進み、奥の一室へと足を踏み入れる。
そこは、いかにも警察の所長室といった感じの部屋だった。たぶん守衛隊長とやらも、そんな感じの身分なのだろう。
書類机に座っていた中年女が立ち上がり、丁寧にお辞儀をしてきた。
「これはこれは、ルミレイ様。お久しぶりでございます」
声も体も引き締まっていて、いかにも軍人といった風情を感じる女だ。言うまでもなく、彼女も私そっくりなのだが。
「うむ、おぬしも健在のようでなによりじゃ。話が早くて済む」
一方、ルミレイの態度はでかい。そういや、出会ったときは私にもこんなんだったな。もはや懐かしさすら感じるけど。
「いやはや……相変わらず、凛とした美しい声ですな。耳が幸せになります」
「世辞はよい。それより至急、帝に面会の手配をせよ。奴に伝えねばならぬ、未曾有の重大案件がある」
「み……未曾有の重大案件、ですか。それはいったい、どのような……」
戸惑う守衛隊長とやらだったが、ルミレイがそこで私のほうを向いてきた。
「レイ様、こやつにあなた様の正体を明かしてもよろしいですか? ここいらの治安を司る者なので、さすれば今後のやり取りがいささか楽になるかと」
「ああ、いいよ」
こちらのやり取りを聞き、守衛隊長はさらに困惑した。
「ル、ルミレイ様、隣のかたは何者なのです? まさか、ハルレイ様では……」
「愚か者、先代の巫女はとうに亡くなったわ。……ではレイ様、仮面を取っていただけますか? あなた様の場合、それがなによりの身分証明になりますゆえ」
どういうことだ? 私の顔に入れ墨は無いはずだが……。
私はいぶかしみながらも、言われたとおりに仮面を外した。久しぶりに顔の表面が空気にさらされ、すっきりした気分になる。
だが次の瞬間、ぎくりとした。守衛隊長が、両目をこれでもかと開いて私を凝視していたのである。
「な……な……な……なんという……」
覚束ない足取りで机を回り、彼女はこちらへと近づいてきた。そしてとうとう、目からは大量の涙が溢れ出す。
「あ、ありえない、ルミレイ様よりはるかに美しいなど」
さらに一歩踏み出してきたので、ルミレイはそれを遮るように前に出た。
「控えよ。無闇にこのお方に近づくことは許さぬ」
「ルッ、ルミレイ様! なにが起こっているのです!? このお方から迸る神々しさはいったい!?」
なんかすごいこと言ってるな……。神々しさが迸ってるって、マジ?
「ふっ。そこまで体が反応しておきながら、まだわからぬか。巫女の我を凌駕する存在など、この世にただお一人しかおるまい」
「あっ、ああ……! ま、まさかぁーー!?」
コントみたくなってきたぞ。こいつら、事前に打ち合わせとかしてないよな?
「そうじゃ! 万物の創造主にして、偉大なる我らが母君――始祖様であらせられるっ!」
「あぁぁぁぁーーっ!」
狭い室内に、守衛隊長の絶叫が響き渡った。
彼女はどさりと腰を落とし、全身を小刻みに震わせる。顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃとなっており、最初に見られた軍人っぽい雰囲気は跡形もなく消え去っていた。
……色々大丈夫だろうか、この人。心配になるレベルの過剰反応なんだけど。
とか思ってたら、ルミレイが得意気に言ってきた。
「あの者の醜態をお許しください、レイ様。あなた様の美貌は、それはそれは尊く、常人が直視できるものではないのです」
「……そうなの?」
それが本当なら、もはやちょっとした兵器じゃないか。私の顔は。
――考えを改める必要があるかもしれない。
入れ墨の存在からして、レイ族でも互いの顔は認識しづらいと推測してた。だが……どうやらそれは誤りらしい。
いや、間違えやすい要素はあるのだろう。けれど一方で、美しさに対して私には理解不能の基準というか、謎の美的感覚がある。
動物には、私たち人間から見たら性別の区別がつかない種が少なくない。けれど、当のそれらの動物は、当たり前のように相手がオスかメスかを見分けることができる。
きっと、そうした現象と同じなのだ。
私はなにも感じなくても、レイ族の女たちは本能的な感覚で私の顔に美しさを感じるのだ。でなきゃ、守衛隊長の反応が説明できない。
しかし……こうなった以上、これからは別の理由で顔を隠さなきゃいけなくなった。出会う人間全部にむせび泣かれたら、たまったもんじゃないからな。皆が皆そうなるとは限らないが、ともかく不特定多数に顔を見せるのは避けたほうがいいだろう。
隊長が落ち着くのを待ち、私たちは話を再開させた。
「――というわけで、現在の始祖様は力と記憶を喪失しておられる。ゆえに我らが手足となり、完全復活のときまでお支えしなければならんのじゃ」
「そ、そういうことでしたか……」
ルミレイは私の状況をざっくりと説明した。守衛隊長が取り乱さないよう、私もすでに仮面を再装着している。
「わかりました。確かに、レイ族始まって以来の一大事かもしれません。すぐさま帝へと使いをよこしましょう。で……始祖様は、すぐに帝との面会をご希望ですか?」
「そうだな。できれば早く済ませたい」
私の声を聞き、隊長はうっとりとした表情を浮かべる。
が、すぐに気を取り直し、話を続けた。
「……し、承知しました。では皇城まで、私がお供いたします」
「心して案内せよ。くれぐれも、無礼がないようにな」
「はっ、もちろんです。命に代えても、始祖様を不快な目には合わせませぬ」
そんな覚悟を決められまくっても、逆に困るんだが……。
とはいえ、こういう相手にどう接すればいいのか、マジでわからん。「もっと適当でいいよ」とか言うのは、彼女らのやる気に水を差すみたいで悪いし、かといってそれっぽく偉ぶることもできない。さしあたりは身を任せるのがベターか。
その後すぐに、私たちは部屋を出た。隊長が命令した部下が走って先行し、それに続く形で私たちも施設の外へと出る。




