56歳・26
『念入りにドローンで調べましたけど、地下一階、二階には誰もいませんでした。こいつを除いて』
ルウの隣の椅子には、一人の浅黒い肌の男が縛りつけられている。
動画より多少ひげが濃いが、犯行声明に映っていたテロ組織のリーダー、サディクに違いない。
場所は地下一階のスタッフルームで、さきほどLAWSと激闘を交わした場所からはさほど離れていない。奥のほうはファイルの入っている棚やら机やらがあって、事務仕事をするスペースとなっている。
そんな事務室の壁際にルウは立っており、そばには椅子に縛られたサディクがいた。
明美に背負われて部屋に入ってきた私は、ちょうどその男と目が合った。サディクは眉を持ち上げ、感心したような声を出す。
「……やあ、ご婦人。まったくもって驚いたよ。あの凶悪なスーツの中身が、あなたのような壮年の女性とは」
もうぶっ殺したくなってきた。コイツの声を聞くことにすら抵抗がある。
が、今はほとんど体が動かないので、銃の引き金さえ引けない。先ほど話し合ったように、ルウに任せるほかないだろう。
『さて、じゃあ満を持して殺しちゃいましょうか』
サラリとルウが言った。が、明美がそれに首を傾げる。
『あら、目的やらなにやらを、まずは聞き出すんじゃなかったの?』
『二人が来る前にざっと聞いたんで、大丈夫です。それに普通には殺さないんで、ご安心を』
くっくっく、とサディクが笑った。
「いわゆる私刑か、君たちの目的は。かまわんよ、遠慮なく殺したまえ。死ぬまで刑務所で過ごすよりは、そのほうがよっぽど誇らしい」
『いやいや、普通の殺し方はしないって言ったでしょう』
すると、ルウは注射器の針をサディクの首に突き刺した。急な痛みに、サディクが呻き声をあげる。
「ぐっ……。じ、自白剤でも注入したのかね。隠していることなど、特にないのだが」
乱暴に針を刺したせいか、サディクの注射跡から血がとめどなく垂れていく。
『ご心配なく。これはそこまで思考を奪うもんじゃないですよ。ただ、ちょーっとだけ鬱な気分になるってだけで』
私は眉をしかめた。あいつ……いったいなにをするつもりだ?
およそ五分後。
「私はっ、英雄になりたかったんだっ! ちやほやされて、それで、父さんやバシャルを見返してやりたかった!」
さきほどのキザったらしい口調が嘘のように、サディクは泣き喚いていた。
ルウはやつに注射を打ったあと、指を切り落としたり、過去のトラウマを抉ることで、その精神を追い詰めていったのである。
「だって、どいつもこいつもわかってないんだっ! 私がいかに優秀で、才能に溢れているかを! 出会いや機会に恵まれなかっただけで、人類に名を残すレベルの偉人だということをっ!」
『ふむふむ、だからあなたはシャクルトン同胞団を結成し、有名になろうとしたわけですか』
「そうだともっ! 他に理由なんてあるか? 政治家や有名人は馬鹿ばっかりで、何を言ったって理解できないし、聞きもしないんだ! なにやったって無駄っ! 世界は変わりっこないっ! だったらいいじゃないか、私の才能を知らしめるために世界をぶち壊したって!」
サディクは涙や鼻水や涎で、顔をぐちゃぐちゃにしている。その表情は歪みすぎていて、笑っているのか泣いているのかすらわからない。
はっきり言えるのは、こいつがこれまで醸し出していたカリスマ性は、木っ端微塵に消え去ったということだけだ。
『では、今回のテロを起こすに当たって、あなたにはなんの理念もなかったわけですね?』
「理念? ハッ! そんなもの、自分が頭いいと思ってる馬鹿どもが、なにかしらの言い訳に使うものにすぎない! 同胞団のマヌケどものようにな! 私はな、私の素晴らしさと偉大さを歴史に刻み付けられれば、それで良かったんだよっ! そして、そして私はやり遂げたっ! 私の犯行声明の動画の再生数を知ってるか? 億だぞ、億! 最後に確認したときは、1億3881万209回だったっ! 今はもっと増えてるはず! ハハ、フハハハハハハッ!」
『なるほど。サディク氏のことがよくわかりました。ご協力に感謝します』
ルウは銃口を男の頭に向け、弾を発射した。
部屋に響いていた笑い声が銃声にあっけなくかき消され、代わって周囲に血肉が撒き散らされる。
『カットでいいかしら?』
『ええ、ここまでです』
明美はサディクに向けていた多機能タブレットを下ろした。サディクが醜態を晒し始めてからずっと、ルウの指示で撮影をしていたのである。
『――ざっとだけど、編集したわ。ついでに、殺す場面を黒塗りで隠した修正版も作っておいた。今そっちに送るわね』
『さすが母上。助かります』
ルウは両手を下ろしたまま、指を細かく動かしている。スーツのインターフェイスを使って、動画のあれこれを操作しているのだろう。
『よし、作業完了。世界中の大きい動画サイトに、今の動画を投稿しました。フェイクじゃない証明も取りましたし、私の企業アカウントを使ったんで、世間は必ず注目するはずです』
「……よくわからんが、それはテロリストどもの名誉に傷をつけるのが目的……ってことでいいのか?」
私が訪ねると、ルウは『もちろんです』と答えた。
『連中――シャクルトン同胞団の掲げた目的は、さっきサディクが暴露した内容と大して変わりません。でかいことして、目立って、自分らとその主張をアピールしようって腹積もりだったようです。なのでああした動画を撮って、テロリストたちを馬鹿馬鹿しい存在に仕立ててやったわけですよ。そうすりゃ、連中を革命家として持ち上げてた人たちの熱も、比較的すぐに冷めるでしょう』
「……なるほど、ルウのやってることの意味はわかった。でも……テロリストたちの行動が腑に落ちない。注目を集めるためだけに、自殺なんてできるもんなのか」
『何に価値を置くかなんて、人それぞれよ。――他人から見たら下らないし、理解もできないけど、当人にとっては命よりも大事。そんな歪なこだわりを持つ人間は、決して少なくないもの。私と玲ちゃんが、まさにそういうタイプじゃない』
――確かに、言われてみればそうだ。
明美の説明を聞いて納得できたが、そのせいか、死んだテロリストたちが哀れに思えてきた。あの世に送ってやったためか、すでに殺意は綺麗さっぱり消えたし、恨みや蔑視の感情も薄れてきている。
私は心の中で連中に手を合わせた。一応は冥福を祈ってやろう。
お互い酷い立場とはいえ、それくらいは許されると思った。
…………というか、眠い。
敵のボスを倒し、張り詰めていた意識が一気に緩んだからか、急速に眠くなってきた。
「……すまん、ちょっと寝るわ。後は任せる」
そう言って、私は明美の背に頭を預けた。
『ゆっくり休んで、玲ちゃん。事後処理もあなたの治療も、しっかりやっておくわ』
「ああ、頼む…………」
思考がすでに、泥の中のように重い。
明美になにもかもを任せ、私は意識を手放した。




