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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
85/174

?歳・1

 ――――ざわめきが聞こえる。


 チャイムの音……椅子を引く音……無数のおしゃべり……。

 懐かしい雑音の群れだ。まるで、学校のような――。



 ……?


 これは……なんだ?


 あれ? 私は……。


 明美を撃って、自分を撃って、それで……それで……。

 死んだはず。



 気づけば、私は机に突っ伏していた。


 呆然としたまま、頭を持ち上げる。正面には黒板があり、周りには制服やジャージを着た子供がうじゃうじゃいる。


「………………は?」


 口をあんぐり開けたまま、私は完全に固まった。

 なんで学校にいるんだ?

 あれ? 死ななかったっけ、私。

 宇宙で明美と一緒に自殺したはずなんだが……なんで地球にいんの?


 ――あらゆる感覚はリアルで、夢とは思えない。だが、これを現実と考えるには、あまりにも無理がある。

 だって、私の体も中学生になっているのだ。

 制服を着てるし、肌が艶やかで若々しい。顔をベタベタ触ったが、もちもちしっとりで感触が全然違う。

 LAWSにやられた怪我も、まったく痕跡がなかった。それどころか、大昔に明美にかじられた右耳さえ、欠損部分が元に戻っている。


 ……意味わからん。どういうこっちゃ。


「ねーっ! ホントうざったいよねぇ、アイツ!」


 ひたすらに混乱していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。これは、まさか――。


 視線を向けると、教室の入り口に明美がいた。

 しかし、若い。そして表情やら仕草やらが、なんというかイキってる。あれは……ギャルめいたキャラを作っていた時代の明美か。


「ことあるごとに彼氏の話してきてさぁ。『付き合ってないヤツには人権ないよ』、と言わんばかりなの、マジむかつく」


 明美の愚痴っぽい言葉に、連れの女子が口々に同意する。


「だよね~。進藤くんなんて、言っちゃ悪いけどランク高い男じゃないのに」


「調子乗ってる感ハンパないよね。明美だったら、付き合おうと思えばもっと上の男と付き合えるのに」


 ……なんか覚えがあるな、この会話。よくあるやり取りのはずなのに、妙に引っかかる。


 などと思っていたら、明美がこちらに近づいてきた。

 異様な展開にどぎまぎしていると、ギャル明美は私の机に乗っている細い袋を摘み上げた。


「なにこれ、筆箱? だっさ」


 あっ、思い出した。

 確かこのあと、明美が婆ちゃんからもらった筆箱を投げて壊す。で、ぶち切れた私は、ヤツを殺すことを決意する。――そういう流れだったはずだ。


 ということはなにか? 私は過去にでも来たのか?

 そう考えれば、まあ納得のいく状況ではあるが……。


「つーか、なにその顔? ギャグ? 私の顔がそんなに変に見えるっての? ねぇ」


 ……お? 展開変わった? 私の挙動に反応したってことは、過去とまったく同じにはならない?

