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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
76/174

56歳・25

 先ほどの私と同じく、ルウがコンテナの盾を持って飛び出す。


 途端、LAWSの嵐のような銃撃が再開し、ルウを襲った。彼女には腰紐がついておらず、いざというときの保険はないため、その動きはかなり慎重だ。


 敵が再び片方のみに着弾を偏らせる攻撃をしてきたため、ルウはそれを適確にいなしつつ、じわりじわりとゆっくり進む。

 その向かう先は正面ではなく、左だ。さっきの私とは違い、ルウは左側の壁へ向かって移動をしている。


 私は階段上で待機し、ルウの視界映像を見つつ、心を平静に保つよう努力していた。

 私がしくじって死んだ場合、フロア入り口から遠くに来ているルウもかなり危ない。助けてくれる相手がいないから、さっきのように敵が奇策を使った場合、あっさり殺されてしまうかもしれない。


 つまり、今の私は自分だけでなく、ルウの命も握っているのである。

 彼女は長らくゲーム世界で一緒だった友であり、今では半ば娘のようにも思っている。絶対に死なせるわけにはいかない。

 だからこそ私は雑念を捨て、適度に集中して凪のような心地を維持し、タイミングを来るのをひたすらに待った。


 二、三分ほどかけて、ルウがようやく壁際に到達した。壁に体を預けられるから、盾が破られない限り安全性は増すだろう。

 いよいよ私の出番だ。


『ふうっ、ふうっ……れ、玲さん、いつでもいいですよ』


「よく頑張った。けどあともう一回、頼むぞ」


『りょ、りょーかい、です』


 ルウはだいぶ疲弊している。が、ここで焦っちゃいけない。

 私は階段下の入り口に向かって、煙幕筒と閃光爆弾をアンダースローで立て続けに投げ込む。中に入った直後にLAWSに銃弾で迎撃されたようだが、問題ない。敵の高性能センサーはこの程度で撹乱できないし、0.1秒でも反応を遅らせられれば、それでいい。


 ジェットパックを起動し、私はすぐさま入り口へと飛び込む。

 壁際にいるルウは、まったく同じタイミングで銃を盾から出しているだろう。だからLAWSは迷うはずだ。

 室内に飛び込んできた敵を迎撃するか、壁に追い詰めた敵の銃を落とすか、あるいは別々の銃で二人を同時に狙うか。


 できればおとりのルウを狙ってほしいが、このへんはもう祈るしかない。

 とはいえ、こうした小さい対策を積み重ねれば、多少なりとも私の被弾率は下がるはずだ。わらにもすがる思いだが、わらを幾つも束ねればうまくいく可能性はぐっと高まるに違いない。


 階段からの通路を抜け、室内に入ったと同時に、私は床を蹴って右側に飛んだ。ジェットパックも真横に噴射させ、全速力で右へと移動する。


 ここまで、敵の銃撃はない。

 おそらくルウへの対処を優先したのだろう。盾も銃器を持っていない私の姿を確認し、警戒度を下げたのかもしれない。


 ――バカめ。その判断ミスが、お前の敗因だ。


 入り口付近に溜まっていた煙幕から、高速で移動する私が飛び出す。

 その体には、ヘルメットを含めた一切の装甲をまとっていない。私は重量のある外装の大半を外し、その下の筋力増強スーツとジェットパックのみでこの場に飛び込んだのである。


 装甲を捨てたことで、移動速度は格段に増した。が、同時に防御力がごっそり失われ、今の状態では拳銃の弾すら防げない。

 ――つまり、敵の弾をたった一発でも急所に食らえば、私は確実に死ぬ。

 作戦に必要だったとはいえ、背水の陣ってやつを実行するはめになったわけだ。


 とはいえ、別に悲観することじゃない。殺される前に相手を殺せば、それですべてが丸く収まる。まあ死んだら死んだで、そのときは悪いが明美に後を追ってもらうとしよう。


 以上のことから、私は先ほどとは比較にならないスピードで飛んでいた。

 入り口から弧を描く形で敵に向かっており、風圧が凄まじいから目を限界まで細めている。

 だが、決して敵からは目を逸らさない。

 魚の骨のような機械は、頭のカメラをこちらに向けつつあった。同様に銃を持つ四本の腕も私を捕捉しようとしているが、やはり遅い。


 相手のそうした反応を確認し、私は一気に内へと切り込む。

 敵の銃による迎撃は間に合わない。その前に至近距離へと達することができるだろう。


(――よし! いけるっ!)


