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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
75/174

56歳・24

 ふと、目をパチリと開けた。


 耳と足が激烈に痛み、全身が妙に重い。いや、軽いのか? 体の状態がよくわからない。

 と思ったら、ヘルメットが外れて顔がむき出しになっている。 

 そうしてようやく、私は自分が意識を失っていたことに気づいた。


「……どんだけ寝てた?」


『三分程度ですよ。気分はどうです?』


 ルウが、私の左耳にジェルのようなものを塗っている。手当てをしてくれていたらしい。


「……なんか、妙に疲れてるな。集中しすぎたか」


 脱力し、呟くように答える。すると、脇に置いてあるヘルメットのスピーカーから、明美の切羽詰った声が響いた。


『……間一髪ってもんじゃないわよ、玲ちゃん。助かったのは奇跡だわ。見ていてこっちが死ぬかと思った』


「……はっ。そのまま死ねばよかったのに」


 憎まれ口を叩く私に、明美はどでかい安堵の溜め息を返す。間を空けず、ルウが私の隣にどっかりと座り込んだ。


『ふー、応急処置終わりっと。あ、左足のつま先も止血してますからね。もちろん、そっちも耳も、すぐ本格的な治療が必要ですけど』


「すまん、助かった」


 私は素直に礼を言った。怪我の処置だけでなく、さっき紐で後ろから引っ張ってくれたことに対しても、感謝してもし足りない。

 誇張なしに、ルウがいなければ私は死んでいただろう。


『どういたしまして。んで、これからどうします? なんか他の部隊が、こっちに来てるみたいですけど』


「む、そうなのか?」


 私の問いに、明美が答える。


『ええ、頑張ってごまかしてきたけど、さすがに限界がきたみたい。色々怪しまれちゃって、アメリカの部隊が向かってきてる。早ければ二十分ほどで到着するわ』


「……つまり、タイムリミットは二十分ってことか」


 腕組みをし、ふーむと唸った。さて、あの化け物をぶっ殺す方法を、再度考えるとしよう。


『……玲ちゃん。もしかして、LAWSを倒すの全然諦めてない?』


「当然。だって、情報は色々取れただろ。それを活かさなきゃ、なんのために体張ったんだってことになる」


『いやー……玲さん。損切りって言葉知ってます?』


「儲からないと思われる株を早い段階で売り捨てる、みたいな意味だったか」


『そのとおり! もう勝てっこない。無理です! というわけで、私は撤退に一票入れます。母上は?』


『……意味はないでしょうけど、じゃあ右に同じで』


『はい、二対一で撤退意見の勝ち! さっさと引き上げましょう!』


 無理矢理高いテンションで話を進めるルウに、私は淡々と言った。


「そうか、バイバイ。私は戦ってから帰るわ」


 隣に座るルウはヘルメットを私に向け、信じられないと言わんばかりに頭を傾けた。あの中の顔は、よほど呆れた表情をしているに違いない。


『無駄よ、ルウ。スイッチが入った玲ちゃんは、梃子でも動かないわ』


『……マジですか。死に掛けたってのに、まだやる気があるだなんて。ちょっと理解が及ばないです』


『いつかあなたにもわかるわよ。玲ちゃんのように、譲れないものができればね』


『……いや、母上はいいんですか。玲さんが死んでも』


『そのときは私も死ぬだけよ。もちろん嫌だけど、とっくに覚悟はしてるわ。彼女を手伝うと決めたときから』


『………………』


 なんかルウが論破されたので、私は話を進めた。


「よし、あのクソ機械をどうやって黙らせるか、方法を考えよう。時間もないことだしな」


『さっきからずいぶん前向きだけど、手がかりでも見つけたわけ? 玲ちゃん』


「ああ、なくもない」


 ついさっきの死闘において、真横に飛んだときのことを私は思い起こす。


「ジェットを噴かせて右に高速移動したとき、敵の追撃が妙に遅かった。ちょっと動画で確認してくれないか?」


 私のスーツのカメラが撮影したものは、三人で共有しているデータベースに保存されている。ヘルメットを外しているから、今の私は見れないが。


『…………確かに、反応が遅れてるわね。いや、反応というより、銃を向ける速さが玲ちゃんに追いついていない感じ。腕の旋回機能に限界があるのかしら』


『細かい照準合わせは高速でできるのに、大きい照準合わせは手間取るってことですか?』


 気になったらしく、ルウが話し合いに戻ってきた。


『そういう構造的欠陥があるのかもしれない。この腕のパーツは元のLAWSにない後付けのものだし、オーダーメイドで作られた検証不十分のものだとしたら、十分ありえるわ』


 光明が見えてきたので、私はパッと思いついた案を披露する。


「銃の旋回速度に限界があるとして、それなら横に高速移動をし続ければ、銃撃を受けずに済むわけだ。つまり敵の周りを全速力でぐるぐる回って、そこから徐々に距離を詰めていけば、無傷で敵のそばに辿り付けるんじゃないか?」


