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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
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56歳・14

 捕虜への尋問の結果、残りのテロリストが月にいることが確定した。

 しかし、私たちの船では月面に着陸できないため、それ専用の船を地球から届けてもらう必要がある。


 そんなわけで、次の作戦を実行に移すまでに十日ほどの時間がかかった。

 制圧当初こそは私も忙しかったが、ファーマメントの運用体制が完全に整い、次々と人員が到着するにつれて、逆に暇をもてあますようになった。ここでの仕事は専門知識が必要なものばかりだし、人が増えたから掃除などの雑用さえ誰かがやってくれる。

 私は専用パワードスーツで戦うしか能がないし、次の戦いでも主役となる見込みだ。ゆえに、コンディションを維持する、英気を養うなどの名目で、細々とした仕事以外は免除されていた。


 一方で、明美はなかなかに忙しく立ち回っていたようだ。

 ときに誤情報を流し、ときに国同士の対立関係を刺激し、思い描いた構図を実現するためにリスクを負って暗躍してくれたらしい。


 結果、確実ではないものの、横槍を入れられずにテロリストと戦える見込みが出てきた。これには、以下の三つの要素が前提となっている。


 1、月面の敵は全員が一箇所に固まっているらしいが、潜伏候補は複数あり、どこにいるかはっきりしていない。

 2、敵の数に対して、こちらは過剰なほどの戦力が揃っている。

 3、各国の部隊は、連携が取りづらくなるという理由で他国とのチーム混合を嫌った。


 こういった事情から、宇宙にあがった諸国連合部隊は改めて国別に別れ、それぞれが一箇所ずつ敵の潜伏候補施設への襲撃を担当する運びとなった。

 で、そのチーム分けの際、明美は企業としての立場を強調することで、独自の部隊によって襲撃担当の一枠を独占したのである。


 独自の部隊とは、つまり明美と私だ。

 他にも部下を一人、補助につけてくれるらしいが、ともかく私は襲撃先で自由に行動できる。向かった先にテロリストがいるとは限らないが、もし当たりを引ければ、そいつらを誰にも止められることなく皆殺しにできるのだ。



 月軌道上には、宇宙ステーション『ゲートウェイ』がある。

 地球から遠く離れているためか破壊されておらず、乗り込んだところ無人ではあったものの、テロリストの手も一切入っていなかった。元々の乗員はテロリストに脅され、非常用の降下船を使って月に降りた――という捕虜の情報は、正しかったらしい。


 ともあれ、そうした理由でゲートウェイは少々の整備だけで使えるようになった。ゆえに宇宙に上がってきた者たちは、そこをファーマメントに次ぐ第二の拠点としている。


 現在、私を含めた軍人部隊は皆ゲートウェイに集まっており、そして月面と宇宙を往復できる船も今、まとまって到着した。

 各国の部隊はすでに準備万端であり、襲撃場所の振り分けも完了している。あとはもう、月に降りてそれぞれの潜伏先候補に一斉に攻め込むだけだった。



 ゲートウェイに着いてから四時間ほど、私はロッカールームと呼ばれるモジュールで待機していた。が、各国の軍人たちもそこに詰めていたため、先日の戦闘についての会話や議論で、引っ張りだこになってしまう。

 そんな中、唐突に明美から連絡がきた。なんでも、月面往復船と一緒に明美の部下とやらもゲートウェイに到着したようで、顔合わせをさせたいらしい。

 なので軍人たちの輪から抜け、私はドッキングポートへと向かった。



『いやぁ、どうもどうも。お待たせしました』


 ドッキング部分のハッチからふわりと出てくるなり、与圧服を着た人物は日本語で挨拶をしてきた。

 言葉遣いは丁寧だが、口調はどこか投げやりで乾いている。この妙に引っかかる声は……確か、明美がちょくちょく通話していた相手だ。

 会うのは始めてだからツラを拝んでやろうと思ったら、ヘルメットの中がまったく見えない。なぜかガラス部分がスモーク仕様となっている。


「ちょっと君……顔が見えないんだが」


『すいません、シャイなもんで特注のやつをかぶってます。ま、そんなことより』


 彼女は減速せず、体当たりするかのような勢いで私に抱きついてきた。おかげで二人はそのまま後方に流れていく。


『おっと失礼。無重力に慣れてないもので。ともかく……おはです、二条玲さん。ずっとあなたに直接会いたかった』


「そ、そう……。明美にでも聞いてたのか? 私のこと」


『それはもう、何度も。耳にタコができるほどに』


 明美は基本的に、私と親しくなろうとする相手にいい顔をしない。

 刑務所では私にあからさまな好意を向けてきた相手が何人かいたが、明美は彼女らすべてを徹底的に冷遇した。嫉妬深いのか独占欲が強いのかは知らんが、二人の間に誰かを入れようとすることなど皆無だったのだ。

