56歳・21
『――無理だわ。撤退しましょう、玲ちゃん』
私たちは今、地下へと続く階段にいる。
そしてついさっき、索敵ドローンのほとんどを同時に先行させた。その結果が、今の明美の反応である。
「どういうことだ」
『索敵ドローンは、また全部破壊されたわ。で、少しだけ映像が撮れた。見て』
ヘルメット内のディスプレイに、画像が大きく表示される。
画像の中では、コンクリートむき出しの広い空間に荷物が雑多に置かれていた。将来はバーやらプールやらを作る予定だとかで、今は建材などの置き場になっているらしい。
だがフロアの中央はぽっかりとひらけており、荷物に変わって別の物体が鎮座している。
魚の骨――とでも表現すればいいだろうか。
そんな感じの、大人ほどの背丈の物体が直立している。
頭の三角錐の塊には目玉のような黒いカメラがついていて、こちらを真っ直ぐ向いている。その下の骨の部分には複数の腕がついており、うち四本は大きなライフルをそれぞれ所持。背面からは床へと複数のコードが飛び出ており、それらは奥へと伸びていた。
つまり、地下にいたのは機械の兵器だった。そいつが侵入してきた索敵ドローンを、ことごとく撃ち落したらしい。
「これは……人間が動かしてるんじゃなくて、AIが制御してるのか」
『そのとおり。しかもオフラインで稼動してるから、完全な自律型。LAWSってやつね』
LAWS。自律型致死兵器システム。
それはあまりに強力で、かつ人道から外れているため、国際条約で使用が禁止されている。
戦争で大々的に運用されたのは、数機に満たない。
だがそれらはすべて、単独で一国の軍隊を壊滅させるほどの戦果をあげている。地雷やクラスター爆弾など比較にならないほどに、LAWSは人間を迅速かつ大量に殺せるのだ。
――先ほどの私たちが、テロリストどもを一方的に虐殺したように。
事態を理解し、壁に寄りかかっているルウはお手上げのポーズを取った。
『参りましたね。核爆弾や毒ガスと同レベルのヤバヤバ兵器が、私たちを待ち受けていると。っていうか……この魚みたいな頭、どっかで見た記憶が』
『第二次・台湾紛争じゃない?』
明美がそう言うと、新たな画像が視界に表示された。
それは戦場の風景を切り取ったものであり、死体が地面を埋め尽くす中を、蜘蛛のような多脚タイプの戦車が闊歩している。
画面端には『WA-02 創新』とあるが、これが兵器のコードネームだろう。そして胴体直上部分には、例の魚の頭がくっついていた。
『まさか……地下にいるのって、こいつですか? 中国軍が投入して、単体で台湾陸軍を壊滅させたっていう』
『その可能性は低くないわ。最後は米軍がトマホークを何十発も撃ちこんで倒したけれど、無事だった中枢部分は中国軍に回収されていた。その成れの果てをテロリストがなんらかの形で手に入れたとすれば、地下の半端な兵器に説明がつく』
「……よくわからんが、そいつはまずいのか? ぶっ壊れまくってる状態ってことだろ?」
『確かに武装は後付けだし、移動能力もないようだけど、たぶんAIは無事よ。で、それが一番厄介なの。銃の狙いをつける速度も、正確さも、人間じゃまったく相手にならない。相打ち覚悟で手榴弾を投げたとしても、それすら瞬時に銃撃で跳ね返してくる』
「私たちのスーツでも無理か? これを貫けるのは対戦車用徹甲弾だけらしいが、画像を見た限り装備してないだろ」
対戦車用の徹甲弾は、その威力ゆえに弾も砲身も巨大なものとなる。戦車でもなければほぼ運用は不可能で、地下のLAWSはそれほどの砲は装備していなかった。
『確かに、そこまで強力な武器は持ってないわ。でもドローンの破壊のされ方からして、敵の四丁の銃のいずれか、あるいは全部が、対パワードスーツ用の軽量徹甲弾を撃ってくるはず。そして軽量徹甲弾を同じ箇所に同じタイミングで打ち込まれたら、さすがにそのスーツでも貫通されてしまう。わかる? 敵のAIはそういう芸当と判断ができる相手なの』
