56歳・32
私は操縦席を立ち、客席へと向かう。元人質の五人が一斉に注目する中、私は努めて明るく言い放った。
「みなさん、申し訳ない。実はドッキングポート周りにトラブルがあったというのは、嘘です」
五人の表情が変わり、唖然とした顔を向けてくる。
「嘘って、どういうことです?」
「え、意味わかんないんだけど。あんたまさか、テロリスト?」
中には敵意をむき出しにする人がいたので、両手でまあまあと抑えるポーズをとりつつ、ゆっくり説明する。
「もちろん、地球からきた軍人です。なぜ嘘をついたかというと、逆にあなたがた五人にテロリストの疑いがあるためです。なので一旦ゲートウェイから距離を取り、みなさんを隔離させていただきました」
彼らの表情は、今度は一様ではなかった。驚きを顔一杯に浮かべている人もいれば、凍り付いて無表情になっている人もいるし、呆れたように天井を見上げている人もいる。
「なに言ってんのよ、あんた! 私たちはずっと連中に捕らえられてたのよ? 毎日毎日不安で、食糧も尽きそうになって、それでようやく助けられたっていうのに、なんで犯罪者って疑われるわけ? 弱者に対する思いやりってのがないの? あんたらには」
さっき私をテロリストと疑った女性が、さらに怒りを爆発させてきた。
んー……、『弱者』って言い方が引っかかるな。ファーマメントで捕らえた女も、似た言葉でこっちを罵ってきたし。
「あ、あの、そもそもなんで疑われてるんですか? 明確な理由があるんですか?」
別の人が質問してきたので、私は丁寧に答える。
「なぜ疑っているのかというと、あなたがたが一切検査を受けていないからです。本来なら救出した直後に行うはずだったんですが、手違いがあって実行できませんでした。あらためて検査をするのは、そういうわけです」
「でも、月の軍人さんはその必要はないって言ってましたよ? 我々の仲間が、『検査とかで傷口に塩を塗るようなマネはよしてくれ』って訴えたら、涙を流して理解してくれましたし」
例の無能指揮官のことらしい。ここまでくると利敵行為だな……。
私は苛立ちを抑え、さらに言い返す。
「しかし、みなさんだって嫌でしょう。テロリストかもしれない人間が近くにいるのは。それとも、元人質の中にテロリストが百パーセント確実にいないと言い切れるのですか?」
今度は、それまで黙っていた髭面の男が答えた。
「……捕らえられてる間、私たちはお互い励ましあって生きてきました。三十二人、全員がです。途中で誰かが混ざったなんてありえないし、怪しい人がいればすぐ教えてます。……それじゃだめですか?」
『なんかこの人たち……さっきから妙にゴネますね。みんながみんな』
ヘルメットの中にルウの声が響く。確かに怪しい。もしかすると、複数人のテロリストが混ざっているのかもしれない。
ともかく、埒が明かないので話を強引に進めることにした。
「はっきり言いましょう。あなたがたの同意があろうがあるまいが、検査はします。万が一テロリストが元人質に混ざっていた場合、宇宙ステーションにいる人間は全滅しかねませんから。安全保障上、せざるを得ないことなんです。どうかご理解ください」
ではあなたから、と私は最寄りの男を指名する。
「奥の操縦席へどうぞ。一人十分ほどかかりますので、他のかたはここでお待ちを」
……が、五人とも直立したまま動かない。私が指名した男などは、ぷるぷると震えている。
『――玲さん』
「ああ」
いよいよ、やばい空気になってきた。これはもしかすると、本当に……。
「あーあ、しょうがないな」
「変に粘るのはここまでですね」
突如、二人が諦めたような口調で言い放った。検査を揃って渋る理由でもあったのか? まあ、素直に調べさせてくれるなら問題ないが……。
と思ったら、そうではなかった。
「仲間の元にいく。それだけのことだ」
「そ、そうですよね。こうしなきゃ誰も私たちを見てくれないんだから、仕方ないですよね」