 しかし、どうやらこの部下は例外らしい。壁にぶつかりそうになった私の背中を、先回りした明美がグッと支える。


「こら、動きに気をつけなさい。それにあなたのヘルメット、ちゃんと前は見えてるの?」


『見えてますよ。ただ、さっきも言ったとおり無重力に慣れてないってだけです。とはいえ月での重力はまた別だから、いちいち慣らす必要はないでしょうけど』


「まったく、この子ときたら。ごめんなさいね、玲ちゃん。あなたと相性の良い子だと思うんだけど、色々面倒くさい性格なの」


『主任が言います? それ。人格の破綻具合で言ったら、あなたの右に出る人間はそうそういないでしょうよ』


 どうやら二人は、上司と部下という枠を超えた関係であるらしい。明美が私以外にこうも心を開くのは、初めてみた。


「なんでもいいけど、そろそろ玲ちゃんに自己紹介なさい。別に顔は見せなくていいから」


 はいはい、と適当な返事を返すと、部下の女はぎこちなく空中で姿勢を正し、西洋貴族のような礼をしてみせた。


『というわけで玲さん、お初にお目にかかります。わたくし、馬場ルウという者です。以後、お見知りおきを』


「ば……馬場? ってことは――」


「そう。私の娘なの、この子。血は繋がってないけどね」


 ――マジか。初耳だぞ、おい。


 この親密さからして、出所してから養子縁組をしたとは考えにくい。

 ってことは、刑務所に入る前からの関係だった? 十年以上一緒に暮らしてたのに、明美はそれをずっと黙ってた?


 思考がまとまらず混乱している私に、明美の娘とやらは追い討ちをかけてくる。


『ところで、馬場って名前ダサくありません? 日本語以外の言語でも、やっぱ変な響きですよ、これ。うら若き美少女にはふさわしくない』


 シャイとか言って顔を隠してるくせに、美少女を自称するらしい。なんだこいつ。


『そんなわけで、これから二条ルウって名乗ってもいいですか? 玲さんも母上も夫婦みたいなもんなんだから、いいですよね』


「な……なに言ってんだ、お前」


「あら、いいわね。ならいっそ、私も二条明美に名前を変えようかしら」


「ちょっと待てぇーー! お前らぁ!」


 許容量を一気にオーバーしたので、私は叫んでストップをかけた。ボケてんのか本気で言ってるのか、マジでわかんねぇ。


 っていうか……ほかにも色々引っかかってるんだよな。名前とか、挨拶とか。

 ともかく、私は事実をひとつひとつ問いただしていくことにした。


「まず明美。お前に聞くけど、この女が義理の娘って本当か」


「ええ、事実よ。生まれてから八歳くらいまで、私がこの手で育てたの。黙っててごめんなさいね」


「……今、何歳だ?」


『十九歳になりまーす!』


 ルウなる女は、ダブルピースをして答えた。美少女っていう歳でもねぇだろ、十九は。


「ともかく……八年も育てたなら、がっつり娘だな。なんでそんな存在がいることをずっと黙ってた」


「話しづらいからが半分、ビックリさせたいからが半分ってとこね。それに、刑務所にいるときに教えても、すぐに会えないからつまらないじゃない」


 私は明美のこういうところがわからない。

 ――人生を左右するほどの選択肢を、面白いか否かだけで、いとも簡単に選んだり切り捨てたりする。その感覚が、まったくもって理解できない。


 とはいえ、自ら育てたくらいだから、ルウは明美にとって相当に特別な存在なのだろう。

 明美は私以外の人間に一切興味を持たないのだと思っていたが……どうやら違ったらしい。

 私は次に、そのあたりの事情を問いただそうとする。


「疑問なんだが、そもそも明美はなんでルウを――」


 そのとき、大音量のアナウンスが唐突に基地内に流れた。


『緊急の呼び出しをします。アケミ・ババ、アケミ・ババ主任は、至急第六モジュールまで来てください。会議メンバーの皆さんがお待ちです』


「ああ、忘れてたわ。侵攻作戦の最終チェックをするんだった。というわけで、話は後でね、玲ちゃん」


 明美は通路を通っている手すりを掴み、体勢を変える。そしてこちらに手をひらひらと振ると、無重力空間を飛んで奥へと向かった。


『んじゃ、私も行きますかね。武器をしこたま持ってきたんで、企業の社長として納入手続きをしなきゃならんのです』


 そう言うと、ルウも私の返事を待たずに通路の向こうへと体を滑らせていった。


 …………まったく。

 どういう親子関係なのかはしらんが、他人の事情を省みないところはそっくりだな。


 私は心底呆れつつ、ふわふわと浮きながら腕を組んだ。

 知りたいことはまだまだあるが、差し迫った仕事が二人にあるのも事実。話は後でゆっくり聞いてやるとしよう。

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