56歳・19
『オーケー、システムに侵入したわ。少し待って』
無線の向こうで、明美が早口で言った。電子的な処理や状況の把握に、しばし時間がかかるのだろう。
私とルウは今、ホテル入り口のエアロック内にいる。どでかい風穴を開けてしまったのでエアロックとはもう言えないが、とにかくホテルの中だ。
正面にはもう一枚分厚い壁があるため、このままではさっきのように無理矢理穴を開けなければ先に進めない。が、ここには非常用の電話回線が通っており、それを経由すればホテルの管理システムにクラッキングを仕掛けられる。
侵入してすぐ、ルウがその回線に電子機器を取り付け、降下船に残っている明美がハッキングの処理を行っている。管理システムを乗っ取れるかどうかで以後の作戦は大きく変わるので、私はそれが終わるのを固唾を呑んで待った。
『掌握完了。さあ、扉を開けるわよ』
その言葉とともに、目の前のエアロックの扉が左右に開いた。同時に、中の空気がぶわっと流れてくる。
即座に地面を蹴り、私とルウは奥へと進んだ。空気の流出を防ぐためか、二人が通った直後にすぐ扉が閉ざされる。
『監視カメラからの映像が入ったわ。良かったわね、玲ちゃん。武装したテロリストがウジャウジャいるわよ』
「そいつは朗報だ。差し当たり、出迎えはないようだが」
玄関から続くロビーには、ちょっとした庭園が広がっていた。殺風景な外とはうって変わり、植木や池によって地球の自然が再現されていて、ここから先が人間の世界であることを教えてくれている。
しかし、本来なら活気に溢れているであろうロビーには、一切人の気配がない。スーツの索敵機能も無反応だから、物陰に隠れてる敵もいないようだ。
『ざっとカメラの映像を調べたけど、一階には誰もいないわね。半分くらいが二階にいて、残りが三階と四階に散らばってる。ただ――』
「――ただ、なんだ?」
『ホテルには地下一階と二階もあるのだけど、どちらのカメラも反応がないのよね。どうも、全部壊されてるみたい』
「それは確かに妙だな。ま、とりあえず上に進んで敵を片付けていこう。地下はその後だ」
『わかったわ。でも、まずは索敵を済ませましょう。ルウ、お願い』
呼ばれたルウは、持っていた小型コンテナを無言のまま床に下ろした。彼女は私と違ってライフル型の銃は携帯しておらず、様々な兵器の詰まった箱を持ち込んできている。
ルウは薄く折り畳まれていた半透明のドローンを幾つも取り出し、床に置いてそれらを起動させる。
ドローンたちは無音で浮き上がると、天井や壁に張り付く形で次々と建物の奥へと飛んでいった。ステルス機能と高速移動力を持つ索敵用ドローンであり、あれらに任せればあっという間にホテル内の情報が集まるだろう。
十数秒がたち、明美の低い声が響く。
『地下に送ったドローンの信号が消えたわ。フロアに入った瞬間に破壊されたみたいで、何の映像も撮れてない。しかも、三台送ったけど全部同じ結果になってる』
「よほどの精鋭がいるらしいな。ま、雑魚狩りばかりでもつまらんから、いいさ」
『ただ射撃が上手いだけの人間で済めばいいのだけれど……嫌な予感がするわ。もしかしたら……』
「推測は後だ。ともかく上の連中を片付けよう。で、その後残った索敵ドローンを地下に突っ込ませて、また情報を集めりゃいい」
『そうね。上の階の敵はドローンに気づいてすらいないし、そっちの驚異度は低いはず。地下の敵がこちらに来るのを警戒しつつ、二階より上を制圧しちゃいましょう。じゃ、視界に経路を表示するから、それに従って』
ヘルメット内側のディスプレイには周囲の風景が映っているが、それにCGの矢印が追加表示される。
私は地面を蹴り、矢印を追う形で移動を開始した。
が、重力が地球の六分の一だから、凄まじく体が軽い。下手に強く踏み込むと天井に頭をぶつけてしまうので、体重を前に押し出すことを意識し、前傾姿勢となって進んでいく。
ジェットパックを使ったほうが移動は速いが、噴射用のガスは限られているし、敵の出方と位置がわかった以上は急ぐ必要もない。月での重力にざっと体を慣らしたいこともあり、ゆえに私たちは走って目的地へと向かった。
後ろからはルウがぴったりついてきている。が、そういえばさっきからずっと無言だ。
「ルウ、さっきから黙ってるけど大丈夫か?」
『別に、用がなければ何も話さないのは普通では? 作戦行動中なんですから』
「それもそうか」
憎まれ口を即座に叩くのなら、フォローの必要はないだろう。
――と、思いきや。