表情に、鬼気迫るものがある。一人は肩を上下させて呼吸を荒げており、死にそうなほどに顔面蒼白だ。
そして、五人はこちらを向いたまま一斉に手を繋いだ。度合いは違えど、みんながみんな、その顔に狂気を浮かべている。
――まさか。
まさか、こいつら全員――。
後ろに飛び退き、腰の小銃に手を伸ばす。だが遅かった。
直後、大爆発が発生した。
視界がめちゃくちゃになり、爆風で体が吹っ飛ばされ、前後左右もわからなくなる。
『れ、玲さんっ!』
「大丈夫だ!」
ルウの呼びかけに、私はすぐさま返事を返した。
スーツのおかげで、たぶんダメージはない。重傷を負った部位が痛むが、それは私が体に力を入れているせいだろう。
爆炎から抜け、漆黒の宇宙空間に包まれる。
無数にある星が、目にも留まらない速さで回っていた。どうやら爆発の勢いで、体がぐるぐる回転しているらしい。
ジェットパックの姿勢制御機能が働き、私はそれに身を任せた。細かくガスが噴射され、回転の勢いが緩まっていく。
爆発で吹き飛ばされてから十五秒ほどが過ぎ、ようやく私は姿勢を安定させた。
左手に巨大な月面を、正面にゲートウェイの白い躯体をそれぞれ捕らえ、その状態を維持する。
スーツに異常は見当たらないし、AIによる損傷報告もない。ノーダメージということで良さそうだ。
持っていた小銃を腰の後ろに戻し、「ふぅー……」と安堵の一息をつく。無線の向こうでも、ルウはまったく同じように長い息を吐いていた。
『ふぅー……。問題ないようですね。いやー、びっくりした』
「ホントだよ。まさか、五人全員がテロリストだったとはな」
つまり、結果論だが明美の皆殺し案が最適解だったわけだ。あの中に無実無害の人間なんていなかったのだから。
『動画で爆発の瞬間を確認しましたが、しっかり全員おなかが弾けてます。服の下にダイナマイトでも仕込んでたんでしょう』
「そっちに爆発の影響はないか?」
『ええ、多少飛んできた破片が当たりましたが、アラートは鳴っていません。点検は必要でしょうが、大した損傷はないでしょう』
とはいえ、とルウは続ける。
『想定を超えた爆発でしたね。シャトルは木っ端微塵になってて、原型なくなってます。爆弾の量が単純に多かったからでしょうが』
「……ちょっと待てよ。往復船もやばいんじゃないか? あいつらの言動からして、元人質三十二人、全部テロリストでもおかしくないぞ」
『ええ、こっちでも隊長が同じように危惧してます。なので口実作って、往復船にステーションから距離を取るよう指示したところです』
「よし。じゃあ、私は直で往復船に向かう。だから移動が終わったらすぐに船のパイロットを外に避難させてくれ。その後に乗客全員の検査を行うから」
『了解です。伝達しておきます』
そうして私はジェットを噴射させ、ゲートウェイへと向かう。
ふと、ゲートウェイ表面で白と黒の二つの点が動いていることに気づいた。遠いからよく見えないが、あれはおそらく、明美とインド軍の人間だろう。黒いほうが明美で、白いのがインド軍人のはず。
「明美はなにしてるんだ?」
『ええと、今は別のとこに連絡してますね。玲さんの無事を確認したあと、インド軍の司令官に通話を繋いで、色々説得してるようです』
「ステーションの中に入ったほうがいいんじゃないか? 往復船の近くだと危ないだろ」
『それはそうなんですが、外にいるインド軍人が――』
その瞬間、ゲートウェイの手前が激しく光った。
驚いてそちらを直視し、爆発が起こったのだと気づく。かなりの規模だ。数十メートル離れたゲートウェイも無事ではないだろう。
元人質を乗せた往復船が大爆発したのだと理解したが、即座に別のことに意識が向く。
――先ほどあった動く点が、ひとつしかなかった。
白い豆粒のようなシルエットがゲートウェイ壁面に埋まっており、黒いほうは見当たらない。
全神経を集中し、周囲を見回して黒い点を探す。
