??歳・3
ルミレイに続き、細い階段を下っていく。
神殿の地下であり、壁が柔らかく光っているのはさっきの広大な空間と同じだが、だいぶ狭い。横幅は一メートルほどしかなく、一人が通るのがやっとの広さだ。
圧迫感のある階段を三階分ほど下りると、行き止まりとなった。正面の壁には、なにやら装置があるようだが……。
ルミレイは立ち止まると、振り向いて慇懃に言った。
「到着いたしました。この場所こそが、代々の巫女によって語り継がれてきた秘所にございます」
「……ずいぶん狭いとこだが、いったいなにをどうすりゃいいんだ?」
「それはおそらく、こちらの遺構を操作していただくのかと」
横の壁に背をつけ、ルミレイが突き当たりに手を向ける。
彼女がどいたので見えるようになったが、そこには小さな台があり、キーボードが設置してあった。そして、真正面の壁面にはなにやら文章が書かれている。
「ご覧の通り、謎の文字が刻まれております。始祖様はお読みできるでしょうか?」
壁には、英語で『Me and your two daughters Both names』とあった。これが読めないということは、どうやらルミレイたちの文化に英語は存在しないらしい。
……しかし、『私とあなたの二人の娘 両方の名前』とはね。
私にピンポイントで残した文章だとしたら、明美が関わっているのはもう確定だろう。
私はルミレイの脇を通り、とりあえずキーボードのエンターキーを押した。英語の文章の先頭――Meの一行分下に縦線が現れ、点滅しだす。
ならば、あとは要求されたパスワードを入力するだけか。
カタカタとキーボードを手際よく操作し、『MIDORI RUU』と打ち込む。ルウのスペルは違うかもしれないが、ハズレでも再入力くらいできるだろう。
思ったとおりに入力した文字が表示されたので、仕上げにエンターキーをターンッと叩いた。
正面の壁がガコンと動き、壁全体が真上へとゆっくりせり上がっていく。ルミレイが感嘆の声をあげる中、隠し部屋が徐々に姿を現していった。
壁の向こうにあったのは、直径五メートルほどの円形の空間だった。
中央に簡素な丸椅子が置かれているが、他にはなにも見当たらない。そして正面の壁には、『REICHAN only』という殴り書きがある。
なので、私に続いてルミレイも当たり前のように部屋に入ろうとしてきたため、それを押し止めた。
「待て、ルミレイ。私以外入るなと書かれてる。お前は外で待ってろ」
「な、なるほど、神の空間というわけでございますか。では、外でお待ちしておりまする」
ルミレイを残して部屋に入ったが、特になにも起こらない。
キーボードなどのインターフェイスも見当たらないし、あとはもう、これ見よがしに置かれてる椅子に座るしかないが……。
それで正解だった。腰を下ろすと同時に入り口の壁が再び動きだし、円形の部屋は元通りの密室となる。
直後、私は息を呑んだ。真正面に、突如明美が現れたのである。
――が、明美の表面にはノイズが走っており、息遣いや身じろぎなどの音が一切聞こえない。
となれば……これは立体映像か。
『久しぶり、玲ちゃん。ようやくここに来てくれたわね』
対面する形で座っている明美が、柔らかな口調で言った。その声を聞き、途端に私の中で様々な感情がこみ上げてくる。
「あ、明美。私は――」
『最初に言っておくけれど、これは録画された映像なの。リアルタイムに喋ってるわけじゃないから、話しかけられても応答はできないわ。ごめんなさいね』
断りを入れられ、私は思いっきり肩を落とした。
まあ、仕方ない。話を聞くとしよう。
『まず、状況確認から始めましょう。ともに宇宙で死んで、すべてが終わったはずだった私とあなたに、いったいなにが起こったのか。私が把握している限りを話すわ』
ごくりと唾を飲み込んだ。
なぜ明美が私より事情に詳しいのかは不明だが、ともあれ、知りたかったことを教えてくれるらしい。
『――死体となった私たちが、どれだけのあいだ宇宙をさまよっていたのかは、わからない。けれど今からおよそ千年前、人類とはまったく別種の知的生命体が、二人を発見した。それが、今の状況のすべての始まり』
とりあえず、宇宙人と接触した記憶は事実だったようだ。しかし、それがどうやって異世界転移に繋がるというのか。
