??歳・2
神殿の隣には慎ましい住居があり、私はそこで椅子に座って茶を飲んでいた。正面にはアンティークめいた机があり、その横にはちょこんと例の娘が立っている。
「も、申し訳ありませぬ。そのようなものしか、お出しできず……」
「いや、うまいよ」
さっきとはうって変わって恐縮しっぱなしの娘に、私は素直な感想を言った。湯のみに入った緑茶は程よい渋さで、私好みだ。
部屋の内装は和風っぽく、壁には漢字の書かれた掛け軸も吊るされている。使ってる言葉は完全に日本語だし、よくわからん世界ではあるものの、日本に似た文化が浸透しているらしい。
となると、少なくとも地球と無関係の場所ではないのだろう。
もらった羽織りを着ているので、すでに全裸ではない。
だが、金箔が貼られている豪華絢爛な着物であるため、リラックスできているとは言いがたい。これ以下のものは着せられないと彼女が頑なに譲らなかったため、しょうがなく袖を通してはいるが……。
神殿の中で土下座された後、質問をする間もなく私はここに連れてこられた。形だけでも私を歓待しなければ、あちらの気が済まなかったらしい。
が、茶を飲むことで、一応は落ち着いた。そろそろ色々問いただしてもいいだろう。
さて……疑問は山のようにあるが、なにから聞くかな。
「……そうだな。まず、お前の名前を教えてもらおうか」
問われかけ、私そっくりの娘はびくりと肩を震わせた。しかし緊張はしているものの、その顔には恐怖などではなく、興奮のような感情が浮かんでいる。
「ル、ルミレイと申しまするっ。あなた様の名前を頂戴し、そう名づけられました!」
「歳は?」
「今年で十五――つまり、巫女の座を譲り受けて、まだ一年にも満たぬ若輩者でございます。しかし、その我がまさか……まさか、始祖様をお迎えできる光栄を賜るとは! 恐悦至極、天にも昇る心地とは、まさにこのことでありましょう!」
ルミレイなる娘は、キラキラした眼で私を見てきた。
うーん……これってやっぱり、ガチに私って崇拝対象っぽい? なんもしてないのにここまで持ち上げれられると、逆に気まずいというか、怖いんだが……。
「あのさぁ、なんか私のこと始祖様とか呼んでるけど、それってホントに私なわけ? 人違いだったりしない?」
「なっはっは、冗談はおよしくだされ。そのような後光が迸るほどの美貌、始祖様以外に持ちようがありませぬ。ゆえにあなたは紛れもなく我らの母君! 誰が見たって一目瞭然でありましょう!」
美貌って……顔はいいほうだと思うが、そんな称えるほどだろうか。っていうか、お前も同じ顔じゃないのか。
話せば話すほど疑問が湧き出てくる。とりあえず、始祖うんぬんのとこをはっきりさせるべきだろう。
「一目瞭然って言うけど、じゃあさっきのルミレイはなんなんだ。私を見た後も、すぐには態度変えなかっただろ」
「そ、それはっ……始祖様がいきなり現れるなんて思いもよらず、気が動転してしまった次第でありまして……」
確かに、動揺してる様子ではあった。なら、そこはスルーしてやろう。
「じゃあ、ルミレイが知る始祖って存在を説明してくれないか。できるだけ簡潔に」
「承知つかまつりました。御方ご本人を前に大変恐縮ではありまするが、語ってご覧にいれましょう!」
そしてルミレイは話を始めた。
およそ千年前、世界にはすべての大本となる二柱の神が存在した。
そのうちのひとつ『玲』は大地や動植物を創造し、さらに自分の娘たる一族を生み出す。それがレイ族であり、ゆえにレイ族は玲を唯一神として信仰しているという。
で、この神殿は世界創世以来、力を使い果たした玲の肉体が安置されてきた。玲はいずれ復活すると予言し、選ばれた巫女が代々神殿の管理をしてきたのだとか。
――という話を、ルミレイは長々と三十分ほどかけて語った。
天地創造に関する神話が半分、神殿の管理を任された巫女がいかに名誉ある存在であるかに半分、といった感じに。
簡潔にって言ったのに、全然簡潔じゃなかった……。別にいいけど、あんまり優秀なやつじゃないらしい。
聞き終わってもピンとこない顔をしている私に、ルミレイは首を傾げた。
「いかがなされました? あなた様の偉業は数限りないので、もっとお聞かせいたしましょうか?」
「いや、そうじゃなくて……まったく覚えがないんだが。世界もレイ族とやらも、私は作ってない」
ルミレイはぽかんとした顔をして、まじまじと私を凝視した。
「お……お戯れを。始祖様でなければ、いったい何者がそれらの大事を為せるというのですか」
「話によると、神はもう一人いるんだろ? そっちじゃないのか」
「邪神明美の仕業だと仰るのですか!? さ、さすがにそれはありえませぬ! あれはこの世に生まれないほうが良かったほどの畜生です! あなた様と肩を並べることすらおこがましい!」
予想はしてたが、やはり神の片割れは明美らしい。
しかし、邪神とか畜生とか、酷い言われようだな。なんか笑っちゃう。
「くふふ……」
「し、始祖様?」
ルミレイには悪いが……もう、なんか笑うしかねぇわ。明美以外にも、色々と。
なんだよ始祖って。マジでなんもしてないんだけど、私。
私は宇宙を死体になって漂流してるところを宇宙人に捕まって、それで分析とかされたんじゃないのか。それがなんで異世界に来て、神みたいに崇められてるのか、さっぱりわからん。
