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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
88/174

??歳・2

 神殿の隣には慎ましい住居があり、私はそこで椅子に座って茶を飲んでいた。正面にはアンティークめいた机があり、その横にはちょこんと例の娘が立っている。


「も、申し訳ありませぬ。そのようなものしか、お出しできず……」


「いや、うまいよ」


 さっきとはうって変わって恐縮しっぱなしの娘に、私は素直な感想を言った。湯のみに入った緑茶は程よい渋さで、私好みだ。


 部屋の内装は和風っぽく、壁には漢字の書かれた掛け軸も吊るされている。使ってる言葉は完全に日本語だし、よくわからん世界ではあるものの、日本に似た文化が浸透しているらしい。

 となると、少なくとも地球と無関係の場所ではないのだろう。


 もらった羽織りを着ているので、すでに全裸ではない。

 だが、金箔が貼られている豪華絢爛な着物であるため、リラックスできているとは言いがたい。これ以下のものは着せられないと彼女が頑なに譲らなかったため、しょうがなく袖を通してはいるが……。


 神殿の中で土下座された後、質問をする間もなく私はここに連れてこられた。形だけでも私を歓待しなければ、あちらの気が済まなかったらしい。

 が、茶を飲むことで、一応は落ち着いた。そろそろ色々問いただしてもいいだろう。


 さて……疑問は山のようにあるが、なにから聞くかな。


「……そうだな。まず、お前の名前を教えてもらおうか」


 問われかけ、私そっくりの娘はびくりと肩を震わせた。しかし緊張はしているものの、その顔には恐怖などではなく、興奮のような感情が浮かんでいる。


「ル、ルミレイと申しまするっ。あなた様の名前を頂戴し、そう名づけられました!」


「歳は?」


「今年で十五――つまり、巫女の座を譲り受けて、まだ一年にも満たぬ若輩者でございます。しかし、その我がまさか……まさか、始祖様をお迎えできる光栄を賜るとは! 恐悦至極、天にも昇る心地とは、まさにこのことでありましょう!」


 ルミレイなる娘は、キラキラした眼で私を見てきた。

 うーん……これってやっぱり、ガチに私って崇拝対象っぽい? なんもしてないのにここまで持ち上げれられると、逆に気まずいというか、怖いんだが……。


「あのさぁ、なんか私のこと始祖様とか呼んでるけど、それってホントに私なわけ? 人違いだったりしない?」


「なっはっは、冗談はおよしくだされ。そのような後光が迸るほどの美貌、始祖様以外に持ちようがありませぬ。ゆえにあなたは紛れもなく我らの母君! 誰が見たって一目瞭然でありましょう!」


 美貌って……顔はいいほうだと思うが、そんな称えるほどだろうか。っていうか、お前も同じ顔じゃないのか。


 話せば話すほど疑問が湧き出てくる。とりあえず、始祖うんぬんのとこをはっきりさせるべきだろう。


「一目瞭然って言うけど、じゃあさっきのルミレイはなんなんだ。私を見た後も、すぐには態度変えなかっただろ」


「そ、それはっ……始祖様がいきなり現れるなんて思いもよらず、気が動転してしまった次第でありまして……」


 確かに、動揺してる様子ではあった。なら、そこはスルーしてやろう。


「じゃあ、ルミレイが知る始祖って存在を説明してくれないか。できるだけ簡潔に」


「承知つかまつりました。御方ご本人を前に大変恐縮ではありまするが、語ってご覧にいれましょう!」


 そしてルミレイは話を始めた。


 およそ千年前、世界にはすべての大本となる二柱の神が存在した。

 そのうちのひとつ『玲』は大地や動植物を創造し、さらに自分の娘たる一族を生み出す。それがレイ族であり、ゆえにレイ族は玲を唯一神として信仰しているという。

 で、この神殿は世界創世以来、力を使い果たした玲の肉体が安置されてきた。玲はいずれ復活すると予言し、選ばれた巫女が代々神殿の管理をしてきたのだとか。


 ――という話を、ルミレイは長々と三十分ほどかけて語った。

 天地創造に関する神話が半分、神殿の管理を任された巫女がいかに名誉ある存在であるかに半分、といった感じに。

 簡潔にって言ったのに、全然簡潔じゃなかった……。別にいいけど、あんまり優秀なやつじゃないらしい。


 聞き終わってもピンとこない顔をしている私に、ルミレイは首を傾げた。


「いかがなされました? あなた様の偉業は数限りないので、もっとお聞かせいたしましょうか?」


「いや、そうじゃなくて……まったく覚えがないんだが。世界もレイ族とやらも、私は作ってない」


 ルミレイはぽかんとした顔をして、まじまじと私を凝視した。


「お……お戯れを。始祖様でなければ、いったい何者がそれらの大事を為せるというのですか」


「話によると、神はもう一人いるんだろ? そっちじゃないのか」


「邪神明美の仕業だと仰るのですか!? さ、さすがにそれはありえませぬ! あれはこの世に生まれないほうが良かったほどの畜生です! あなた様と肩を並べることすらおこがましい!」


 予想はしてたが、やはり神の片割れは明美らしい。

 しかし、邪神とか畜生とか、酷い言われようだな。なんか笑っちゃう。


「くふふ……」


「し、始祖様?」


 ルミレイには悪いが……もう、なんか笑うしかねぇわ。明美以外にも、色々と。

 なんだよ始祖って。マジでなんもしてないんだけど、私。


 私は宇宙を死体になって漂流してるところを宇宙人に捕まって、それで分析とかされたんじゃないのか。それがなんで異世界に来て、神みたいに崇められてるのか、さっぱりわからん。


