??歳・9
到着時と同様、村を発つときには大勢の村人たちが見送ってくれた。
ルミレイは当然の扱いとばかりに軽く手を上げるのみだったが、私はなんとなく、ぶんぶんと大きく腕を振って別れを惜しんだ。ルウのこともあり、自分そっくりの彼女たちに親近感を覚えていたからかもしれない。
……とはいえ、大勢のクローンたちをどう扱えばいいのか、いまだに答えは出ていないのだが。
だいぶ子供に舐められていたルミレイだが、一方で、村全体からは確かな敬意を持たれていたようだ。でなければ、ああも熱心な送り迎えはされないだろう。
まあ、ルミレイ本人というより、巫女という職業そのものが尊敬されてる感じではあったけれど。
簡素な村の門を抜け、森に挟まれた幅の広い道を、馬の背に揺られて進む。
道は土がむき出しで、でこぼこが激しい。馬車の車輪が通ったような跡もあり、歩きやすいとは言えない。
乗馬初心者には色々難しそうだが、こちらが指示を送らなくても、私の馬は器用に地面のへこみを避けて歩いてくれる。村人のアドバイスどおり、この馬に任せればなんとかなるだろう。
「大府までは、三、四時間ほどかかります。休憩地点は幾つかございますので、一息入れられたいのであれば、どうぞ都度、仰ってくださいまし」
隣で黒い馬に跨るルミレイが、こちらを見ながら言った。
「すまなかったな。私の乗馬訓練のせいで、だいぶ時間が取られてしまった」
「い、いえ、そんな滅相もない。これはレイ様の旅ですので、どうかご自由に振舞ってくださいませ。我は巫女として、あなた様の一挙手一投足を補佐させていただく所存ゆえ」
馬に乗ってピンと背筋を伸ばしているせいか、ルミレイが少し頼もしく見える。先ほど馬の側面に虫のようにへばりつき、必死にもがいていた人間と同一人物とは思えない。
あいかわらず頼れるのかそうでないのか、よくわからんやつだ。
私たちは緩い上り坂を登っているが、向かう先は南らしい。というのも、神殿を最初に出たときと同じく、正面の空には惑星の輪と塔のシルエットが見えるからだ。
あの塔に明美がいるらしいが……今、ヤツはどうしているのだろう。
『眠っているか忙しいかのどっちか』、と録画映像では言っていた。けれど、少なくとも後者は嘘だろう。明美の性格からして、私が目覚めたとわかったのなら、状態に関わらず連絡を取ろうとしてくるはずだからだ。
そう考えると、今の明美は自由に行動できない状況にある可能性が高い。そもそも、アイツには私の前でやたら強がる変な癖がある。ダメージを受けてても、それを私にバレないよう隠すという、意地っ張りなところが。
だから平然としている裏で、実は深刻な事態になっていても、なんらおかしくないのだ。
……苦しい目に会ってなければ、それでいい。けど、そうじゃないのなら、一刻も早く助けにいかなきゃならない。
私は明美を殺した。この手で命を奪った。
だから、すでにヤツへの殺意はない。綺麗さっぱり消えている。そして、愛だか友情だかわからんが、とにかく明美を大事に想う気持ちだけが丸々残っている。
だからもう、それに素直に従っていいのだ。
殺したい、殺したくない、などという葛藤に悩むことなく、思うままに明美と一緒にいていいのだ。
死んで、宇宙人に拾われて、異世界で復活して、そこまでしてようやく、私は自分の殺意から解放されたのだから。
ゆえに、早くヤツに会いに行かねば。私たちの『次』を始めるためにも。
「――――さま。いかがなされました、レイ様」
ルミレイの呼びかけに気づき、思考が途切れた。
「……む、どうした?」
「あ、いえ、ずっと俯いておられたので、ご気分でも悪いのかと……」
「すまん、考え事をしてた」
「考え事……で、ございますか」
「ああ、ずっと目の前にあるんだ。どでかい懸念が」
私ははるか彼方にある、天を両断する影を凝視した。果たして、あそこに辿り付くまでにどれだけの時間がかかるやら。
「ふむ……では、気晴らしをなさってはいかがでしょう」
「気晴らし?」
興味深い提案を受け、私はルミレイのほうを向いた。彼女は人差し指を立て、得意気に続ける。
「折りよく、我々は馬に乗っております。ですので、こやつらに全力疾走をさせましょう! さすれば風を切るように飛び、鬱屈した気分が吹き飛ぶこと、請け合いでございます!」
「全力疾走か、面白そうだな。……けど、大丈夫か? ルミレイが振り落とされそうで、少し心配なんだが」
「お、お気遣いいただき、光栄の至りでございます。とはいえ、これでも乗馬においてはレイ様の先達である身。経験もありますので、ご心配には及びませぬ。――というわけで、早速手本をお見せいたしましょう!」
すると、ルミレイは腰を持ち上げて馬の腹をかかとで叩き、「ハイヤッ!」と叫んだ。
彼女の馬はそれを受けて走り出し、みるみるうちに加速していく。
前を見ると、森に囲まれた道は見通しのいい直線となっており、人影もない。地面のコンディションも良くなってきたし、二人で馬をかっ飛ばしてもたぶん問題ないだろう。
なので、私もルミレイに続いた。彼女の動作をまね、「行け! 走れ!」と声を張り上げる。
馬は即座に呼応し、走るスピードを上げた。一気に振動も増したので、私は前傾姿勢を取ることでバランスを保ち、振り落とされないよう強く手綱を握る。
――速い。すごい加速だ。
馬のエネルギーみたいのを感じるからか、バイクでの走行と比べると妙な高揚感がある。
そういえば、バイクで高速道路をかっ飛ばすのはけっこう好きだった。最後に乗ったのは、確か碧の結婚式場に向かったときだったか。
さすがに、馬はバイクほどのスピードは出ないだろう。けれど、そのぶんこちらには躍動感があるから、違った爽快さが得られるようだ。確かにこれなら、いい気晴らしに――。
などと考えていたら、いつの間にか目の前にルミレイの馬が迫っていた。
どうやら、こっちの馬が速すぎて追いついてしまったらしい。……いや、追いつくどころか、さらに加速してさらっと抜き去ってしまった。
「え、ええっ!?」
と、ルミレイの戸惑う声が後ろから聞こえた。
この速度差は乗り手の技量じゃなく、シンプルに馬の性能によるものだろう。だって最初の合図以降、私は手綱や足による命令をまったく送ってないのだ。
「もっとだ! もっと速くっ!」
私が叫ぶと、明らかに馬の速度が一段階上がった。やはりこいつ、私の言葉を理解している。
山道の傾斜が徐々にきつくなっていくが、私の馬はそれをものともしない。むしろさらにスピードを上げていく。
――空気の塊が全身を打ち、耳のそばを風がごうごうと駆け抜けている。
明美のこと。
宇宙人ウィニーのこと。
私のクローン人間たちのこと。
色々なもやもやが、突風で後ろに流されていく気がした。
上り坂が終わると同時に、両端の森が唐突に途切れた。視界が一気に開け、広大な空と山野が目の前に広がる。
あまりの開放感に、気づけば私は仮面をずり上げ、ありったけの声で叫んでいた。
――ただただ翻弄されっぱなしで、なにもできない自分。とにかく、それが一番腹立たしかった。
だから、腹の底からひたすらに叫ぶ。若者のように吹き荒れる感情を、思う存分空へと叩きつける。
薄い枯草色の馬はそんな私を乗せ、山道をどこまでも駆けていった。