『……すいません、強がりました。実はさっきから心拍数が高くて、思ったより緊張してるみたいです。集中はできてるんですが』
私は足を止めた。そして、つられて立ち止まったルウの肩を軽く叩く。
「肩の力抜け。集中しすぎると、視野が狭くなるぞ」
『集中しすぎるのがダメ……ですか。わかりました、意識してみます』
集中しないよう意識する、というのも変な話だが、ルウは明美と同じ天才肌っぽいから大丈夫だろう。
移動を再開しつつ、私は続けて言った。
「そもそも私たちの装備なら、よほどのことがない限りダメージなんて一切負わないだろ。多少撃たれても平気なんだから、気楽にいけばいいんだ、気楽に」
『私もそう思ってたんですがね……』
想像した以上に緊張している、と言いたいらしい。
まあ、よくあることだ。想定と現実の間に、差があるってのは。経験を積んでそのあたりのズレを修正することで、人は成長していく。
だから未熟な点を垣間見せたルウには、逆に私は好感を持った。明美と違って人間らしいし、ずっと私に近い。
となれば、彼女の三倍ほど生きてる人間として、多少なりとも手本を見せてやるとしよう。――参考になるかどうかはわからんけど。
ロビーを進んで庭園を抜けると、大きな吹き抜けのフロアに出た。
ナビゲートの矢印は、ここで真上に向かっている。ということは、この吹き抜けを使って二階に上がれということなのだろう。
吹き抜けエリアの床は柔らかいクッション素材となっており、空中には手すりや座れる場所がある。
事前に見た資料にもあったが、ここでは低重力環境を活用し、吹き抜けを通り道として使っているらしい。つまり、二階や三階から一階へと飛び降りたり、逆に一階から飛び上がったりするのだ。
素人目に見ても危ないが、面白そうではある。碧ならば、思い切って挑戦して普通に怪我をしてそうだが。
そんなことを考えつつ、私は二階に向かってジャンプした。
過不足なく、ちょうど二階のふちに着地し、ルウも同様に問題なくたどり着く。ここが矢印の終点であったために周囲を警戒するが、敵の影はない。
『まだ敵はいないわ。いるのは、少し進んだ先にある左右の分かれ道の向こう。知っての通り、どちらも飲食ができるスペースになっているのだけれど、それぞれ十人ほどが武装して待ち構えてる』
「警戒すべきものはあるか? 敵の装備とか、トラップとか」
『少なくとも、この場にはないわ。二人の装備で問題なく蹂躙できると思う』
それを聞いて安心した。心置きなく、クソどもを地獄に送ることができるようだ。
が、一方でルウは疑念を抱いたらしい。
『よくわからん連中ですね。精鋭が自分たちを始末しに来たって理解してるだろうに、なんでこんな半端な待ち伏せをしてるのか。勝率ゼロってのは火を見るより明らかだと思うんですが』
『ここで戦って死ぬつもりなんじゃない? 最初から自分たちの理念に殉じてるような組織だったし、それで何かしらをアピールするつもりなのかも』
明美がテロリストの意図を推測してみせるが、私としてはそのあたりはどうでもよかった。
「敵の目的なんぞ知ったことじゃない。問題ないなら攻めるが、いいか?」
『構わないけれど、念には念を入れましょう。ルウ、音響兵器を展開して』
了解、とルウは返事し、手に持っていた小型コンテナを床に置いた。
彼女はテニスボールほどの大きさの機械を四つ取り出し、床に置いて起動させる。明美が言った音響兵器であり、それらは複数のプロペラを展開させてドローンのように飛び上がる。
『玲ちゃん、どっちから行く? 右も左も、たいして差はなさそうだけど』
「じゃあ右」
『わかったわ。さ、ドローンに続く形で突入して』
四つの音響兵器が先行して通路を進み出したので、私とルウもそれに続く。
前をいくドローンたちが、十字路を左右に分かれる。ひとつは左に、残りの三つが右に曲がり、先んじてテロリストたちの中に突っ込んでいった。
敵の姿を認識したドローンたちは、一斉に大音量の音波を発生させた。とてつもない騒音が室内に響き渡り、多くの敵を瞬時に無力化させる。
銃を連射する音が聞こえるが、なんとか耐えてるやつが必死にドローンを撃ち落そうとしているのだろう。しかし、ドローンの回避能力は高い。苦し紛れの銃撃などでは、到底捉えられないはずだ。
地球では運動性能に難があるとして実用化されなかった兵器なのだが、月の低重力ならばその欠点を補える。ゆえに今回、明美はこれを持ち込んだのだった。