『ざっくり話すと、その宇宙人は人間という種を調べるために、私たちの遺伝子や知識を元にして世界そのものを作り出したの。手ごろな惑星を改造し、地球生物が住める環境を整備し、そこに私とあなたから生み出した人間を住まわせることによってね』
……そういえば、宇宙人は「さらなる検証が必要」みたいな発言をしていた。そのために地球そのものの環境を用意したということか。
『世界のことは後に話すとして、まず宇宙人のほうから。頑張って色々聞き出したところによると、連中はウイルス的な微生物の集合体らしいわ。複雑に絡み合うことで脳のような情報回路を形成し、それによって思考や記憶の蓄積ができるのだとか。さらに、磁力や電波に似た未知の物理現象をコントロールすることができて、それによって群体間の情報のやり取りや同期、さらには物質そのものの操作も行っているみたい。――で、連中は名前の概念を持たないらしいから、とりあえず【ウィニー】と私が名づけたわ。以後、私はその名を使うから、玲ちゃんもそう呼んで』
ウィニーね、了解。
昔そんな名前のプログラムソフトがあったが、由来はそれか? ネットワークに多層的にファイルを複製し、共有するみたいなソフトだったはずだが、そのウイルス型宇宙人も似たような性質を持つのかもしれない。
『ウィニーは宇宙を漂流する私たちの死体を手に入れ、そして知能の高い私のほうを集中的に調べ上げた。そのうえ、検証用の世界を創るときにも手伝いを強制されたのだけど……おかげで私もあちらの情報を得られたってわけ。玲ちゃんより状況に詳しくて、この世界に影響力を持っているのは、そういう理由なの』
……そうだったのか。
なら、明美はほとんど寝てた私よりも、ずっと苦しい目にあってきたのかもしれない。
『大雑把な説明はそんなとこかしら。というわけで、そろそろ本題に入りましょう』
すると、立体映像の明美の隣に妙な図が表示された。
――水色の地に、雪の結晶のような複雑な形。……なんだこれ?
『これが、ウィニーが私たちに与えた世界よ。名前はゾーカリッカ』
世界……ってことは、表示されてるのは地図らしい。でもって、その上に『造化六花』という表記が出てきた。
これもたぶん、明美が命名したのだろう。あいつは自分がダサい名前だからか、ネーミングにはけっこう凝るのだ。
明美は地図の上の部分を指差して続ける。
『大陸の上の方に赤い点があるでしょ? それが今の玲ちゃんの現在位置。で、大陸中央には巨大な塔があるのだけれど……あなたには、そこまで来てほしいの。なぜなら私がいるから』
――巨大な塔。
おそらく、さっき遠くにかすんで見えた影だろう。そこに明美がいるらしい。
『このメッセージが流れているということは、今の私はあなたにコンタクトが取れない状況になっている。眠っているのか、仕事に忙殺されているのかはわからないけれど、ともかく玲ちゃんにはなんの手助けもできないわ。だから現地の人々の力を借りて、どうにかして私のところまで来て。そうすれば色々と事態が動くし、もっと詳しい説明もできるはずだから。世界の今後やウィニーの最終的な目的についても、そのときに話すわ』
なんで今、全部教えてくれないんだ。録画のメッセージ経由だと、都合の悪いことでもあるのだろうか?
『ああ、それともうひとつ。造化六花の世界には、数千万人の人間が住んでいるのだけれど、できれば彼女たちの手助けをしてあげて。ルウと同じように、彼女らも私とあなたの子供みたいなものだから』
私たちの子供……か。
まったく、碧といいルウといい、なんで明美は勝手に子供をポンポン作るんだ。しかも、数千万人だって? そんなのを面倒見ろって言われても、正直かなり困るんだが……。
『メッセージはここまで。また聞きたいのなら、椅子に座りなおして。そうすれば再び自動で再生するようになってるから。それじゃあ、頑張って私に会いに来てね、玲ちゃん』
そして、ぶつんと立体映像は途切れて消えた。
「はぁー……」
私はどでかい溜め息を吐いた。
……明美め。また一人で色々やりやがって。勝手に苦労を背負ってるのもむかつく。私たちはパートナーじゃなかったのよ。
ヤツに言いたいことは山ほどあった。
これはもう、なにがなんでも大陸中央にある塔に行かねばならない。思う存分、明美に文句を叩きつけてやるためにも。




