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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
87/174

??歳・1

 目を覚ますと同時に、私は暗闇の中にいることに気づいた。

 そして、動けない。全身のあらゆる箇所に圧力がかかっていて、指先までがっちりと固定されている。


(なっ……なんだこれ。なに? 私は――私は、どうなって……っ)


 即座にパニックに陥りそうになる私。が、どうにかこらえた。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け。……そう、落ち着こう。大丈夫、とりあえず私は私だ。二条玲だ。宇宙人になにをされてようが、そこはまず、間違いない)


 ついさっきの出来事が、脳裏に焼きついている。

 ――中学時代の明美に血を飲ませ、殺し、そして空間がぼやけ、私は宇宙人たちと奇妙な会話をかわした。


 明確に理解したわけではないが、私は宇宙人に拾われ、脳やら意識やらを操られていたらしい。

 だから、なによりも人格とか記憶がぐちゃぐちゃになってることを恐れたのだが……さしあたり問題なさそうだ。少なくとも、自覚できる限りでは異常を感じない。


 ともかく、事態は最悪ではない。

 そう自分に言い聞かせることで、私は恐怖に飲まれずにすんだのだった。


 なんとか冷静を保ち、あらためて自分の状況を分析する。

 体の感覚はある。全身がくまなく固定されているものの、わずかな身じろぎはできる。

 背中などの後ろ側に圧力を感じるから、横に寝そべっている状態だろうか?

 なにも見えないものの、目は動く。瞬きもできるし、眼球も動かせる。

 呼吸は……してない。けど苦しくはない。

 舌も自由だ。顎は開かないが歯は舐められ――なんだ? 違和感がある。口の中に、外からなにかが入っている。舌触りからして、チューブかなにかか? 喉の奥に異物感があるから、胃とか肺にも達しているかもしれない。呼吸してないのに平気なのは、そのせいだろうか。


 ――なんであれ、身体感覚はまともにある。


 思い返せば、さっき中学校で目覚めたときには、こうした体の細かい動作にまったく意識が向かなかった。リアルであるとは感じたが、どうしてそんな確信を抱けたのか覚えがない。状況への疑問が早々に消えたことからしても、やはり思考を操作されていたのかもしれない。


 今の閉塞感極まりない状況は、実に非日常的だ。しかしそれは、変な夢や幻を見せられていないという、ある種の証明にならないだろうか? 私を意のままに操りたいのなら、もっと違和感を持たないような都合のいい環境を用意するはずじゃないか?

 まあ、このリアルささえも作られたものかもしれないが……そんなこと考えたらきりないか。


 よし、状況分析終わり。

 ぐだぐだ思考するのはやめて、とにかく動こう。


 そんなわけで、私は全力で体を動かした。というのも、力を入れれば外側から圧力をかけてくる物体が割れる感覚があったのだ。

 びきりと、まさにひびが生じたかのような音がした。私は硬質な殻のようなもので覆われているらしい。

 ともかく、体の可動域は増した。いける、もっと自由になれる!


 再び全身の筋肉に力を入れ、腰や首を捻り、ひたすらに動かせるところを動かす。さらに、外のなにかがひび割れた。


「んぬうぅぅぅぅっ!」


 がむしゃらに叫び、力任せにじたばたと暴れる。そして右膝が持ち上がったので、全力で前に蹴りを入れた。

 ついに、殻を貫いた。

 何度も蹴って穴を大きくし、さらに腕で押し広げ、強引に上体を持ち上げて外へ圧力をかける。


 そして、ようやく出られた。上側の殻をばきばきにぶっ壊し、上半身を起こした状態となる。

 顔にひっついていた硬い物体も取り払うと、ようやく視界が開けた。私を拘束していた殻は白黒のまだら模様で、私がさんざん内側から衝撃を与えたからか、石膏のように砕けている。


 次いで、口に差し込まれているチューブを掴んで引っ張った。が、かなり深いところにまで入っていたらしく、すぐには全部出てこない。

 えずくのを我慢してどうにか引き抜き、それを投げ捨て、思う存分に咳き込んだ。


 呼吸が落ち着いたところで、周囲を見回す。

 なかなか広い空間で、床や壁、天井がほんのり発光している。材質はのっぺりしていて、近未来チックなのだが……少しおかしい。

 というのも、大きな柱があったり、壁際にでかくて奇妙な彫像が並んでいたりと、どうにも古代の神殿を思わせる構造なのだ。

 私のいる殻――というか棺めいた物体も、ピラミッドのような段々の最上部に位置する形になっている。高い技術力で作られているわりに妙に古臭いというか、宗教的な意図を感じざるを得ない。