『いやー……、それはキツそうですよ。綺麗な新円を描きながら敵の周りを旋回し続けるって、無理でしょ。徐々に近づいてくなら、なおさらです。……でも、移動を全部なんかのAIに任せればいけるか?』


『……ちょっと待って、二人とも。敵の周りを回るってことは、相手は玲ちゃんの追尾を一旦やめれば、すぐ目の前にやってきて銃の照準が合うじゃない。その程度の判断、あのLAWSなら簡単にできるわよ』


『あっ』


「……それもそうか」


 明美にアイデアの根本的欠陥を指摘され、私とルウは押し黙った。

 確かに、敵の周りを高速で回ったとして、相手がそれに律義に付き合ってくれるわけがない。こちらの速度についてこれなくても、待ってるだけで私は正面に再びやってくるのだ。追う必要なんてこれっぽっちもなく、LAWSは勝手に目の前に来た私をそのまま撃てばいい。


 だが、ルウにはすぐに別の考えが浮かんだようだ。


『なら、一周しない程度に旋回して、その間にこっちが銃を撃つってのはどうです? 敵は迎撃できないから、それで問題なく仕留められるはず』


『……いい案ね。一番可能性がありそう。とはいえ、高速移動しながらの射撃になるから、相当に難易度は高いわよ。連射しても、半周するまでに命中させられないかも」


「確かに、賭けになるな。散弾とか榴弾を撃てりゃあいいんだが、私の銃じゃ無理だし。そういう装備はあったっけ?」


『ないですね。手榴弾の類ならありますが……手で投げるんじゃ、さすがに敵の迎撃が間に合っちゃうかなぁ』


「ええと、接近して直接攻撃をぶち込むってのは無理なんだっけか? それが一番確実だと思うんだが」


『さっきも少し触れたけど、速度が厳しいわ。敵に狙いをつけられないよう横に高速移動し、かつ半周程度で距離を詰めるとなると、今の数倍の速度が必要になる。銃を使うほうがまだ現実的じゃないかしら』


『……とはいえ、それもやっぱり確実性は低いんですよね。銃の旋回速度の遅さってのは、良さ気な突破口かと思ったんですが……別の切り口を考えたほうがいいかも』


 時間があるならそれでもいいが、タイムリミットは十数分しかない。サディクの処理を考えるなら、猶予はもっと短いだろう。


 ――実は議論の最中に、私はちょっとしたアイデアを思いついていた。

 他のやり方は無理っぽいので、思い切ってそれを披露する。


「いや、その突破口からいけるぞ。名案をひらめいた」


 私は思いついた策を二人に告げた。



 話を聞いた二人は、どちらもそろって辛辣な答えを返してきた。


『……正気ですか、玲さん。常人の考えることじゃないですよ、それ』


『……ええ、無謀にもほどがあるわ。あなたのアイデアは自殺と同義よ』


「厳しい評価だな。でも、銃撃よりかは成功の可能性が高いんじゃないか? ちょっと速度を計算してみてくれよ、明美」


 明美は数秒間黙り込み、そして低い声で言った。


『速度的にはいけるわ。簡単な弧を描いて接近すれば、すぐ敵の懐に潜れる。半周程度で済むから、相手はどうやってもあなたを捕捉できない。けれど……』


「決まりだな、この作戦でいくぞ。ってわけでルウ、おとり役よろしく」


『え、えぇ~……。マジでやるんですか? マジのマジに?』


「大マジだ」


 あまりに受け入れがたいのか、ルウはがくりとうなだれた。


『玲ちゃん……』


「すまん、明美。けどたぶん、無茶をするのもこれが最後だ。だからお前の力を貸してくれ」


 しばし間を空け、無線の向こうの明美は小さく溜め息を吐いた。


『死んだら許さないからね。死ぬなら私を殺してからにしてちょうだい』


「そんなの言われるまでもない。お前を殺す以上に重要なことなんて、私の人生にはないんだからな」


 そう、だから目の前のつまらん障害に、いつまでも手こずってるわけにはいかない。

 あのクソ機械をぶっ壊し、テロリストの親玉をぶっ殺し、そうしてようやく私は明美殺しに本腰を入れられる。


 決意を新たにし、私は痛みを我慢して立ち上がった。


 ……が、意思に反して体が重い。怪我の影響だけじゃなく、すでに疲労も溜まっている。歳を取ったせいか、こうした体力面は明らかに衰えてしまった。

 だが、心の強さというか、根性は健在だ。こればっかりは、むしろ年々強くなってると言っても過言ではない。


 ――待ってろ、クソ機械。あと五分もしないうちに、お前をスクラップにしてやる。

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