 馬鹿馬鹿しくて、どうでもよくなってきた。たぶんきっと、これは現実じゃないんだろうし。

 だから思ってることを、そのままルミレイへと言い放つ。


「あのさ、断言するけど私は普通の人間だよ。神様でも偉いやつでも、なんでもない。つまり、君らは人違いをしてるか、真っ赤なデタラメを信じ込んでいる。だから勝手な期待を持たれても、困るってわけ」


「……なにを……なにを言っておられるのですか。あなた様は確かに、始祖様の寝床からご降臨なされた。その御方が、始祖様でないなど……」


「じゃあ、始祖云々の話が間違ってるってことだな。誰が作った創作が知らんけど、勝手に名前を使われていい迷惑――」


 私は言葉を途中で切った。ルミレイが、あまりにも切羽詰った表情をしていたからだ。


「し、始祖様の伝承が偽りだというのなら……我らの千年はなんだったのですか? 生涯をかけてお仕えしてきた歴代の巫女たちは、そのすべてが無意味だったと? 祈りも、願いも、献身も、なにもかもが無駄だった? そんな、そんなことって……」


 ルミレイはうつむいて顔面蒼白となり、今にも泣きそうだった。


 ……どうやら、私には迷惑だったり笑える話であっても、彼女にとってはまったく違うらしい。

 顔を見れば、ルミレイにとっての始祖がいかに大きな存在であるかは、嫌でもわかる。ならば、信じてきたものが嘘だと言われて、ハイそうですかと受け入れるのは、そりゃあ無理だろう。


 とはいえ、私が世界を創世した神ではないことは、紛れもない事実なのだ。いくらあちらに不都合でも、そういう力を持つ前提で扱われては困る。

 しかし一方で、馬鹿正直に普通の人間アピールすれば、ルミレイを激しく傷つけてしまう。それはさすがに望まないし、私の扱いだって確実に悪くなるだろう。


 さて、どうするべきか。ううむ……。


 しばし考え、そしてうまい策をすぐに思いついた。


「もしかしたら……私は記憶や力を失っているのかもしれない」


 えっ、とルミレイは反応し、顔を上げた。


「というのも、なんでここに眠っていたのか、さっぱり覚えていないんだ。けれど、世界を創ったあとに神としての能力を失ったと考えれば、記憶がないことにも説明がつく」


 救いを見出したかのごとく、ルミレイの顔がパアッと輝いた。


「な、なるほど! 記憶が損なわれておられるのならば、始祖様が始祖様のご自覚を持てないのは自明の理! そうに違いありませぬ!」


「あと、私はレイ族を生み出したあとに眠りについたんだろ? だったら、お前たちとはさほど交流を持たなかったのかもしれない。『始祖様』って呼ばれた経験もないだろうし、だからピンとこないのかも」


「おそらく、そうでありましょう! 一理――いや、百理ありまする! 馴染みない呼ばれ方をされたがゆえに、あなた様は困惑なされた。そのうえ神力を失ったおられるのであれば、御身が尋常の存在であると誤認されるのも、致し方なきこと!」


 興奮しているのか、ルミレイは机をバンと叩いて身を乗り出してきた。


「と、とにかくっ! やはりあなた様は、紛れもなく始祖様なのです! 先ほども申しましたが、その後光が見えるかのような煌びやかなお姿が、何よりの証! その威光の前には、あまねく森羅万象がひれ伏すでしょう! 無論、すべてを始祖様に捧げた巫女である、このルミレイもですっ!」


 早口でまくし立てたからか、彼女はぜぇぜぇと息を荒げている。そして歯を噛み締め、やや俯いて続けた。


「ですので、どうか……どうか、ご自分を普通の人間などと、思わないでくださいまし。天地でもっとも尊く、もっとも偉大な始祖様に仕えることが、巫女の存在意義なのです。それを否定されては、我は……」


「……ああ、悪かったよ。私はお前の始祖だ。もう自分を疑ったりしない」


 私がそう言うと、ルミレイは満面の笑みで「ハイッ!」と答えた。

 なんか、表情がコロコロ変わって可愛い。いわゆる愛嬌ってやつがある。自分の顔に、そんなものを感じる日がやってくるとは……。


 ともあれ、当分は始祖とやらを演じて、ルミレイの信頼を維持すべきだろう。それと並行して情報収集を重ねていき、今後どう振舞うべきかを考えるとするか。


 私は状況を把握するべく、話を元に戻した。


「で、だ。とりあえず私は記憶を取り戻したいから、色々な話を聞かせてくれるとありがたい。世界のこととか、レイ族のこととか、邪神明美のこととか」


 ルミレイは弾むように頷いた。


「ご所望なれば、千日千夜でも語ってご覧にいれましょう。始祖様に仕え、尽くすことは、代々の巫女が夢見てきた――」


 言葉を切ると、ルミレイは「あっ」といきなり声をあげた。


「ん、どうした?」


「……か、肝心なことを失念しておりました。実は、『始祖様が目覚められたら慎んでお連れするように』と言われている場所があったのです。わ、我としたことが……」


「それって遠いのか?」


「いえ、神殿の地下ゆえに、ここから歩いて三分もかかりませぬ。今すぐご案内いたしましょう。よもすると、そこに始祖様の記憶を取り戻す鍵があるかもしれませぬ」


 私はすぐさま椅子から立ち上がった。


「連れていってくれ」


「は。ではこちらへ」


 手で部屋の奥を指し、ルミレイは腰を低くして歩き出した。

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