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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
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56歳・28

 隊長と話してから四、五時間ほどが過ぎたあたりで、私は宇宙に上がることになった。


 怪我の具合が落ち着くまで月にいるかと思ったのだが、私の裁判を早く開きたいという地球側の要望によって、早期の帰還が決定したらしい。

 なんでも、アメリカ政府は重傷状態の私を衆目に晒すことで、世間の私への同情意見を増やしたい考えだそうだ。

 喜ぶべきか怒るべきかわからんが……ともあれ、今の私に拒否権はない。なので多少無理してでも、地球に帰る運びとなったのである。


 ――というか、思いのほか私は全世界でお騒がせ者となっているようだ。

 これはもう、地球に帰ったら姉貴に大目玉を食らうだろうな。嘘をついていたことも含めて、こっぴどく怒られるに違いない。

 昔なら戦々恐々とするところだが……不思議と今は、それが楽しみでならなかった。



 宇宙から地球への帰還は、それなりに体へ負担がかかる。大気圏突入時の揺れもそうだが、なにより無重力環境から有重力環境への移行が、筋力などに多大な負荷をもたらすらしい。


 というわけで、私は戦闘で着用していたパワードスーツを再度着なければならなくなった。重力の負担が消えるわけではないが、少なくとも人工筋力の補助があるから、動けなくなることはない。全身重傷だらけの私でも、地上に着いた後に歩くくらいはできるだろう。

 装甲は外からの衝撃を吸収してくれるから、患部保護にもなる。与圧対策もできるから、それだけ着てればなにも問題はないわけだ。


 そうした流れゆえ、ルウが私の病室に来た。私が使ってたのは穴が空いたり切り取られたりしたので、ルウのスーツを借りることになったのである。


『さて、着せ替えタイムといきましょうか。しばらく大人しくしててくださいね。お人形さんみたいに』


「……介護されるって、こんな気分なんだろうな」


 やや複雑な気持ちだったが、私は体の力を抜いてルウのされるがままとなる。


 明美と一緒に事後処理に奔走していたとかで、起きてから彼女と話をするのは始めてだ。当然、今のルウはパワードスーツを着用しておらず、普通のシャツとズボンに身を包んでいる。

 ……が、それゆえ気になった。


「しかし、なんでお前はまだヘルメットつけてんだ」


『いや~、言ったじゃないですか。シャイだから顔を隠したいって』


「普段着とパワードスーツのヘルメットを組み合わせてたら、逆に目立つだろ。お前の言ってることはおかしい」


『ま、そういうキャラだと思ってくださいよ。テーマパークの着ぐるみとか、ガンダムのマスク系の人みたいな感じに』


 聞けば、こいつは私の前だけじゃなく、他の場所にいるときも顔を隠しているらしい。だから、顔に酷い傷があるとかの深刻な事情があってもおかしくはないだろう。

 ……しょうがない、今は触れないでやるとするか。


 そうして私はベッドから起こされ、ルウの手でウェットスーツのような服を着せられていった。

 マイクロマシンの影響がまだ残っているようで、私は体を十分に動かせず、まさに老人介護のような形で着替えは進んでいく。


『ところで……すいませんでした。ホントに』


「何の話だ?」


『ホテルでの殺人の話です。私が殺したサディク、玲さんが殺したことになってるじゃないですか』


 一時間ほど前に明美と電話で話して、そのあたりの説明もしてもらった。つまり、ルウの罪を私が被ったのである。


『……私だって、それなりに覚悟してサディクを殺したんですよ。責任だって取るつもりだったんです。なのに、勝手に母上が全部玲さんのせいにして……』


「気にすんな。明美は正しい判断をしたよ。殺害人数が十八人と十九人は大して変わらんが、ゼロ人と一人じゃ全然違うんだから。それに」


 私は一呼吸置いて続けた。


「お前、言うほど罪の意識なんて感じてないだろ。私に対して申し訳ないって思ってるだけで」


『………………』


 ルウは言葉を詰まらせ、私にスーツを着せる手を止めた。どうやら図星のようだ。


「ルウはそういうとこ、明美に似てる。その他大勢なんて心の底からどうでもよくて、自分と自分のお気に入りの人間がよければそれでいい、ってところが。ま、私はそのお気に入りの人間として恩恵を受けてきたから、責められる立場じゃないが」


『……玲さんは違うって言うんですか? その他大勢の人間を尊重してると?』


「どういうイメージを抱いてるか知らんが、赤の他人にもそれなりに敬意を払ってるぞ、私は。お前くらいに若い頃は不良や落ちこぼれをそこそこ見下してたけど、それでも人間としてみなさない、なんてことはなかったし」


『……そうなんですか。わかりました、参考にします』


 なんか投げやりな口調だ。本当に参考にする気があるのかは、正直疑わしい。

 まあ、別に説教したいわけじゃないからいいけど。


 ルウが再び私にスーツを着せ始めたので、私は少し話題を変える。


「しかし、サディクを殺したのが私とみなされるのは意外だったけどな。確かにあのスーツ着てるし、体型も似てるけど、声が違うだろ。地球の人をごまかせるのかね、あの動画で」


『いや、同じですよ声も。なんかご自分じゃ理解できてないようですけど』


「……そうなの?」


『そうです』


 んん? 同じか?