すると、きらりと光る移動物体に気づいた。スーツのインターフェイスを操作し、望遠拡大する。
黒い宇宙用パワードスーツだった。おそらくは、明美が着ているやつだ。しかしぐったりした姿勢のまま、一切動いていない。
私は背中に冷たいものを感じつつ、それに向かって全速力でジェットを噴かせた。
「おい、ルウ! ルウッ!」
わずかに間を空け、ルウが呼びかけに応える。
『れ、玲さん、急いでこっち来てもらっていいですか? けっこうでかい穴が空いたみたいで、外からも応急措置を――』
「明美が吹っ飛ばされたっぽい! アイツの現在位置を調べてくれ!」
ルウは息を呑み、すぐに了解の返事を返す。
『わ、わかりました。ちょっと待ってください』
ややあって、ルウの困惑した声が響く。
『こ、これって……基地から遠ざかってる? しかもすごい速度で』
「ああ、クソ。やっぱりあれだったか」
心臓の鼓動が一気に早くなる。まさか――まさか、もう死んでるってことは――。
『でも、生命反応はあります。パワードスーツも無事です。通信も繋がってるはずですけど……気絶でもしてるんでしょうか』
「爆発で飛んできた破片が、頭に当たったのかもしれない。ともかく、生きてはいるんだな?」
『え、ええ、今のところは』
ほんの少しだが、胸を撫で下ろす。が、事態はまだまだ予断を許さない。
「わかった。私は明美を追う。そっちは大丈夫か?」
『一応は。隔壁が閉じたので、空気の流出は収まっています。死人はいませんし、まあなんとかなると思います。――え? はい、そうです、馬場少尉が――』
ルウは横から話しかけられているらしい。隊長や他の隊員の声が聞こえる。
『玲さん、隊長が母上の捜索に何人か振り分けてくれました。今、方角や速度の計算をしてくれています』
「それは良かった。確認するけど、私が追ってるのが明美ってことでいいんだな?」
『はい、パワードスーツのシグナルは一致してます。そのまま追い続けてください。……というか、追いつけそうですか?』
「けっこう飛ばしてるんだが、ぜんぜん距離が縮まらん。どんだけの速さで動いてるんだ、アイツ」
『ガスを噴射しすぎないほうがいいかもしれません。加速しすぎると、追いついたときに減速が――』
ルウはまた他の誰かに話しかけられたらしい。……が、様子が変だ。息を呑み、絶句しているような気配を感じる。
「ルウ、どうした? おい」
たっぷり五秒ほど空け、ルウは無感情な声で言った。
『………………玲さん、止まってください』
「なんでだ」
ルウが唾を飲み込む音が聞こえた。嫌な予感が、加速的に膨れ上がっていく。
『……新しい事実が判明しました。原因は不明ですが、母上のパワードスーツのジェットパックが、なぜか逆方向に向かって噴射し続けてるみたいです。それも、ガスを一気に使い切るほどの勢いで。なかなか追いつけないのは、そのためかと」
「…………で?」
「母上のジェットパックのガスは、あと十秒程度でなくなります。そのうえで、AIが母上の速度や玲さんのジェットパックのガス残量などを、色々計算してくれました。……それによると、あなたは母上に追いつけても、戻ってこれないみたいです』
ルウの言葉が、すぐには飲み込めなかった。
――モドッテコレナイ? それは……それってつまり……。
『つまり、諦めるしかないです。こっちも船を出して助けにいける状況じゃないですし、いずれはレーダーの捕捉圏外に出てしまいますから。……だから止まってください、玲さん。これ以上追いかけるのは……もう、無駄なんです。どんな奇跡が起ころうと、母上が助かる可能性は皆無なんですよ』
「……ちょっと待てよ。皆無って、そんな簡単に――」
『わ、私だって、受け入れたくないですよっ!』
無線の向こうから、ルウの怒声が響く。呼吸の乱れも聞こえてくるが、それを押さえつけるようにしてルウは続ける。