 相変わらず意味不明な状況だが、興味は沸いてきた。せっかくだから、楽しむとしよう。


 私は明美の持ってる筆箱をサッと奪い、その中からカッターを取り出した。そして刃を伸ばし、おもむろに右手の親指の腹をスッと切る。

 そこそこの痛みが走った。やはり体の感覚は普通にあるらしい。

 線のような傷口からはみるみるうちに血が溢れ、一本の筋となって指を伝っていった。


「なにやってんの、あんた」


 ギャル明美は眉根を寄せ、理解不能なものを見下す表情をしている。私は席を立ち、指を明美に向けて言った。


「飲ませてやろうか、私の血」


「…………は?」


 困惑というより不機嫌さに満ちた表情を、明美は浮かべている。が、私は気づいた。ヤツの喉が、物欲しそうにピクリと動いたのを。

 一方、そばで見ている取り巻きは、容赦のない評価を口にしてきた。


「うわ~……、頭アレなの、あいつ」


「漫画とかの真似じゃない? オタクっぽいし」


 次の瞬間、明美は私の机を横に蹴っ飛ばした。派手な音を立てて机が倒れ、クラス中の注目が集まる。


「二条さんさぁ、もしかして私のこと舐めてる? 意味不明すぎて理解できないけど、ともかく超不快なんだわ。それこそ、ぶっ殺したいって思うくらいに」


 騒がしかった教室が、シンと静まり返った。明美のとげとげしい言動に、誰もが圧倒されたらしい。

 ……が、私はとうとう堪えきれず、笑い出してしまった。


「プ……プククッ。あはははは!」


 当たり前だが、こんなガキの威嚇なんぞ微塵も怖くはない。そして未来の明美との温度差というかギャップがおかしく、つい笑ってしまったのである。

 いや~、当時の私はビビリまくってたっけなぁ。それも込みで、色々と笑える。


 明美は無表情のまま私を凝視し、そして右手を振り上げた。ビンタでもしようとしてきたのだろう。

 私はすかさず反応し、その手首を掴んだ。そして合気道の要領で外側へと軽く捻る。

 痛みに喘ぎ、明美は膝をついた。さすがに驚愕の表情を浮かべ、こちらを見上げてくる。


「このままボコボコにしてもいいけど……ま、それはいいや」


 子供を苛める趣味はない。私はすぐに手を離してやった。明美は手首を押さえながら立ち上がり、二、三歩後ずさる。

 周りの生徒たちは相変わらず固唾を呑んで見物しているが、彼らの畏怖の対象はもやは明美でなく、私だろう。昔の惨めだった自分を助けてあげたみたいで、少し気分がいい。


 が、そろそろ本題に入ろう。そのためにわざわざ指を切ったのだ。


「明美、お前に選ばせてやる。そのままボス猿のキャラを守り通して私を食うのを諦めるか、あるいはくだらん演技をやめて私を食うか。どっちがいい?」


 私は再び、血の流れる指を明美に差し出した。


「……な、なんで……」


 疑問をそのまま口に出し、ヤツの表情に動揺が広がっていく。

 あれはたぶん、素だな。だったら、もう一押ししてやろう。


「お前はそもそも、どうしてそんなキャラを作ってる。私を食うためだろ? なのに、私が直に血をくれてやるって言ってるのに、それを拒否するのか? キャラを維持するほうを選ぶってのか? 目的と手段が入れ替わってるんじゃないか、それ」


 ダメ押しに、さらに明美の口元まで指を近づける。ヤツは指――というか血を凝視し、顔を離すどころか、徐々に近づけてくる。


 そして、ようやく吹っ切れたのだろう。

 『待て』の命令を解除された犬のごとく、明美は私の指に勢いよくむしゃぶりついた。血を吸い、舐め、貪欲にむしゃぶりついてくる。


「うまいか?」


「うん、おいし……おいし……」


 私の指を舐めながら、明美は陶酔した表情で答える。

 よしよし、ようやく素直になってきたな。だったら、さらにご褒美をくれてやろう。

 私は明美を押し倒す形でしゃがみこみ、対面座位になる形でその上に乗った。


「ほら、もっと口開けろ。私の腕を、お前の喉の奥まで突っ込んでやる。それで私を食う感覚を擬似的に味わえ」


 刑務所にいたとき、明美とよくやったプレイだ。私は左手で明美の後頭部を押さえ、右手をヤツの口の中へと押し込んでいく。

 口を塞がれ、明美の鼻息が一気に荒くなる。だが、まったく抵抗はしない。完全に体を私に預け、されるがままになっている。

 しかし、指四本の根元あたりに達したところで、上下の歯につっかえて止まった。そうか、これは……。


「おい。今のお前って顎の間接外せるか?」


 明美は目に涙を浮かべ、私の手をくわえたまま首をぷるぷると横に振った。

 ふむ、ならこれ以上は無理か。強引にこのまま入れたら、抜けなくなって窒息するかもしれない。


「じゃあ、今日はここまでだ」


 私はそう言って右手を明美の口から抜いた。唾液がねっとりと糸を引き、肌はてらてらと怪しく輝いている。

 明美は脱力しきってぶっ倒れそうだったので、そのまま背中を押さえて床に寝かせてやった。


 半端な形で終わったが、それでも明美はなかなかに満足したらしい。その証拠に目はうつろで、体がビクンビクンと小刻みに跳ねている。軽くイッたときの反応だ。

 とはいえ、ヤツからすればこの状況はあまりにも不可解なのだろう。呼吸を整えつつ、潤んだ瞳を私へと向けてくる。


「はぁ、はぁ……れ、玲ちゃん、どうして……んぐっ、わ、私のことを……」


 明美は息も絶え絶えで質問してきた。私はヤツの頭を撫でてやり、顔を近づけて答える。


「これからは、こうしていつでも私を食わせてやる。だから、お前はつまらん小細工なんてしなくていい。そうすりゃ、お互い幸せだ」


 私は気兼ねなしに学生生活を送れるし、明美は常に腹を満たせる。ウィンウィンってやつだ。


 これでいい。

 こうすれば、わたしたちはずっと穏やかに暮らせる。波乱万丈とはいかないだろうが、二人で幸せな日々を送れるはずだ。


 おっと、待てよ。それだと碧とルウが生まれないな。遺伝子の研究はしてもらわないと困るか。

 四人で暮らすのもいいな。ルウとは一緒に生活したことないが、たぶん違和感なく馴染めるだろう。なんたって、私のクローンだし。

 碧はいずれまた嫁にいくのだろうが、まあ、それもいい。明美は独占欲強いし、男嫌いだから、碧の旦那さんには強く当たるだろうが、そのへんは私とルウがどうにか取り持ってやろう。


 ――――――あれ?