「……どこだよ、ここ」


 私は途方に暮れた。中学校で目覚めたときと違って、周りの風景にはあまりにも現実感がない。

 とりあえず、体にくっついている殻をすべて引き剥がし、その場に立ち上がった。おかげですっぽんぽんの全裸になってしまったが、致し方あるまい。

 色々自由になったので、両手を組んで天井へ向け、ぐっと体を伸ばす。


「――っと。さて、どうするかな」


 さしあたり、体は問題なく動く。なので、まずは殻の残骸から出て階段を下りた。

 ぺたぺたと素足のまま歩くが、正面に縦に長い鏡が置いてあることに気づく。使えと言わんばかりの位置にある姿見だった。


 それによってようやく自分の顔を見れたが……思ったとおり、若い。どう見ても二十代くらいだ。

 私は若返ったのだろうか? それとも中学校のときと同じく、これもリアルな夢?


「……ま、いっか。生まれ変わったとでも思っておこう」


 いくら考えたって無駄だろうから、さっさと疑念を捨てた。そして思考を切り替え、あらためて周囲をじっくりと眺める。


 真後ろを振り向き、ようやく私はとんでもない物体があったことに気づいた。

 私の頭上――これまで背後に位置していた位置に、どでかい彫像があったのだ。それも、私そっくりの。


 高さは十メートルくらいあるだろうか。白磁のような素材でできていて、壁や床と同じくほのかに輝いている。

 座って正面やや下を眺めている感じは、奈良の大仏に似ているかもしれない。片膝を立てた気取ったポーズで、ちょうど股間のあたりに私がいた白黒の塊が鎮座している。

 服は着ておらず、今の私と同じく全裸だ。乳首までついてるが、どでかいからか、芸術品めいているからか、卑猥な雰囲気はない。全体的に、母性とか神々しさを感じるような造形となっている。


「……なんなんだ、これ。私にしか見えんが……」


 なかなかに困惑した。私を崇める宗教でもあるんだろうか? いや、そんなバカな……。


 ともかく、神殿のような広い空間には、他に気になるものはなかった。なので、正面に見える通路へと足を運ぶ。


 狭い廊下を通り抜けると、一気に視界が広がった。屋外に出たのだ。

 唐突に現れた絶景に、私は息を呑む。

 一言で言えば、それは山頂の景色だった。目の覚めるような蒼穹の下に、神秘的な雲海が広がっている。


 だが……私の知っている山々とは、少し違った。妙に起伏が大きく、なんというか、ねじれている。雲の海から突き出ている幾つかの山頂部分は、まるでネジの先っぽのような形をしているのだ。

 さらに、真正面のはるか彼方には、空を縦に二分する黒い線があった。あれは……塔か? 相当遠くだから薄っすらとしか見えないが、ともかく現実に存在するものとは思えない。


(よくわからんが……少なくとも地球じゃないな、ここは)


 そう確信したのは、上空の太陽に重なる形で、異様な線があることに気づいたからだ。

 天を弧を描いて横切る、茶色の斑点模様のライン。土星には輪っかがあるが、あれは星の内側からだと、きっとこんなふうに見えるのではなかろうか。いや、もちろんここは土星じゃないだろうが……ともかく地球ではないのは確実だろう。


