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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
78/174

56歳・27

 目を覚まして最初に感じたのは、『左腕の先の感覚がある』という驚きと安堵だった。


 そして痛い。とにかく全身のあちこちが痛い。

 ベッドに寝ているようだが、激痛のおかげで一気に目が覚めた。


 痛みを我慢してわずかに上半身を起こし、周囲を見回す。

 ここは……どこかの医務室か? 重力の感じからして、月にいるのは間違いない。けど内装がえらいシンプルというか無骨だから、月面ホテルとは違う気がする。


「あ、二条伍長! 目が覚めたんですね」


 気づかなかったが、頭の真横あたりに人がいた。宇宙に出たときのシャトルで一緒だった、軍医の若い男だ。


「気分はどうです? 吐き気とかありませんか?」


「……それは大丈夫。でも……なんだろう、音の聞こえ方が変だな」


「それはきっと、左耳の負傷のせいですね。ほとんど耳たぶがなくなっている状態なので……」


 そうだった。LAWSのやつに、耳をぐちゃぐちゃにされたんだった。


「鼓膜は無事でしたので、聴覚そのものに問題はありません。聞こえ方が違うのは不便でしょうが、地球に帰れば再生手術を受けられます。ちゃんと元に戻るので、安心してください」


 ……再生手術か。いつぞや明美に噛み千切られた右耳は長らくそのままだったが、さすがに今回の左耳は戻すかな。音の入ってくる方向がわかりづらいから、これじゃあ日常生活はもちろん、戦闘にも支障をきたしてしまう。


「他は大丈夫ですか? どこか違和感とかあります?」


 軍医くんは丁寧に質問を重ねてくる。おかげで、肝心なことを伝え忘れていた事実に気づいた。


「そういえば、全身が痛かったわ。激痛で目が覚めたくらいに、めちゃくちゃ痛い」


「わかりました。痛み止めを入れましょう」


 彼は椅子から立ち上がると、私に繋がってる点滴に色々と手を加えていく。

 とりあえず、私は気になっていたことを聞いた。


「あのさ、くっついてる私の左腕だけど、これって手術うまくいったの? 感覚はあるんだけど、指があんまり動かなくて」


「あ、無理に動かしちゃだめですよ。大丈夫、ちゃんと神経とかも全部繋がってます。手術の直後だから不具合は出るでしょうけど、時間がたてば少々のリハビリで元に戻るはずですから」


「そうなのか。……良かった、それを聞いて安心した」


 LAWSを倒したときは達成感が大きかったから気にならなかったが、やはり腕を失うのはきつい。元に戻ると言われて、私は本当に心の底からホッとした。


「あと、右膝も元に戻ってますからね。切り取られた肉片を回収して、左腕と同様にくっつけたんです。ま、膝回りはがっちりギプスで固定してますから、動かしたくても動かせないでしょうけど」


「そいつはありがたい。君が手術してくれたのか?」


「いえ、僕じゃなくて馬場少尉です。……とんでもないですね、あの人は。手術の経験がないばかりか、医療免許さえ持ってないのに、参考動画を少し見ただけで完璧に腕を繋いでみせたんですから。本物の天才ってのを、初めて目の当たりにしましたよ」