「……なるほど、確かに戦うのはやばそうだな。でもだからって、簡単には撤退できんぞ。私はこの先にいるやつをぶっ殺すために、わざわざこんなとこまで来たんだからな」
明美は私を宥めるように、落ち着いた口調で返す。
『もちろん、それはわかってる。でも、逆に殺される可能性がある以上、安易に挑むのは許せないわ。別の手を考えましょう』
『電源は建物から取ってるみたいだし、そこから攻めるってのはどうです? 発電機を止めるとか』
ルウの提案を、明美はやんわりと否定した。
『さすがにバッテリーとかの用意はあるんじゃないかしら。稼動部分は少ししかないし、電力消費だって少ないはず。もちろん、時間をかければ十分ありの戦術だけど……』
『その前に、味方の部隊がここに来ちゃいますね。んー……じゃあ、EMPを使うってのは? 一応小型のを持ってきてますけど』
『対電磁攻撃用のコーティングがされているから、たぶん無理ね。というか、それだとホテルのコンピューター関連が全滅するわよ』
『それもそうか。……いや~無理じゃないですか、これ』
ルウは匙を投げた。明美も沈黙し、なにやら思案している。
――まあ、明美が即時撤退を提案するくらいだから、まともな打開策がないのはわかっていた。
しかし、その程度で回れ右する程度の覚悟なら、私はここまで来ていない。
「ま、とりあえず一度突撃してみるか」
私は銃を構え、そう宣言した。
『――――話、聞いてた? 玲ちゃん』
「聞いてたさ。でも、お前は最悪を想定しすぎてる。見かけが似てるだけであのLAWSは台湾で暴れたのとは別物かもしれないし、AIの性能だってそんなに高くないかもしれない」
『否定はしないけれど、これまでとは危険性が段違いに高いのは事実でしょ。戦ったら普通に殺されかねないんだから、気軽に戦えるわけないじゃない。違う?』
「私が言いたいのは、先に進むためにリスクを受け入れろってことだ。そもそも、私は五体満足で地球に帰れるとは思っていない。手足の一本二本は失うつもりでこの戦いに身を投じている。絶対的な安全を確保したいお前とは違ってな」
『………………』
明美は黙り込んだ。思考を巡らせているのか、私に呆れているのかは知らないが。
「とにかく、一度攻撃を仕掛ける。そうすればもっと具体的なデータが入るから、退くか戦うかはそれを考慮して決める。……そうだな、盾くらいは持ってくとしよう。ルウ、使えそうな装備はあるか?」
『ええと……敵の銃撃を防ぐためのものはないですね。ステルス用のマントや煙幕ならありますが』
「そうか、じゃあそのコンテナ使うわ」
『へ?』
「だから、コンテナをそのまま中身ごと盾にする。そのへんの家具よりかはずっと頑丈だろうしな。爆発物とか使う予定のがあったら、抜いてといてくれ」
『……マジですか。これ、中身合計したら、余裕で三百万ドルくらいするんですけど……』
すまんな、と言って私はコンテナに手をかける。
『……ちょっと待って、玲ちゃん』
「悪いが明美、お前がなんと言おうと――」
『違うわ、止めるわけじゃない。そのコンテナ、中身を全部取り出して代わりに土を入れましょう。そのほうが盾として機能する』
『……許可出しちゃうんですか? 母上』
『仕方ないわ。こうなったら聞かないもの、玲ちゃんは』
悲観的になっている二人が妙におかしくて、私は鼻で笑った。そして高らかに宣言する。
「両方とも安心しろ。私は明美を殺すまで絶対に死なん。だから、こんな半端なとこでくたばったりするもんか」
正直に言うと、私は燃えていた。
これまでがイージーゲームすぎたこともあり、ようやく現れた強敵に胸が躍る思いだったのである。
『殺し』とは、こうでなくては。
超えるべき分厚い壁が、どんと立ちはだかってくれなくては。
それでこそ、殺りがいがあるってもんだ。