 勝利を確信し、私は高速で飛行しつつ武器を構えた。右手には、超高電圧を流す警棒を握っている。こいつをLAWSの頭の付け根あたりに叩き込めば、一発で電子回路やらなんやらを破壊できるという寸法だ。


 そして、いよいよ敵が目の前に迫る。

 飛び込んできた勢いそのままで、私は警棒を振りかぶった。攻撃を当てると同時に逆噴射でブレーキをかけるので、その準備もする。


 だが、いざ攻撃を叩き込もうとした瞬間、背筋にぞくりと悪寒が走った。

 敵の背面――入り口からは死角となっている場所に、もう一本腕があった。敵の背骨に張りつくように折り畳まれており、腕の先には剣のような鋭い刃がついている。

 それが、私の目の前で一気に展開したのである。


 まるでバネ仕掛けのように、刃が凄まじい速度で水平に振るわれる。完全に私の胴を真っ二つにするコースだ。

 すでに逆噴射しかけているので、ジェットパックによる回避はできない。空中にいるから、それ以外の方法で体勢を大きく変えることも不可。


 私はすでに、右手の警棒を半ば振り下ろしている。しかし反射的に、敵が繰り出してきた剣に左腕を差し出した。

 刃が通る軌道に対して斜めになるよう、腕をぶつけにいく。同時に、体を全力でえびのようにそらせ、剣の攻撃範囲から逃れることを祈る。


 瞬きひとつにも満たない時間を挟み、私とLAWSは激突した。


 攻撃が早かったのは、あちらだった。細腕によるものとは思えない強烈な斬撃が、横一線に繰り出される。

 それに真っ先に当たった私の左腕に、刃はいとも簡単にくい込んでいった。やっぱり普通の剣じゃない。高周波ブレードとか、そんな感じのやつだろう。敵の刃は私のスーツを破り、肉を裂き、骨を断ち、恐るべき威力でこちらの腕を両断していく。


 だが、左腕を叩きつけるように剣にぶつけたためか、切られた勢いで私の体がほんの少し上に持ち上がった。剣の軌道からは逃れる方向にだ。


 しかし、加速している意識が痛みを認識する。

 斬られた。

 下半身のどこか――あるいは下半身そのものが、斬り取られてしまった。


 苦痛、絶望、諦め。


 ほんの一瞬で、幾つもの感情が私の中を吹き荒れる。だが、結局確かな存在感を持つものはひとつだけだった。

 殺意。このクソ機械をぶっ壊すという、強い意志。


 気づけば、私は警棒を敵の背骨にぶち当てていた。

 最大出力で電気パルスを流し込むが、思いのほか相手はもろく、打撃の勢いでLAWSの首がへし折れる。


 逆噴射のブレーキが半端だったため、右半身が思いっきり敵にぶつかった。勢いを殺しきれず、私の体はそのまま床に転がってしまう。


 ……やったのか? 倒せた?