『……でも、数字はあまりにも明確に、母上の死を示しているんです。そして、このままだと玲さんも同じところに行ってしまう。だから……だから、止めなきゃいけないんですよ。動揺したり、悲しんでる暇なんて、ないんです』
ルウの声には無念さがありありと滲んでいた。息遣いなどから、涙を堪えている様子も伺える。
彼女は、母親が死ぬ事実を強引に受け入れたのだ。他でもない、私を助けるために。
それはつまり、ルウが即座にそう判断せざるを得ないほどに、明美が絶望的状況にあることを示している。
――そうか。明美は死ぬのか。
どうやら、その事実を飲み込むしかないらしい。
…………はぁ。まいったね、こりゃ。
私は心の中で嘆息した。悲しみや驚き、喪失感や諦めといった感情が、ごちゃ混ぜになって湧き出てくる。
そして、当たり前のようにひとつの決断をした。
『……玲さん? 止まって。止まってくださいってば。気持ちは痛いほどわかりますけど、もう母上を助けるのは無理なんです。だから引き返して』
私はその指示を無視した。一切スピードを緩めず、宇宙空間を真っ直ぐに飛び続ける。
「すまんな、ルウ。私は明美のところに行く」
『…………え?』
「アイツは私に言ったんだ。死ぬときは私の前で死ぬってな。だから、勝手に宇宙の果てに行かれちゃ困るんだよ」
『なっ……は、話聞いてました? 戻ってこれないんです! 母上に追いつくってことは、あなたも死ぬんですよ!?』
「覚悟の上だ。どうせ、アイツを殺したら私自身も死ぬつもりだったからな。一緒にくたばるなら、むしろちょうどいい」
無線の向こうで、ルウが絶句した。唐突に自殺宣言を叩きつけられたのだから、言葉を失うのも無理はない。
だが、私の中には一切の迷いがなかった。明美と一緒に死ぬという選択を、心の底から受け入れている。
――まあ、そんなすんなり自分が死を受け入れたことには、少々驚いているが。
『…………本気……なんですか、玲さん』
「ああ、本気だ」
搾り出すような声で問いかけるルウに、私はさらりと答えた。
『…………か、勘弁してくださいよ。会ったばかりとはいえ、玲さんは私にとって、母上とおんなじくらい重要な存在なんです。そ……その二人に同時に死なれるとか……』
「悪いな。私にとっても、ルウは娘みたいな相手だったよ。できればもっと、お前のことが知りたかった」
ぎしりと、歯を噛み締める音が聞こえた。次いで、鼻をすする音。
『……母上が言ってました。あなたは、一度決めたら絶対に最後までやり遂げる人だと。つまり……もう、無理なんですね』
「そうだな。もう死ぬ覚悟は決めたからな。無理を言うついでですまんが、私の家族の面倒を頼めるか? 色々困ってることがあったら、助けてやってほしい」
『それは、言われるまでもありませんが……』
再び鼻をすする音が聞こえた。深呼吸を挟むと、ルウは声に力を込めて続ける。
『……わかりました。なら、もう止めません。どうか母上の下に行ってあげてください。私も……別れる覚悟をしました』
すると、唐突にルウが通信に映像を乗せてきた。私の視界正面に、ヘルメットで顔が隠れている女が映し出される。
『だから後悔がないよう、ネタ晴らしします。本当は、地球に帰ってから明かしたかったんですが』
そう言うと、ルウはヘルメットを両手で持ち上げた。
彼女の顔が露わとなり、今度は私が絶句する。
目の前にあったのは、私自身の顔だった。いや、目じりの皺はないし、肌の艶も良い。正確には、若い頃の私だ。
ともかく、見紛うほどに私そっくりで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔が、そこにあった。
『一応言っておきますけど、他人の空似じゃないですよ』
画面の中の私が喋った。気づいたが、髪形も私と一緒だ。
『なにせ、遺伝子がまったく同じですからね。だから私たちが似てるのは、偶然なんかじゃなく、必然なんです』