 そうか。ヤツが治してくれたのか。なら、問題なく元に戻るだろう。


 私が安心して枕に頭を沈めると、軍医くんは表情を引き締めて別の話を切り出した。


「ま、雑談はここまでにして……会話は問題なくできますね? 二条伍長」


「うん、まあ」


「では、隊長を呼びます。あなたが起きたら呼ぶように言われてましたから。その後で、改めて健康状態のチェックをしましょう」


 そうして彼はタブレットを持って部屋を出て行った。


 三十秒もせず、隊長が医務室に入ってきた。ファーマメント奪還後に感極まって私を抱き締め、それで明美に睨まれていた男だ。


「……やってくれたな、ニジョー伍長。色々と」


 開口一番、隊長は低い声で言った。


「忘れているのかもしれないが、君はアメリカ軍人だ。ゆえに、規律を無視し、踏みにじった罰をうけてもらう。よろしいか」


「……はい」


 私は神妙に返事をした。軍医くんの腰が低かったから忘れていたが、私は彼らを裏切ったのだ。隊長の怒りを買うのは当然だろう。



 明美から話を聞いたらしく、隊長はこちらの事情を概ね把握していた。

 テロリストたちを殺すために部隊に参加した、という話を私自身からも聞きだし、隊長はその後に査問委員会の説明をした。


 命令無視や情報の隠蔽という軍規違反もそうだが、なにより私は軍命に背く形で大量殺人を行っている。いくら相手が稀代の犯罪集団とはいえ、法治国家としては重い裁きを下さないわけにはいかないだろう。

 軍の査問委員会はそうした私の犯罪行為諸々を調査し、裁定を下すらしい。すんなり判決が決まらない場合は、軍法会議が開かれてさらに大きい裁判へと評定の場が移されるのだとか。


「正直に言えば、私の胸の内はかなり複雑だ」


 ベッド脇の椅子に座る隊長が、疲れきった顔で言った。


「ニジョー伍長にとっては、我々は仲間というより邪魔者だった。場合によっては、攻撃して排除する予定すらあったのだろう? まず、それがとても悲しい」


「………………」


 なにも言えない。弁解の余地は一切ない。


「そしてなにより、あのホテル内での惨劇だ。テロリストたちを殺す際の動画を見させてもらったが……誇張なしに、吐き気を催すものだった。無抵抗の相手を作業のように淡々と殺していくなど、まともな人間のできることではない」


 私を見据える隊長の視線が、一際鋭くなる。


「君は娘をやつらに殺されている。だから、君のやったことを支持する人間はそれなりにいるだろう。だが、『大義名分があればどんな悪行も許される』というのは、テロリストたちと同じ考え方だ。――あえてはっきり言おう。君はクズだ。少なくとも、君が殺した連中と同程度には」


 ……ここまでずっと、私の身近には私を肯定してくれる相手しかいなかった。だから隊長の言葉はかなり刺さった。否定しようもない真っ当な評価だからこそ、受け入れざるを得なかったのである。


「…………だが」


 隊長は目をつぶり、眉間をつまんで押さえた。


「一方で、ニジョー伍長がLAWSもどきを倒した功績は、凄まじく大きい。その活躍がなければ、あれへの処理に我々は多大なコストと時間をかけるはめになっただろう。下手をすれば、犠牲者も大勢出たかもしれない」


 目を開けると、隊長は複雑そうな目で私を見つめてくる。


「そういう意味では……君は英雄だ。称えざるを得ないし、自らの犠牲を省みずに戦った勇敢さも素晴らしい。君がLAWSを倒したときの動画を見させてもらったが……正直、胸が震えたよ。まるで映画のクライマックスシーンのような、とんでもない戦いぶりだった。その満身創痍の姿を見る前だったら、CGや仮想空間で作られた動画だと疑っていたくらいさ。だから……あれを現実にやってみせた人間がいると知れば、誰しもが思うはずだ。『彼女は英雄に違いない』、と」


 隊長はようやく言葉を切り、自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 ……なるほど、彼の中には二つの相反する私への評価があるらしい。それは確かに、複雑な心境だろう。


「まあ、私としての意見はそんなところだが……問題はまだある。それは、ニジョー伍長が復讐を終えていないということだ。――ファーマメントで捕らえられ、地球に移送されたテロリストたち。君は彼らも殺すつもりなのだろう? ババ少尉から聞いた」


 そこまで明美は喋ったのか。なら、隠し立てはできないだろう。


「……ええ、そのとおりです。娘を殺したテロリストたちを、すべて殺すと決めたので」


「それについてなんだが、我々から君に提案がある」


「提案?」


「政府側から打診があってな。まず、彼らを死刑のある国に収監する。そして全員に死刑判決を与え、その執行役を君に任せる。そうすれば、法に乗っ取った形で君は復讐をやり遂げられるというわけだ。……どうだろう、これなら納得できるか?」


