56歳・31
ハッチを通ってシャトル内に入るなり、私は中の人間へと呼びかけた。
「みなさん、すいません! 実はトラブルが発生しまして、少しシャトルを動かします!」
前の方の席に着席していた五人が、一斉にこちらを振り向く。男が三人、女が二人で、年齢は全員三十代から四十代といったところか。
「な、なにがあったんです?」
「大丈夫なんですか?」
何人かが尋ねてきたが、私は落ち着いた口調で返事をする。
「いや、実は今接続してるドッキングポートなんですけど、使っちゃいけないポートを使ってるみたいなんですよ。なので、別のポートに移します。それだけのことなんで、どうかご心配なく」
ほとんどの者が、その説明でホッとした表情を見せた。しかし、童顔の男がさらに質問を重ねてくる。
「ただ船を動かすだけなら、あなたの格好はなんなんです? まるでパワードスーツみたいですけど……」
今の私はヘルメットを着用しており、戦闘はもちろん、宇宙遊泳だってできる準備を整えている。背中にはジェットパックも装着しているから、ものものしく見えるのは当然のことだろう。
「新型の宇宙服なので、ご心配なく。場合によっては宇宙空間で作業する可能性があるので、こういう格好をしてるってだけです」
用意していた言い訳を使い、私は奥の操縦室へと向かう。
「ともかく、着席してもらっていいですか? すぐ済みますので」
すれ違い様にそう促し、変に警戒心を見せないようそのまま無重力を泳いでいく。
無事に操縦席にたどり着き、席に座る。軽く振り向いたが、元人質たちも大人しく座ってくれたようだ。
少しホッとする。これでシャトルとゲートウェイを切り離すという第一段階はクリアできそうだ。
直後、ヘルメット内でルウの声が響く。
『問題ありませんか、玲さん』
「ああ、全員座ってる。それじゃあ、ナビゲートを頼む」
『了解です。では――』
視界の中に、私の体に重なる形でルウの右腕が現れる。
『私の手、見えてます?』
「見えてる」
『では、動きをトレースしてください。特殊な操作が必要になったら都度指示しますので、お願いします』
「了解」
今の私は左手がまともに動かない。ルウはそこに配慮して、ナビゲーションも右腕のみとなっている。
そうして私はルウの動きを追い、シャトルの操作を滞りなく進めていく。
本来このナビゲート役は、シャトルをここまで運んできたパイロットの軍人が務める予定だった。が、その人は仕事の割り振りの都合で月に下りてしまったらしく、ゆえにルウが代役に名乗り出たのである。彼女は宇宙船の操縦訓練を積んでいるため、多少マニュアルを見れば、問題なく操作手順はわかるらしい。
そのようにしてシャトルの発進準備を整え、五分ほどでゲートウェイのドッキングを解除し、徐行運転で少しずつ距離を離していく。
――が、その途中、ルウ経由の音声から小さく怒鳴り声などが聞こえてきた。
彼女は中央モジュールにいるはずだが、そこでなにかトラブルでも起こったのだろうか?
「どうしたんだ。なんか騒がしいようだが」
『あー、聞こえてました? 実はですね、そばで待機させてる往復船から、人が出てきたんですよ。宇宙服着て、こっちに近づいてきてるみたいで』
私は驚き、すぐさま聞き返す。
「それって、元人質を乗せてきたやつだよな? 大丈夫なのか?」
『呼びかけに応答しなかったんで、今こっちから人を出します。手動でエアロックから入ってこられても困るので』
『そいうこと。玲ちゃんの助けはいらないわよ』
急に明美の声が割り込んできたので、私は困惑した。が、すぐに察する。
「ま、まさか、やばいやつを止めるのって、お前か? お前が今、宇宙に出てるのか?」
『そうよ。玲ちゃんになんかあったときのために、宇宙用パワードスーツを着てエアロックで待機してたの。で、ちょうどよかったから、私が対処することになったってわけ』
「バカ、なんでそんな無茶すんだよ。往復船から出てきたやつが武器とか爆弾持ってたらどうすんだ」
『武器の類いを所持していないのは確認済みだし、もし体内の爆弾を爆発させたとしても、さほど問題ないわ。真空を挟めば爆弾の威力は大幅に落ちるし、その程度なら私のパワードスーツでも防げるはずだから』
「……頼むぞ、おい。無茶しないでくれ。っていうか、どうやって明美はそいつに対処するつもりなんだよ」
『当然、こっちから攻撃して撃ち殺すのよ。さすがに隊長から許可は出てるから、ご心配な……あら? ごめんなさい、後でね』
「あ、明美?」
若干間が空き、代わってルウが答える。
『――なんか、その出てきた人から通信がきたみたいです。なので隊長が今、母上を引き止めてます。妙なことになってきたな……』
「こっちのセリフだよ。大丈夫だろうな、本当に」
『とりあえず、玲さんは玲さんの仕事を進めちゃいましょう。なにがあろうと、母上なら正確な判断ができるはずですから』
「……それもそうだな。わかった、作業に集中しよう」
ルウの言うとおり、明美は利口だ。したたかで要領いいから、無茶なマネなんてしないはず。
自分にそう言い聞かせ、私はルウの指示に従ってシャトルの操縦を続けた。
宇宙をゆっくり進み、ゲートウェイから数キロ離れたところで、私はシャトルを停止させた。
あとは自動操縦のAIに命令すれば、ゲートウェイから一定距離を保った状態を維持できる。
『おつかれさまです。これで第一段階は突破ですね』
「ふう……なんとかなったな。けど、本番はこれからだ」
テロリストか否かを厳しく取り調べる、という私の本当の目的を、座席に座っている五人にこれから明かす。もしもその中にテロリストがいて、爆弾でも所持していたら、即座に爆発させる可能性が高い。
つまり、話を切り出した直後がもっとも危険ということだ。
まあ、たとえ最悪の事態が発生したとしても、私はスーツがあるから問題なく生き残れる。緊張はしてるものの、ほとんど恐怖がないのはそのためだ。
というか、今は正直それよりも――。
「で、明美のほうはどうなった? そろそろ教えてくれ」
こっちの状況が落ち着くまで、明美側の事情はルウによって伏せられていたのである。
『私が落ち着いてることからもわかるでしょうが、もちろん母上は無事です。どうも、往復船から出てきたのはインドの軍人で、例のクソ指揮官の命令で外に出てきたみたいです。我々がゲートウェイを不法に占拠した、みたいな疑いを持ってるとかで』
「……マジでクッソ無能だな、そいつ。じゃあ、その出てきた人はとりあえず無害だったのか」
『そうです。説得に成功して、今はまだ宇宙空間に母上といます。安易に中には入れられないし、かといって往復船に戻すわけにもいかないので』
「中にいれないって、じゃあどうするんだ」
『隊長は玲さんに調べてもらいたいみたいです。なので、まずシャトルの人間を調べて、そのあと往復船の人間を調べて、最後に出てきたインド軍人をシャトルなり往復船の中で調べる――という流れになるかと』
「オーケー、わかった。私が全部やる。隊長にそう伝えてくれ」
『――負担をかけてすまないが任せる、だそうです。じゃ、まずはシャトルでの身体検査を始めましょう』
「よし、いくか」
私は気合いを入れ、体の痛みに耐えつつ操縦席を立った。