「……遺伝子が?」
ようやくピンときた。
確か、明美は昔、私のクローンを作る研究をしていたはずだ。刑務所で一緒だったときはまったく話題に出なかったから、やめたか半端な段階を維持しているのかと思ってたが……。
どうやら、私のクローンは完成していたらしい。それがいま、画面越しとはいえ目の前にいる。
「――ルウは、私のクローンだったのか」
『そのとおりです。ようやく気づいてくれましたね』
色々と合点がいった。
ルウが私の複製人間ならば、私になにもかもがそっくりなのも、妙に気が合うのも、明美に気に入られているのも、すべて説明がつく。
目をまん丸にして驚いていると、ルウはくすくすと笑った。
『驚いてくれたみたいで、よかったです。隠し続けてきた甲斐がありました。……まあ、もっと素直に笑える状況なら、さらに言うことなしだったんですけど』
「……やれやれ、確かに驚いたよ。洒落にならないサプライズを仕掛けてくるところは、明美に似てるな。まったく同じ人間でも、育ち方でこうも変わるとは」
『そうですね。似てるところもあれば、全然違うところも――。……ああ、はい、わかりました』
また、話している途中に横から何かを言われたらしい。
「どうした?」
『ええと……今の玲さんの速度だと、通信はあと五分くらいでできなくなるみたいです』
私はふと、後ろを振り向いた。
――視界に収まり切らなかった月が、もはやバスケットボールほどのサイズに縮んでいる。この短時間でかなりの距離が開いたようだ。
宇宙では空気抵抗がないから、推進力さえあれば止め処なく加速する。今の私は、軽く時速数千キロはでているのかもしれない。
「……もう、そんな遠くまで来たか。ちなみに、明美にはどれくらいで追いつける?」
『計算だと、今から十五分程度はかかるかと。その頃はもう、通信はおろか、レーダーでも捕捉できない距離に到達しているでしょうけど……』
「そうか。ま、アイツを捕まえられるなら、なんだっていいや」
完全に開き直っている私だったが、ルウは違ったらしい。数秒考え込むと、堰を切ったような勢いで言葉を投げかけてきた。
『れ、玲さん、手前勝手な話なんですけど、人生の教訓とか教えてもらっていいですか?』
「へ?」
『あなたは、未来の私みたいなもんです。だから、私に通じる大事なことを、幾つも知ってるはず。もうわずかな時間しかないから、ぜひそれを教えてほしいんですよ』
時間を惜しんでいるのか、ルウは早口で言ってきた。
――ふむ。私のほうとしても、なにかを残せるならやぶさかではない。しかし、人生の教訓とかいきなり言われてもな……。
ともあれルウの期待に応えるべく、私は脳をフル回転させた。これまでの生き方をざっと振り返り、その芯となっている部分に目を凝らしていく。
そしてなんとか教訓っぽい要素を見つけたので、私はそれを言語化しつつ、ルウに伝えた。
「……私はさ、とことん自分主体の人間なんだ。良くも悪くも、他人に感情を動かされにくい。だから、誰かを大切に思ったことはあるものの、誰かを心が奪われるほどに愛した経験がない。私の中心は、いつだって私だった。これは生まれつきの性格だから、たぶんルウにも共通してると思う」
『……そうですね。あります、私にも。そういうところ』
「そうした人間はさ、すごく安定した人生を送れると思う。他人に揺らがされることがないから。でも、逆に言えば退屈だ。外からの刺激を受けにくいから、ずーっと似たような日々を送るハメになる。で、ルウはそんな人生ってどう思う?」
『うーん……そりゃまあ、できれば人生楽しいほうがいいですね』
「だったら、夢中になれるものを探せ。私は明美に出会えたから、波乱万丈の充実した人生を歩めた。アイツを殺すという目的を得られたから、全速力で突っ走ってこれた。でなきゃ、きっと無味無臭の生活を死ぬまで続けてたと思う」
『母上に匹敵する人間を探すのは、かなり難易度高そうですけど……』