 全身がぐちゃぐちゃに痛みながらも、私はどうにかして顔を持ち上げ、すぐそばのLAWSを見上げる。

 真っ直ぐに立っている魚の骨。その頭が、ガクリと折れて垂れ下がっている。武器を持つ複数の腕は止まっており、ルウにも私にも狙いはつけられていない。


 一瞬、それらがぎこちなく動き、銃口をこちらに向けようとした。

 ビクリとする私だったが、敵はすぐ停止し、そしてすべての腕は脱力したかのようにダラリと下ろされる。


 ……今度こそ死んだか? み、見た目じゃわからん。


 などとハラハラしていたら、室内にジェットパックの噴射音が響いた。ルウが全速力でこちらへ突進してきたのである。


 彼女はコンテナを持ったままLAWSの真上に来ると、空中で反転し、天井を思い切り蹴った。そしてコンテナを振りかぶり、それをハンマーのごとくLAWSへと叩き込む。


 ズガァン、という鈍い轟音とともに、振動が床を揺るがす。


 一呼吸置き、ルウは地面に突き刺さったコンテナをふわりと持ち上げた。

 落下の勢いとともに繰り出された一撃は見事に敵を粉砕し、白い背骨やら腕はバラバラに砕け散っている。やつが使っていた銃も、ほとんどがぐちゃぐちゃだ。

 が、頭の三角錐――LAWSオリジナルの部分は無事だ。それどころか、ほとんど傷もついていない。


 ……やはり、こいつが台湾紛争で使われたヤバイLAWSというのは、本当なのだろう。元の完全スペックの状態がどれだけ強かったのか、想像すらつかない。


 敵が完全に沈黙したことを確認し、ルウはコンテナを投げ捨ててこちらに駆け寄ってきた。


『……あーあ、えらいことになってますね。応急処置するんで、待ってください』


 私を見下ろしてそう言うと、ルウは腰のふろしきを解いて救急パックなどを取り出した。


「……い、意味、あるのか? 応急措置」


 なんとか声を絞り出し、私はルウに尋ねる。


『どういう意味です?』


「だ……だって、ついてないんじゃないか? 私の下半身。体の感覚がメチャクチャで、よくわかんないんだが」


『安心してください、ついてますよ』


 ルウは私の太ももをペシペシと叩いた。私はホッとし、息をつく。


「ふー……、良かった。無事だったか」


『いや、ぜんっぜん無事じゃないです。右足の膝頭がスッパリ切り取られてるんで。当分歩けないですよ、これ』


「うわあ、マジか」


 まあ、最近の医療は発達してる。たぶん治るだろう。


『っていうか……足より左手ですよ。こっちは肘から下がなくなってるんですけど、それわかってます?』


「……そういや、そうだったわ」


 なんかもう、命が助かっただけでラッキーって気分だから、腕をちょん切られたことも忘れてた。全身が麻痺してる感じで、痛みもほとんど感じないし。


 ルウは私の左腕の断面に止血用のジェルを塗りながら、周囲に視線を向ける。


『飛ばされた腕、どこにいきました? 繋げるためにも回収しないと』


『ここにあるわ』


 明美の声が耳のインカムではなく、やや離れたところから響いてきた。

 体を少し起こしてそちらを見ると、白い宇宙服がふわりと浮かんでいる。そして、私の切断された腕を両手で大事そうに抱えていた。


「来たのか、明美」


『ええ。裏方の仕事はもう終わったから』


 明美の着ている宇宙服は民間用だから、顔の部分がガラスとなっている。だから気づいた。明美は涙を流していた。


「……なんで泣いてんだ、お前」


『そりゃあ、泣くわよ。玲ちゃんが死んだと思ったし、生きてて嬉しいし、大怪我は痛ましいし』


「…………そうか」


 場の空気が、一気にしんみりする。

 大量出血している私の膝にジェルを塗りつつ、ルウが努めて明るく言った。


『いや~、私もびっくりしましたよ。玲さんが敵に激突したと思ったら、なぜか腕が一本千切れてるんですから。いったい何が起こったんです? ビームでも撃たれたんですか?』


『違うわ。敵は体の後ろに、剣を隠していたのよ。接近してきた玲ちゃんを、それで迎撃したの』


『隠し武器ってやつですか。えげつねぇ』


『でも、玲ちゃんはよく避けたわ。直撃したら、胴体がまるごと切断されていたもの』


『マジですか……。ああ、だからさっき、玲さんはあんなこと言ったのか』


 ルウが納得してくれたようでなによりだが、お喋りをしている二人を見て重要なことに気づいた。


「……明美、他の部隊がここに来るまで、あとどれくらいかかる?」


『最速で十分弱くらいね。まあ、玲ちゃんが動けるなら、最後の仕上げをする時間くらいはあると思うけど』


 十分あれば、サディクとやらを始末できるだろう。問題は私が動けるかどうかだが……。

 

 ルウが応急措置を終えてくれたので、立ち上がろうとする。が、無傷の左足と右手を使っても、うまく体が動かない。疲労や痛みじゃなく、なぜか空腹時のような脱力感が全身を満たしていた。


「な、なんだ? 立てない……」


『おそらく、体内のマイクロマシンのせいね。あれにはスーツの性能向上だけじゃなく、痛み止めや、怪我をした場合に治療を促進する機能もあるの。今は筋肉を分解してエネルギーに変換してるみたいだから、しばらく動けないわ』


「マジか……」


『なるほど。例のマイクロマシンは、大怪我をするとこういう挙動を取るんですね。覚えておきます』


 いや、感心するのはけっこうだが、私はこの状態、めっちゃ困るんだが……。

 などと困惑していたら、明美が手前にしゃがみこみ、私を背負ってくれた。


『さ、残った仕事をちゃっちゃと済ませましょう。じゃなきゃ、玲ちゃんは治療を受けてくれないんでしょ?』


「……まあな。しばらく足代わりを頼む」


 明美におんぶしてもらうのは初めてだから、妙な気分だ。そして気づけば、ルウはすでに前を走っている。


『じゃ、私は先行してテロリストたちを確保しますね。サディク以外は殺しちゃいますけど』


「ああ、わかった」


 明美の背中に揺られつつ、低重力を飛び跳ねる黒いスーツを見送る。が、密着している明美が突如、物騒なことを言ってきた。


『どうする、玲ちゃん。奥にもう一体、さっきのLAWSがいたら』


「……縁起でもないこと、言うんじゃねぇ。そんときは……まあ、諦めるしかないな」


『良かった。最低限の冷静さは残ってるみたいね』


 ……冗談なのか、何かを試してるのか、さっぱりわからん。明美のこういうところは嫌いだ。

 しかしふと、あることに気づく。


「お前、なんで室内なのに真空用のヘルメットしたままなんだ。ここは空気あるぞ」


『そんなの、顔むき出しの玲ちゃん見ればわかるわよ。私がヘルメットを脱がないのは、匂いをかぎたくないってだけ』


「なんの匂いだ」


『玲ちゃんの体の匂いに決まってるじゃない。だって、かいだら食べたくなっちゃうもの』


 明美は持っている私の左腕を掲げた。なるほど、ヤツにはあれがご馳走に見えてるらしい。

 というか……よく見たら明美の口端が濡れている。あれは涎か。一瞬涙の流れた跡かと思ったが、全然そんなロマンチックなもんじゃなかった。


「そんなに食いたいなら、食ってもいいぞ。今なら骨付きチキンみたいで食いやすいだろ」


『……馬鹿なこと言わないでちょうだい』


 馬鹿を言ってんのはお前だろ、とつっこみたかったが、割とマジに怒ってる口調なのでやめておいた。


 ……あー、いかん。気が緩んできている。まだ終わったわけじゃないってのに。


 私はテロリストたちの顔を思い浮かべ、萎えかけている殺意に喝を入れた。

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