 妙だな。なにかを……なにかを、忘れてる気がする。私にとって、すごく大事なものを――。


 気づけば、私は唾液に濡れた右手にナイフを持っていた。刃渡り十五センチほどはある、軍用の戦闘ナイフだ。

 疑問を感じる間もなく、私の中でなにかのスイッチが入った。


 右手のナイフを振り上げ、そして、それを勢いよく振り下ろす。明美の胸のど真ん中へと向かって。


 刃はあっさりと肉を貫き、その体の奥深くへと突き刺さった。

 明美は驚愕し、自分を刺したナイフへと震える手を伸ばす。が、なにもかもが遅い。心臓の鼓動はすぐに止まり、ヤツの手はパタリと床に落ちた。さながら、糸の切れた人形のように。


 明美は死んだ。

 私が、殺した。


 これで良かったんだろ? 私は明美をぶっ殺したかったんだから。

 いや、おかしい。なんで殺す必要がある? 理由がない。

 理由なんているものか。現に、恨みも憎しみもなくなってからも、私はヤツに殺意を抱き続けたじゃないか。ゆえに、明美を殺すのは必然。私が私であるためには、避けられない行為なんだよ。


 ――そうか。まあ、確かにそれは事実かもしれない。なら、最後の仕上げをするとしよう。

 私は明美からナイフを引き抜き、今度はそれを自分の胸に突き刺した。


 よし、完璧だ。スッキリした。明美を殺した罪悪感は、こうでもしなきゃ収まらないんだから。


 明美を殺すのと、自分を殺すのが、もはやセットになってしまったのか。生物として矛盾しているな、私は。

 私の頭がおかしいのは最初からだから、そこまで疑問に思うことでもない。結局、最終的にすっきりできればなんでもいいんだよ、私は。

 自殺もその範疇に収まるというのが、やっぱりおかしい。生存戦略のためには多様性や揺らぎはあって然るべきだが、たとえそう考えても、人類という種に私は必要ないんじゃないか。

 どうだろう。最終的な着地点はともかく、私は明美殺しを主軸とした人生において、碧を産むことができた。考え方によっては、ルウだって私の娘だ。これは種の存続と言う観点からしても、有益または生産的と言えると思う。



 ――勝手に、私と私と私と私が、意見を交わしている。

 なんだこれ。


 気づけば周囲の光景はぼやけて霞んでおり、周りにいた生徒も消えている。刺し殺した明美は光の粒子の群れと化しており、自分自身の体も輪郭があやふやだ。


 ともかく、ひとつはっきりした。

 私は過去にいるのではない。何者かの仕業によって、現実そのものの幻を見せられている。


『その  は正しい』

『  推測    そ 』

『正しいが   』

『    推測が  不適格』


 な……なんだ? 変な声が頭の中で響いた。

 けど、それらは重なってたり穴あきだったりで、めちゃくちゃ聞き取りづらい。


『そ  残念  』

『これでも、き     る』

『これ    君の情報認識にあ  』

『残念な   君の脳      』


 ええと……とりあえず、意思の疎通はできてるのか? じゃあ聞くけど、この状況なに? 私は宇宙で死んだはずなんだけど。


『とある宙域   発見  』

『        発見し、再生を  』

『  宙域は    であり       ある』

『他文明の   発見    調べることが    』


 宇宙を漂ってる私を発見した……ってことか? で、どうにかして再生した? つまり、あんたたちは宇宙人なの? いや、そっちからすれば私が宇宙人なんだろうけど。


『その認識 正しい』

『     間違っては   』

『宇宙を       した』

『私は    情報を  るのが  』


 はぁ~、マジか。宇宙人に拾われたのか。どうなってんだ、私の人生。


『しかるに、         ならない』

『しかし、       足らない』

『      ゆえに、    検証が  』

『さらに大規模       物理的に       』


 え……なに? 検証が足らないってこと? っていうか、私はこの先どうなるんだよ。今は意識だけみたいだけど、現実の体はどうなってるんだ?


『非常に   サンプル』

『    地球とやらに      』

『    なので我々は   資源と研究の    』

『いずれは侵略を      』


 お……おい、待て。侵略? 侵略だと? 悪い宇宙人かよ、お前ら。なんていうかさ、人間を越える超文明を持つなら、もっとそれなりの余裕ってやつが――。


 突如、なにもかもが暗くなった。

 視界は暗黒に包まれ、重複する変な声も一切聞こえなくなる。



 ふと気づいた。

 もしかして、死ぬよりやばい状況なんじゃないか、これ。

 記憶や意識をやばい連中に弄られて、復活させられて、実験とか検証とかに使われて。

 私が、私でなくなるかもしれない。いや、まさかもう……なってる?


 途端に恐ろしくなり、恐怖で頭がおかしくなりそうになった。

 …………ああ、明美。私は……。


 ――そうだ、明美は?

 体を作業用のワイヤーで繋いだ状態で、私たちは死んだ。だから、二人は一緒に宇宙を漂流していたはず。私が宇宙人に拾われたのなら、アイツも同時に回収されたに決まっている。

 明美も今、同じように意識だけの状態で尋問とかされているんだろうか? なら、ぜひとも二人で話をさせてほしいものだが……。


 などと考えていたら、急速に意識が薄れてきた。

 ま……待ってくれ。せめて明美と……。


 ………………。

 …………。

 ……。

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