「別に人間じゃなくったっていいさ。仕事とか研究とか、人生をかけて追い続けられるものなら、なんでもいい。私は執念深い性格だから、一旦スイッチが入ればそれにとことん食らいつく。その相手がでかいものなら、生涯をかけられるってわけだ」
『……なるほど』
――と、偉そうに語ってみたが、思い浮かんだ言葉を言い終わった瞬間、なんか恥ずかしくなった。いつの間に私は、こんな説教みたいなことを言う人間になったのか。
「……ダメだ。すまん、今のやっぱなし」
『えっ!?』
「いや、だって……結論だけ見返してみると、大したこと言ってないじゃん。人生かけられるほどの目標を見つければ、人生が豊かになる――なんて、ごくごく当たり前の話だし。誰でも言えるだろ、そんなの」
『いやいや、急に自信失わないでください。格言ってのは、中身よりも誰が言ったかってのが重要なんです。私と同じ遺伝子を持った玲さんが言ってるんだから、なんだって参考になりますよ』
「……そう?」
『そうです! で、ほかにありますか? なんだっていいんで、教えてください!』
貪欲に教訓をリクエストしてくるルウだが、そんな大層なもの、ほいほい出てくるわけがない。
私が唸って悩んでいると、ルウはハッとして謝ってきた。
『いや、す、すいません。こっちの都合ばっかり押し付けて。他に言い残すことはないですか? 家族への遺言とか』
「遺言か……。法的なもんだったら作戦前に残してきたし、別にないかな。まあ、姉貴あたりに嘘ついて悪かったって言いたいが……別にわざわざ伝えてもらうもんでもないし」
『玲さんがいいな……ザザ……すけど……』
「む、ノイズが……」
『そ、そんな、もう!? 思って……ザザザ……い』
どうやら時間が来たらしい。映像はもう、完全に途切れた。
残念だが……それよりルウが気の毒だ。もっとマシなことを言ってやりゃ良かった。
『玲さん! そ、その……母上をよろ……ザザ……します。あれでけっこう、寂しがり屋な人な……ザザザザ……と、あの世的なとこがあったら、碧さんと三人で仲良くやってください。い、いずれ、私もそっちに行き……ザザザ……』
雑音が多くなってきたが、言いたいことはわかった。完全に途切れないうちに、私も早口で答える。
「わかったけど、ゆっくり来い! 少なくとも今の私よりは老けてからな!」
『は……ザザザ……あ、さよなら』
「ああ。じゃあな、私」
『ザザザ……わた……ザザザザ……――』
プツンと音が切れ、ノイズすら聞こえなくなった。
…………はぁ。
やれやれ、全然スマートに遺言を残せなかったな。まあ、急な無茶振りだから仕方がないが……ルウに変なトラウマを残さないか心配だ。
と思ったが、あの子は私のクローンなんだっけ。なら、大丈夫か。
私はどんだけへこむことがあっても、三日もすればケロリとしてた。だったらルウもすぐ立ち直れるはず。
正面に小さく見える明美は、わずかだが近づいてきている。しかし、さっきから望遠映像で凝視してるんだが、まったく動いている様子がない。
……本当に生きてるんだろうな? あいつ。
ま、死んでたところで、迎えにいってやることに変わりはないが。
死ぬって実感が、正直まだない。
覚悟はとっくに決めたものの、一割くらいは、ここから奇跡が起きて助かるんじゃないかって思っている。
どっちでもいい。
このまま助かっても、死んでも、どちらの結果になってもいい。
当然助かればハッピーだ。けど死ぬとしても、明美の死に様が見られるとしたら、私は心の底から満足して死ねるだろう。
ヤツがいない人生になど、価値はない。
二人で後腐れなく死ねるこの状況は、ある意味理想的な最後とも言える。――無論、少々早すぎる気はするが。
だから、死ぬ前に目を覚ましてくれよ、明美。
この宇宙は恐ろしいほどに広大で、一人だと気が狂うほどに寂しい。
全部が終わる前に、お前の声をもう一度聞きたいんだ。