馬鹿馬鹿しくて、どうでもよくなってきた。たぶんきっと、これは現実じゃないんだろうし。
だから思ってることを、そのままルミレイへと言い放つ。
「あのさ、断言するけど私は普通の人間だよ。神様でも偉いやつでも、なんでもない。つまり、君らは人違いをしてるか、真っ赤なデタラメを信じ込んでいる。だから勝手な期待を持たれても、困るってわけ」
「……なにを……なにを言っておられるのですか。あなた様は確かに、始祖様の寝床からご降臨なされた。その御方が、始祖様でないなど……」
「じゃあ、始祖云々の話が間違ってるってことだな。誰が作った創作が知らんけど、勝手に名前を使われていい迷惑――」
私は言葉を途中で切った。ルミレイが、あまりにも切羽詰った表情をしていたからだ。
「し、始祖様の伝承が偽りだというのなら……我らの千年はなんだったのですか? 生涯をかけてお仕えしてきた歴代の巫女たちは、そのすべてが無意味だったと? 祈りも、願いも、献身も、なにもかもが無駄だった? そんな、そんなことって……」
ルミレイはうつむいて顔面蒼白となり、今にも泣きそうだった。
……どうやら、私には迷惑だったり笑える話であっても、彼女にとってはまったく違うらしい。
顔を見れば、ルミレイにとっての始祖がいかに大きな存在であるかは、嫌でもわかる。ならば、信じてきたものが嘘だと言われて、ハイそうですかと受け入れるのは、そりゃあ無理だろう。
とはいえ、私が世界を創世した神ではないことは、紛れもない事実なのだ。いくらあちらに不都合でも、そういう力を持つ前提で扱われては困る。
しかし一方で、馬鹿正直に普通の人間アピールすれば、ルミレイを激しく傷つけてしまう。それはさすがに望まないし、私の扱いだって確実に悪くなるだろう。
さて、どうするべきか。ううむ……。
しばし考え、そしてうまい策をすぐに思いついた。
「もしかしたら……私は記憶や力を失っているのかもしれない」
えっ、とルミレイは反応し、顔を上げた。
「というのも、なんでここに眠っていたのか、さっぱり覚えていないんだ。けれど、世界を創ったあとに神としての能力を失ったと考えれば、記憶がないことにも説明がつく」
救いを見出したかのごとく、ルミレイの顔がパアッと輝いた。
「な、なるほど! 記憶が損なわれておられるのならば、始祖様が始祖様のご自覚を持てないのは自明の理! そうに違いありませぬ!」
「あと、私はレイ族を生み出したあとに眠りについたんだろ? だったら、お前たちとはさほど交流を持たなかったのかもしれない。『始祖様』って呼ばれた経験もないだろうし、だからピンとこないのかも」
「おそらく、そうでありましょう! 一理――いや、百理ありまする! 馴染みない呼ばれ方をされたがゆえに、あなた様は困惑なされた。そのうえ神力を失ったおられるのであれば、御身が尋常の存在であると誤認されるのも、致し方なきこと!」
興奮しているのか、ルミレイは机をバンと叩いて身を乗り出してきた。
「と、とにかくっ! やはりあなた様は、紛れもなく始祖様なのです! 先ほども申しましたが、その後光が見えるかのような煌びやかなお姿が、何よりの証! その威光の前には、あまねく森羅万象がひれ伏すでしょう! 無論、すべてを始祖様に捧げた巫女である、このルミレイもですっ!」
早口でまくし立てたからか、彼女はぜぇぜぇと息を荒げている。そして歯を噛み締め、やや俯いて続けた。
「ですので、どうか……どうか、ご自分を普通の人間などと、思わないでくださいまし。天地でもっとも尊く、もっとも偉大な始祖様に仕えることが、巫女の存在意義なのです。それを否定されては、我は……」
「……ああ、悪かったよ。私はお前の始祖だ。もう自分を疑ったりしない」
私がそう言うと、ルミレイは満面の笑みで「ハイッ!」と答えた。
なんか、表情がコロコロ変わって可愛い。いわゆる愛嬌ってやつがある。自分の顔に、そんなものを感じる日がやってくるとは……。
ともあれ、当分は始祖とやらを演じて、ルミレイの信頼を維持すべきだろう。それと並行して情報収集を重ねていき、今後どう振舞うべきかを考えるとするか。
私は状況を把握するべく、話を元に戻した。
「で、だ。とりあえず私は記憶を取り戻したいから、色々な話を聞かせてくれるとありがたい。世界のこととか、レイ族のこととか、邪神明美のこととか」
ルミレイは弾むように頷いた。
「ご所望なれば、千日千夜でも語ってご覧にいれましょう。始祖様に仕え、尽くすことは、代々の巫女が夢見てきた――」
言葉を切ると、ルミレイは「あっ」といきなり声をあげた。
「ん、どうした?」
「……か、肝心なことを失念しておりました。実は、『始祖様が目覚められたら慎んでお連れするように』と言われている場所があったのです。わ、我としたことが……」
「それって遠いのか?」
「いえ、神殿の地下ゆえに、ここから歩いて三分もかかりませぬ。今すぐご案内いたしましょう。よもすると、そこに始祖様の記憶を取り戻す鍵があるかもしれませぬ」
私はすぐさま椅子から立ち上がった。
「連れていってくれ」
「は。ではこちらへ」
手で部屋の奥を指し、ルミレイは腰を低くして歩き出した。




