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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
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56歳・16

 ドッキングポートを通って、係留されている宇宙船の中に入る。月への往復船はこの宇宙船に付属しており、ゲートウェイから離れてすぐに切り離されることになっている。

 船を操縦するクルーたちに挨拶しつつ、私は奥の扉を開いて往復船の中に入った。

 すると、そこには私とまったく同じパワードスーツを着用している人物がいた。


『やっと到着ですか、玲さん。社長出勤って感じですね~。ま、私はリアルで社長ですけど』


 細身だが黒くてごつい、特注のパワードスーツ。それが、こちらに手を上げて話しかけてきた。

 ヘルメットをすでに装着しているから顔は見えないが……いや、だからこそ目の前の相手がルウなのだろう。


「なんでルウがそのスーツ着てんの?」


『なんでって、なんです。別にあなた専用ってわけじゃないでしょ、これ』


「……え、そうだっけ? 他に使える人間はいないって、明美が言ってたような」


『母が私を他の人間としてカウントしてないか、玲さんの記憶違いかのどっちかですね。そもそも、私が半年くらいかけて脳波とかのデータを集めたから、玲さんは二、三週間程度でこれを扱えるようになったんですよ。つまり、本家本元はこっちってわけです』


「そうだったのか。っていうか……」


 私は着席しつつ、ルウというかパワードスーツを眺めた。


「戦えるのか? 学生社長みたいな立場らしいけど、実戦経験は?」


『懸念されてるとおり、皆無です。スーツは完全に使いこなせますが、訓練以外で人を撃ったことはないし、撃たれたこともなし。ゆえに私はバックアップに徹しますんで、ご勘弁を』


「……大丈夫か? バックアップだろうがなんだろうが、ガチの殺し合いをすることに変わりはないんだぞ。そういう覚悟はあるのか?」


『それって精神面への懸念ですか? だったら問題ないでしょう。戦場には立ったことありませんが、殺人の経験はあるんで』


「そ、そう……」


 どうやら、明美はヤツなりの英才教育をルウに施したらしい。

 軍事企業の社長を務めて、最新パワードスーツを使いこなせるほどの運動能力を持ち、殺人行為にさえ臆さないとは、どう考えても十九歳のスペックではない。

 ……そのぶん、人格に問題がありそうだが。


 しかし、そうなるとやはり気になる。明美はどういった理由でルウを育てたのだろう?

 期待はずれの碧に代わって優秀な子供を育てようとした――などという動機ではないだろう。

 ヤツは人格破綻者だが、少なくとも諸々の事情で私には誠実だ。だから、私に隠れて私を貶めるようなマネは、絶対にしない。

 となると、ルウ本人が持つなにかに、明美が惹きつけられたのか。

 そう考えるのが自然だが……それはつまり……。


 などと考えていたら、ドアが開いて明美が入ってきた。普通の白い宇宙服を着ており、小脇にヘルメットを抱えている。


「二人とも、準備は良いみたいね。ずっと一緒にいたみたいだけど、会話は弾んだかしら?」


 ルウはやれやれといったポーズをして答える。


『人を殺したって話をしたら、ドン引きされちゃいました。自分は私の母上を散々殺そうとしてるってのに』


「いや……別に引いてはいないぞ。明美の教育に思うところがあったってだけで」


「そこまで過干渉だったつもりはないわよ。子供の頃はともかく、ルウが中学に上がったあたりで私は刑務所に入ったわけだし。ちゃんと自主性だって重んじてきたから、私が与えた影響なんて些細なものだわ」


「……そうなのか」


 こいつが母親として娘と接している場面が、うまく思い描けない。

 それに……なんか段々、その親心をどうして碧に向けなかったんだと、苛立ちさえ覚えてきた。


 ――作戦前に、この精神状態は良くない。

 私はそう判断し、明美に待ったをかけた。


「そのあたりの話はやめよう。マジで複雑な気分になってきた。全部終わってから、改めて聞くことにする」


「……そうね。ごめんなさい、私も配慮が足りなかったわ」


 明美は神妙な口調で謝ってきた。私が鬱屈した気持ちを抱きつつあることを、悟ったのだろう。


『あんまり母上を責めないでください、玲さん。この人は前々から、私とのことは刑務所を出たら全部話すつもりだったんですよ。あなたが碧さんに、出生の秘密を明かそうと思っていたように』


「……そうだったのか」


 なんか、似たような言葉をさっきから何回も言ってる気がする。なんだってこいつらは、このタイミングでネタ晴らしを連発してくるんだ。


『そんなわけで、母上はこの作戦に私を参加させるつもりもなかったんです。けど私が強引に来ちゃったもんで、だから打ち明けざるを得なくなって』


「まあ、玲ちゃんの補佐に最適なのは確かだし、いいわよ別に。あなたなら死なないでしょうしね。それより、この話題はもう終わり。一斉降下まであとわずかなんだから、気持ちを切り替えましょう」


 明美の言うとおりだ。ぐだぐだとお喋りをしている場合じゃない。これから私たちは月面へと向かい、そこにいるテロリストどもと戦うのだから。


 折よくアナウンスが室内に流れ、間もなく船が発進する旨を伝えられる。

 私は、テロリストの親玉であるサディクとかいう奴の顔を思い起こした。みるみるうちに心の中を殺意が満たしていき、他の雑念が塗りつぶされていく。

 これでいい。

 私はこうすれば、どういう状況でもスイッチを入れられる。


 船がガタリと揺れ、ゲートウェイとのドッキングが解除された。これから十分もしないうちに往復船は切り離され、月面へと降下する。

 滅多にしないことだが、私は神だか仏様だかに祈った。


 ――クソどもを皆殺しにするという私の願いが、どうか月で叶いますように。

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