 そうしてしばし、私は全裸のまま仁王立ちして景色を眺めていた。しかしふと、離れたところに気配があるのに気づく。

 目を向けると、建物の影に人がいた。よほど警戒してるのか、頭の半分しか出てない。


 ……ともかく、話しかけるしかないだろう。


「ええと、ちょっといいかな」


 そう呼びかけ、私は隠れている人物の方へと歩いていく。すると意を決したのか、相手はばっと飛び出し、棒のようなものをこちらに向けてきた。


「お、おぬしは何者じゃ! なにゆえ、神聖な場所にかような格好で――」


 その和装の娘は私をまじまじと眺め、なにかに驚いたように棒を手から落とし、言葉を切った。

 が、面食らったのはこちらも同じだった。なんと、彼女は私そっくりの顔をしていたのだ。


 即座に思い浮かんだのは、宇宙で明美を追って死ぬと決めたときに、通信で見た顔。明美が生み出した私のクローン。


「――ルウ、なのか?」


 そうとしか思えなかった。だって顔も髪型も同じだし、声だって似ている。

 ……が、彼女は両手で口を押さえて固まっており、こちらの問いに答えない。


 しばし硬直した後、謎のそっくりさんはぷるぷるしながら言葉を発した。


「お、おぬし……その容姿はいったいなんじゃ。この我を優に上回る相似値など……あ、ありえぬ」


「……そーじち? いや、それよりルウがなんで私の前に――」


 こちらに妙な眼差しを向ける彼女を見て、私はようやく相手がルウではないことに気づいた。

 確かに、私にも、あの子にも似ている。

 が、ルウと比べると明らかに顔が幼い。言葉遣いもなんか変だし、挙動も私を知らないとしか思えない。


「お前……誰だ? なんで私に似ている。でもって、ここはどこなんだよ」


 疑問が次から次へとあふれ出し、私はそれらをそのままぶつける。……だが。


「は、はわわ……」


 今度は顔を両手で覆い隠し、その娘はあたふたしだした。

 私は困惑して首を傾げるが、彼女は顔を背けたまま、こちらを指差してくる。


「とと、とにかく、服を着やれ! おぬしの裸体は、あまりにもけしからん!」


「よくわからんが……だったら着るもんを貸してくれないか。私だって好きで素っ裸でいるんじゃない」


「わ、わからんのはおぬしのほうじゃ! 全裸でここまで来たとでもぬかすのか!?」


「来たっていうか、さっき起きたばっかりなんだが」


「起きたばっかりだと? な、なにを寝ぼけたことを……ここには我しか住んでおらぬのじゃぞ」


「だから、そもそもここはどこっていう――」


 ダメだ。会話がさっきからかみ合わない。お互いが相手の前提を、まったく理解できてない。

 ……しゃーない、こっちが折れるか。


「わかった。じゃあ私の状況を、まずはありのままに説明する。それでいいか?」


「……いいじゃろう。言うてみい」


 さっきから、なんか偉そうだなこいつ。恥ずかしそうに私から目を逸らしてるから、可愛げがあって憎めない感じではあるが……。


 ともかく、私は通路の奥を指差して言った。


「この中に、神殿っぽい場所があるな?」


「ふむ」


「で、段の上に白黒の物体があるだろ」


「ふむ」


「私はその中から出てきた」


「ふ……ヘェッ?」


「よくわからんが、目覚めたらそれの中にいたんだ。裸の状態でな。服を着てないのはそういうワケだ」


 言い終わるや否や、私似の娘は神殿の中へと駆け込んでいった。どうやら自分の目で確かめたいらしい。

 仕方ないので、私も歩いてそれを追っかける。


 が、すぐに追いついた。

 彼女は通路から抜け出たところで立ち止まり、その正面――祭壇じみた階段をまじまじと眺めていた。視線の先の繭っぽい塊は内側から大穴を開けられており、破片がいたるところに散らばっている。


 横に並ぶと、彼女は猫背で放心しきった様子で祭壇を凝視していた。しかしこちらに気づき、びくりと体を震わせる。


「お、お、おぬし……ほほ本当に、あ、あれの中から……」


「うん、出てきた」


 そう答えると、彼女はあらためて私を凝視し、そして息を呑んだ。


「な……なんと……なんという……」


 信じられないものを見る眼だったが、急速に涙が溢れ出し、その表情に憧憬や敬意といったものが混じってくる。


 唐突に、彼女は勢いよく私に向かって土下座をしてきた。そして震える声で、朗々と声を発した。


「――あ、あなた様のお目覚めを、心から言祝ぎます。ああ、始祖さま! 偉大なる母君! 我らは千年、あなた様のご来臨を待ち望んで参りました。どうか我らを――レイ族を、その御心のままにお導きくださいませ!」


 とんでもないワードが幾つも出てきて、私はあんぐりと口を開けたまま固まるしかなかった。

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