??歳・8
こちらに配慮したのか、ルミレイと村長らしき中年の女(当然私似)との会話は手短に終わった。ルミレイはなんかの入った小袋を渡し、それで神殿を留守にする手続きは完了したらしい。
次いで、他の村人(彼女も私そっくり)の案内で厩舎へと向かう。
予想通り、屋内に十匹近くの馬がいたのだが、それらは私が知っている馬とまったく同じものだった。宇宙人に創られた異世界だから、ひょっとしたら馬の名前をした別の生物かもと危惧していたのだが、杞憂だったようだ。
案内役の村人は厩舎から少し入ったところで立ち止まり、尋ねてくる。
「どうぞ、好きなのを選んでくだせぇ。どれも上等な馬ですんで」
「ふむ。ではレイ様、お先にどうぞ」
仮面の下で鼻をつまんでいるからか、鼻声でルミレイが促す。
しかし、私は正直戸惑っていた。だって、馬になんて乗ったことないのだ。てっきりルミレイと一緒の馬に乗って、手綱を握ってもらえると思ってたのだが……。
ま、いいか。この際、ゼロから乗り方を覚えるとしよう。明美にたどり着くまで時間がかかる以上、馬での移動の機会は何度もあるはずだし。
覚悟を決め、初心者に優しそうな馬を探す。
そしてすぐ、端の房にいる一匹の馬がこちらをじっと見ていることに気づいた。薄い黄緑というか、淡い茶色というか、くすんだクリーム色というか……ともかく毛の色が表現しにくい馬で、妙に穏やかな眼で私を凝視している。
『自分を選べ』と言わんばかりの熱視線だったので、私は深く考えずにそいつに決めた。
「じゃ、あの馬で」
私が指差すと、村人は小走りで房へと向かい、檻を空けて中へと入っていく。
「あんれ? こんな馬いたっけか。まあいいや」
妙な発言が聞こえたけど……簡単にスルーできるのなら、よくあることなのかもしれない。ともあれ、馬を連れた村人と一緒に私も外へ出る。
村人が手際よく、馬に鞍や手綱を取り付けていく。馬を間近で見るのは初めてだが、なんというか、でかくて生命感をすごく感じる。
――ふと、何十年も前に碧と動物園に行ったことを思い出した。
懐かしすぎて涙が出そうになったが……仮面の穴に指をつっこんで目頭を押さえ、どうにかこらえる。
一方で、ルミレイのほうも馬を選んだらしい。こちらの隣に黒い馬が並び、同じように乗馬の準備が進められていく。
村人に「乗ってもいいっすよー」と言われたので、馬の側面に立つ。
……思ったより高いな、馬の背中。私の身長くらいあるんだが。でもって、鐙っていうんだけ? 足乗っけるやつ。それもこっちの腰より高い位置にある。
ともかく、色々高くて簡単には乗れそうにない。
――よし、ならここは気合を入れて……。
「ほっ」と声を発し、私はその場で跳躍した。跳び箱を飛ぶように馬の背中に手をつき、右足を上げ、一気に飛び乗ったのである。
とすん、と鞍に座り、どうにか無事に馬に乗ることができた。
しかし安心して一息ついていると、下から村人が声をかけてくる。
「こりゃ! ダメっすよ、そんな乗り方しちゃ! 馬がびっくりしちまうでさ!」
「む……そうなのか。悪かった」
言われてみれば、馬は繊細な生き物って聞いたことがある気がする。もっと慎重に乗るべきだった。
……とはいえ、この馬はまったく動じていないようだが。
「しかし、新しい巫女さまはお声が綺麗だし、足腰も強いんすねぇ。ひとっ飛びで馬に乗るなんて、お侍さんでも無理ってのに」
村人は感心したように私を眺めている。っていうか……侍とかいるのか、この世界。
右を見ると、ルミレイが馬に乗ろうと悪戦苦闘していた。踏み台を使い、そのうえで村人に下から尻を押してもらって、どうにかこうにか馬の背中にしがみついている。
……いまさらだが、確かに今の私の身体能力はけっこう高い。
千年寝ていたというわりには問題なく動けてるし、今さっき発揮したジャンプ力は昔の若い頃より上じゃなかったか。
(ま、ピチピチに若返った事実に比べれば、さほど驚くことでもないけど)
そう考えて、私は新たな疑問を放り捨てた。
そもそも、今は世界に順応するだけで背一杯なのだ。自分のことなんて、問題なけりゃ後回しでいいだろう。
「で、ではレイ様、出立の準備はよろしいでしょうか」
息を荒げながら、馬上のルミレイが尋ねてくる。というわけで、私は伏せていた事実を明らかにした。
「すまん、馬の乗り方を教えてくれないか。実は、乗るの初めてなんだ」
「さ……さようでございますか。ならば、この不肖ルミレイがご教授させていただきます」
そうして三十分ほど、乗馬の基本を教わった。
ルミレイの教え方は理屈っぽくてわかりづらかったが、付き合ってくれた村人たちの補助もあり、どうにか初歩の操作方法はざっくり習得できた。
しかし、この馬に乗るという技、なかなかに難しい。
リズムカルに合図を送ったり、立ったり座ったりを繰り返したりと、細かい動きを何度も要求される。どうやら、私は乗馬をかなり舐めていたようだ。
「不安なら自分と相乗りしては?」みたいな提案をルミレイにされたが、結局自分ひとりで馬に乗ることを選んだ。決め手は村人の、「大人しくて賢い馬だから、適当でもたぶん歩いてくれる」という助言だ。
運良くいい馬を選べたようで、練習中、私は振り落とされることも、命令を無視されることもなかった。変な色の馬だが、村人によると驚くほど優秀らしい。
というわけで、けっこう乗馬が楽しくなってきたこともあり、私はその馬を新たな旅の供に決めたのだった。