 思いもよらない話に、私は唖然とした。


「そ、それって……国が一個人に殺人を許すってことじゃないですか。そんなの、本当に可能なんですか?」


「もっともな疑問だが、それだけのことをしたのだよ、君は。サディクを殺した動画が世界に出回ったせいで、もうニジョー伍長の存在と功罪を隠すことはできない。殺人鬼でもあり、英雄でもあり、母親でもある君は、人々から多大な注目を集めている。その動向は、これからの人類社会を大いに揺るがすだろう。良い方向にも、悪い方向にもな。それこそ、各国政府が苦慮するほどに」


「だから、国としては穏便に私のあれこれを片付けたい……ってことですか」


「そのとおりだ。まあ……ババ少尉が色々と立ち回ったおかげのようだがね。まったく、恐ろしい女性だよ、彼女は。各国の政府高官とパイプを持ち、あっという間にさっき話した計画の筋道を立ててしまったのだから。とてもじゃないが、私なんかが部下にしていい人じゃない」


 どうやら、明美はまたしても私のために一肌脱いでくれたらしい。

 その交友関係の広さや人脈は、ヤツを殺すには非常に邪魔なのだが……まあ、今は素直に感謝しとこう。


「で、話は戻るが、さっき言った形で復讐を遂げることに、君は同意するかね?」


「……ええ、わかりました。それでいいです」


 私がそう答えると、隊長はあからさまにホッとした顔をした。


「そうか、それは良かった。いや、ババ少尉も半信半疑だったからな。ニジョー伍長がこの提案に納得するかどうかは。だが君が受け入れてくれた以上、話はそうした形で進んでいくだろう。これでようやく、今回の事件が丸く収まる目処が立ったわけだ」


 ……どうも今の私は、世界レベルで厄介な存在となってしまったらしい。

 しばらくは大人しくしたほうが良さそうだな……。色々な意味で。


「とはいえ、ニジョー伍長への軍の裁きは別だからな。そちらも手心は加えられるだろうが、さすがに無罪放免とはいかんだろう。その覚悟はしておいてくれ」


「わかりました。……あなたたちに申し訳ないって気持ちはあるんで、罰はしっかり受けるつもりです」


「……そうか。今の言葉、司令官に伝えておこう。他の隊員たちにもな」


 そう言うと、隊長は椅子から立ち上がった。


「私の用は済んだ。後はお互いにとって事がいい方向に進むよう、祈るとしよう。では、また後でな」


 そして小さく目礼をすると、隊長は部屋を出て行った。



 ――終わりが、ようやく見えてきた気がする。


 碧が死んでからずっと、先の見えない道を無我夢中で突っ走ってきた。けれど、無事に終点直前までたどり着けたようだ。


 あとはもう、しっかり罪を償おう。隊長の言っていたとおり、私が許されざる虐殺行為を働いたことには違いないのだから。

 懲役刑を食らえばまた服役生活となるのだろうが……仕方ない。もやもやを抱えたままじゃ、明美を殺しにいけないからな。


 そう、すべては明美を気持ちよくぶっ殺すためだ。

 それこそが、私の進むべき本当の道。やることやって自由になったら、今度こそヤツを殺す計画を前に進めなければならない。

 いまや家族のように親身な関係となってしまったが……たとえ碧の死に匹敵する悲しみを負うことになっても、私は明美を殺さなくてはならないのだ。


 だが、テロリストたちを大勢殺し終えた今、新たな疑問が浮かんできた。

 明美を殺したとして、そのあと私はどうすればいいのだろう?


 ヤツを殺すことで、おそらく死にたくなるほどの罪悪感を抱くだろうが、その感情はどうやって処理すればいい? 刑務所に入ったところで、その罪を忘れたり、帳消しにはできないはずだ。


(――――後を追うしかないか、私も)


 すんなりと、そんな考えが生まれてきた。

 それはすぐさま私の思考の根底に根付き、人生の新たな指針となる。


 そうだな。

 明美を殺したら、私も死のう。それが一番いい。


 パズルのピースがはまったような感覚があった。静かな満足を感じ、私は再び眠った。

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