 似てる気はするけど、ルウのほうが声質がまったりしてるような感じだが……。


『玲さんは自分が映ってる動画とか見たことないんですか? たぶんその中のあなたは、私と同じ声だと思いますよ。自分が発する声って、耳に入る前に体の中で反響してるから、他人が聞いてるものとは聞こえ方が違うんです。だから気づいてないみたいですけど』


「ふーん……」


 じゃあ、暇があったら自分の声を録音して聞いてみるかな。本当にそれがルウと同じ声になるのか、少し楽しみではある。


 着替えは進み、筋力補助スーツの右足部分が右膝のギプスにかぶさる形で着せられていく。

 けっこう伸縮するので、問題なく入った。これでほとんど全身がスーツに包まれたが……ふむ、ピッタシだな、これ。


「スーツって、体型に合わせたオーダーメイドじゃなかったっけ? なんかこれ、すげー私にジャストフィットなんだが」


『ええ、オーダーメイドですよ。つまり、私と玲さんの体型がほとんど同じってことです』


「……声といい、不思議なこともあるもんだな」


 ここいらで、ようやく私はおかしいと思い始めた。

 いくらなんでも、色々似すぎじゃないか? とてもじゃないが赤の他人とは思えない。これはもしかすると……。


「まさか……ルウって私の娘だったりする? 明美が勝手に私の遺伝子を使って、人工授精やらなんやらで自分が孕んで、そんで産んだ――とか」


 フフッ、とルウは笑った。


『残念、ハズレです。娘じゃないですね。っていうか、母上は子供産めない体ですよ』


「ああ、そういえばそうだったな……」


 明美は中学生のときに、生理が面倒とかいう理由で子宮を摘出したらしい。ヤツの異常さを示すエピソードのひとつだが、ともあれそれなら妊娠は無理だろう。


「じゃあ、ただのそっくりさんか。まあ、世の中には自分と似た人間が三人はいるって俗説もあるし、有り得ない話じゃないけど」


『ま、そういうことにしておきましょう。さあ、次は外装です。首から下は全部つけちゃいますからね』


「わかった」


 そうしてルウは、重たい装甲パーツをてきぱきと私に装着させていく。


 怪我をしている部位に気を使ってくれたため時間がかかったが、およそ十五分ほどでその作業は終わった。

 むき出しとなっている頭部以外は、さっきの戦闘時とほぼ同様の格好となっている。宇宙船に乗るときはヘルメットも必要だろうが、それは今ルウが被っているし、後で別途渡してくれるのだろう。


『終わりましたよ。どうです? 動けます?』


 私はその場で少し歩いたり飛んだりしてみた。月の低重力下だから、さほど力を入れずに体を動かすことができる。

 右膝がギプスで固定されてるから普通に歩くのは無理だが、移動に不自由するほどではない。いざとなればスーツの人工筋肉の補助もあるし、たぶん地球に下りても最低限の動きはできるだろう。


 が、問題がないわけではなかった。


「や、やっぱり怪我が痛むな。右足を床につけるだけで激痛が走る」


『そりゃまあ、膝が一時的に切り取られて、足の甲にも穴が空きましたからねぇ。まだ負傷して半日もたってないんだし、さすがに通常時と同じ感覚で歩くのは無理ですよ』


「うーん、外からのダメージは完璧に防げるから、外的要因で悪化することはないだろうが……」


『そのへん、後で医者に聞いてみましょうか。薬を処方してもらったり、地球に着いたときのために松葉杖を用意したほうがいいかもしれません。それまでは、とりあえず私が背負って移動するとしましょう』


 そうしてルウは、パワードスーツを着る私を背中に乗せた。


『お、重い……重力六分の一なのに』


「無理しなくてもいいぞ。左足だけでも歩けなくはないだろうし」


『いや、重症患者にそんなことさせられないですよ。っていうか、地球換算なら子供くらいの軽さなんで、大丈夫です』


 私を背負う位置を調節し、ルウはゆっくりと部屋を出る。


『じゃ、シャトルの発着場に行きますよ。もう一時間後には出発するそうですから』


「そうか、月ともお別れか。せっかく来たんだから、もう少し色々楽しみたかったが」


『また来ればいいですよ。それに、今回の事件の犠牲者を月で弔おうって話があって、慰霊碑が作られるそうですから、いずれはここで碧さんの墓参りができるようになります。私もお供しますから、一緒に来ましょう』


「月に墓参りか。……わかった、いつか一緒にやろう。明美も入れて、三人でな」


 未来の話をして、ようやく戦いが終わった実感が沸いてきた。


 地球に帰ったら、しばらくだらだらしてゲームでもしまくろう。裁判やらなんやらで忙しいだろうが、基本は当分入院生活だろうし、ベッドの上で自堕落に過ごすしかない。

 で、服役とか里帰りとか墓参りをして、その後に明美殺害計画を再始動する。そして最後に明美を殺し、私も死ぬ。


 うん、完璧だな。

 明美を殺せるまで、どれだけの手間と時間がかかるかは不明だが……。


 そんな取り止めのないことを考えつつ、私はルウの背中に揺られて地球行きの船へと向かった。

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