とはいえ、他の部隊にこの兵器は供給していない。
なぜなら、これを使用すれば相手の鼓膜は高確率で破れ、脳の機能にも損傷を与える可能性がそこそこあるからだ。敵を残らず皆殺しにする予定の私たちだからこそ使える、非人道的な兵器なのである。
そんなわけで、通路を右に曲がった私の視界に飛び込んできたのは、うずくまって必死に耳を押さえているマヌケどもの姿だった。
やつらは音によって思考も認識力も奪われているので、私たち――敵が目の前にやってきたことにさえ気づけない。中には気絶している者もいる。
ちなみに、当然私とルウは平気だ。スーツがノイズキャンセリングの要領でドローンの音を相殺してくれているため、ダメージなど一切ない。それどころか、騒音以外の周囲の音を問題なく聞き取れている。
――いよいよ、このときがきた。
碧のシャトルが爆破され、犯行声明が出されたときから抱いていた殺意を、ようやく満たすことができる。
室内には棚や机を積み重ねたバリケードが設置されており、私はそれらを避けて進む。
そして、一番手前でもがき苦しんでいる男の頭に、銃を突きつけた。
銃はこれまで使っていた特殊ライフルだが、装填されている弾は違う。相手の武装に応じて形状を変えるのは同じであるものの、弾に内臓されているのは電撃を発生させる装置ではなく、爆弾だ。
発射されたこの弾は、敵の体内に潜り込んだ後に貫通せず留まり、そこで小規模の爆発を起こす。つまり、頭や胴体に当たれば百パーセント確実に相手は死ぬ。
それを、私はテロリストの頭に容赦なく撃ちこんだ。
相手は崩れ落ち、鈍い破裂音と共に頭を爆発させ、周囲に血しぶきを撒き散らした。
言うまでもないが、即死である。
余韻に浸ることもなく、私は同様に他の敵にも弾をぶち込んでいく。動けず無抵抗の相手を、一方的に、なんのためらいもなく殺戮していく。
みるみるうちに周囲は真っ赤となった。血肉がいたるところに散乱し、もはや室内は地獄絵図と化している。
「次」
周辺の敵すべての頭を吹き飛ばし、私は引き返して隣のフロアへと向かう。先行してドローン三基がそちらへ向かい、敵の動きを念入りに封じた。
隣の部屋で同じように動けなくなっているテロリストどもを、私は同じように次々と殺していった。
もはや、作業だ。
音にやられて倒れこんでいる相手に近寄り、銃口を向け、引き金を引く。それだけの動作を、ひたすらに繰り返す。
――ここに辿り着くまでに大勢の力を借り、散々な苦労をした。
なのに、目的を果たす瞬間がこんなにも味気ないとは。
『もしかして今、虚しさとか感じてます?』
部屋にいる最後の敵を殺したとき、ルウがぼそりと言った。彼女はこれまで一切手出しをせず、私がやることをそばでじっと眺めていた。
私はしばし立ち止まって考え、そして答える。
「……否定はしない。無抵抗の相手を一方的に殺しまくるなんて、普通に悪の行為だしな。やりがいなんて微塵もないし、そりゃ虚しくもなる。ただ……すっきりはしてきた。徐々にだが、胸のつかえが取れてきてる感じがする」
『……そのためなら、吐き気を催す虐殺行為もためらいなくできると?』
「ああ」
今度は即答した。テロリストたちを殺害し、目的を達成することに、私は疑問や引け目を一切感じていないからだ。
ルウは、私の非人道さに失望しただろうか?
嫌われたくない相手だから、そうなったら辛いが……致し方ない。二条玲とはこういう人間なのだ。ごまかすことなんてできない。
……と、思いきや。
『すごい。玲さんは本当に狂気と健全さを両立できてるんですね。私は両方とも半端なんで、羨ましいです。いつか、そんな境地に辿り着ければいいけど……』
などと、妙なことを言いだした。
彼女は私を慕っているようだが、どうもその理由がわからない。ゲーム仲間になる以前からそうだったらしいから、明美に影響を受けたのだろうか? いつか「玲さんの体の肉を食べさせてください」とか言い出さないか、少し心配だ。
『さて、微笑ましい交流も済んだところで、三階に行きましょうか』
ヘルメットの中に明美の声が響くが、少し声が弾んでいる。なんでか知らんが、私とルウが絡むのが楽しいらしい。
『他の施設を攻めてる部隊からは、敵がいないっていう報告が相次いでいる。私も同様の報告をしているけど、ごまかし続けるのも限度があるわ。地下の不安要素もあることだし、のんびりはしすぎないでね』
「りょーかい」
『りょーかいです』
私とルウはまったく同じトーンで答え、揃って三階へと向かった。




