56歳・13
ファーマメントを制圧してから、十数分が経過した。
穴の修復作業、制御システムの確認や調整、捕虜への尋問、船内の捜索やチェックといった作業を、私たち四人は手分けして行っていた。そこに、明美の乗っている宇宙戦闘機が到着する。
すでに装甲外壁や太陽パネルを展開しているため、ファーマメントは正八面体ではなく、一般的な宇宙ステーションと大差ない形状となっている。
そうして露出したドッキングポートのひとつに、船が接続を完了した。
仲間に促されたので出迎えに行くと、すでに双方の人員が肩を抱き合って喜んでいた。こちらもあちらもヘルメットを脱いでいるので、みんな顔はあらわになっている。
「実に良くやってくれた! 君たち四人は英雄と呼ぶにふさわしいだろう!」
一際大きな歓声をあげたのが、うちの部隊の隊長だった。
私と同い年くらいの黒人で、普段からなかなかに騒がしい人だ。任務中に抑えていた感情を、今ようやく爆発させているらしい。
「おお、ニジョー伍長!」
すると、隊長は私を見つけて無重力を泳いできた。
「聞いたぞ! 見事に一人でテロリストどもを制圧してくれたようだな! ワンマン・アーミーという言葉がピッタリの人物が、まさか本当にいるとは!」
腕をがっちりとホールドさせ、隊長は私を抱き締めてきた。困惑しつつも、一応こちらも腕をポンポンと叩いて返す。
直後、馴染みのある声がすぐそばから聞こえてきた。
「――中佐。いかに部下とはいえ、女性に体を密着させるのはセクハラでは?」
気づけば、すぐそばに明美が浮いていた。やや頭上から隊長を見下ろし、氷のように冷たい視線を向けている。
「そ、そうだな。これは失礼」
明美の圧にびびったのか、隊長は慌てて私から体を離す。
彼は咳払いをして気を取り直すと、勢ぞろいした部隊の人員に向けて言葉を発した。
「ともあれ、全員良くやった! ここにいたテロリストたちは全員生きたまま捕獲し、基地は最小限の損傷で奪還し、攻撃衛星を停止させて完全に制宙権を確保できた! 飽和作戦第二段階は、おおよそ理想的な形で完遂されたと言っていいだろう!」
うんうんと、仲間たちは頷いている。中には目を潤ませている者もいた。
「君たちは私の、いや、アメリカの誇りだ! 人類史上最高難度のミッションを、見事に成功してみせたのだから!」
ちなみに、今の私の国籍はアメリカだ。刑務所に入る前にむりやり帰化させられたためだが、おかげでこの部隊に入ることができたので、結果オーライではある。
「今頃は、地球にも朗報がいってるかな?」
「ああ、きっと大騒ぎね! アタシたちの家族がインタビューされてるかも」
「帰ったらモテモテだな。困っちゃうぜ」
「モテモテかどうかはともかく、映画化は確定だろ! すげぇミッションだったもん!」
隊長の熱に当てられて、皆もかなり浮かれている。
「映画化するとしたら、誰が主人公だ? 中佐か?」
「おっと、光栄だが私は辞退しよう。指示してばっかりだから、今のトコ格好いい場面がないしな」
「じゃあ、やっぱり突入組の誰かか」
「僕はミス二条を推しますよ。活躍もキャラクター性も、彼女がダントツで一番ですから」
「なるほど」、「確かに」、と隊員たちが次々に同意する。
おいおい、私が主人公だって? 絶対そんな柄じゃねぇわ。まあ、波乱万丈の人生を生きてはきたが……。
「よぉし、主演女優にインタビューだ! 一言どうぞ!」
テンションが上がりすぎたらしく、若い隊員がこちらにマイクを向ける仕草をしてくる。
ガ、ガキンチョめ……無茶振りしやがって。
みんなが注目しているので、無視するわけにはいかない。しばし硬直して考えたのち、私は銃をカッコよく構えるポーズを取った。そして高らかに叫ぶ。
「まだ終わりじゃない! 私は月面のテロリストどもを一人残らずぶっ殺す! 乞うご期待!」
隊員たちは一斉に笑って拍手をした。まあまあウケたらしい。
よかった、よかった。……はぁ。
騒ぎが収まってきたところで、隊長が再び大声をあげた。
「よし、喜ぶのはここまでにしておこう! ニジョー伍長の言うとおり、作戦はまだ終わっていないのだ! ――というわけで、早速これからの仕事の割り振りをする。まずはこのステーションの安全確保と応急整備を完了して、やってくる仲間たちを出迎えねばならんからな」
事前におおよそが決まっていたらしく、隊長はよどみなく隊員たちに指示を飛ばしていった。
激しい戦闘を経ていた私は、パワードスーツのメンテを兼ねた休息を命令された。なので仲間たちの作業の邪魔とならないよう、ドッキングしている宇宙戦闘機のほうに戻り、その中でスーツを脱いで体を拭いたりしていた。
さっぱりしたところで、シャツとハーフパンツに手足を通す。が、そのタイミングで船室へのドアが唐突に開かれた。
私はぎょっとする。『着替え中、立ち入り禁止』という文章を表示したタブレットを、ドアに張り付けておいたからだ。
しかし、入ってきたのが明美だったので胸を撫で下ろす。
「……なんだ、お前か。びっくりした」
「あら玲ちゃん、もう体拭き終わったの? 拭いたタオルは?」
私は後ろに浮いていた濡れタオルを掴み、「ほらよ」と言って放り投げた。明美はそれをキャッチすると、染みこんでいる水分をじゅうじゅうと吸い始める。
うっとりとした顔でタオルを吸ったり舐めたりしている明美に、私は呆れ顔で言った。
「堪能したら仕事に戻れよ。お前の担当作業は重要なんだから」
「ふー……。大丈夫、仕事ならここでやるわ」
そう言うと、明美は逆さになって浮かびながら、脇に抱えていたノートパソコンを開いた。
――明美はファーマメントの制御システムの総点検作業に参加しており、プログラムのコードに改ざんがないかどうかをチェックしていた。
コードは膨大であり、本来はAIに任せるほどの重労働なのだが、それを潜り抜けるウイルスやトラップがないとは限らない。話によると、明美はそうしたことを隊長などに主張し、あえて人力でシステムを調べる仕事についたらしい。
「ざっと計算したけど、多分二十時間以上かかる。だから集中できる環境でやりたい旨を中佐に申し出たわけ。そうして許可もらったから、当分船内は私の占有スペースってことになるわ」
「占有って……じゃあ、他の人は着替えとかどこでするんだよ」
「基地の中のそういうスペースが今整備されてるから、そっちを使えばいいんじゃない?
「それもそうか」
この一ヶ月間、テロリストたちはファーマメントに滞在していたわけだが、連中は存外真っ当な形で施設を使用していたらしい。各種設備に損傷や故障はなく、食糧や水の備蓄も極端には減っておらず、船内はたいして汚れても散らかってもいなかった。
なので少し清掃や点検をすれば、すぐに基地内の機能はすべて使えるようになるとのことだった。
「それより、仕事の話は一旦置いて、私たちの話をしましょう」
明美は唐突に日本語に切り替え、こちらに真っ直ぐ視線を向けてきた。
「一応聞くけれど、テロリストたちをすべて殺すっていう玲ちゃんの目的に、変わりはないのね?」
「ああ、ない」
私はきっぱりと断言した。
「じゃあ、今ここに――ファーマメントに捕らえられてる連中はどうするの? いつ殺す?」
「……今は無理だ。やったら私は確実に仲間に拘束されるし、そうしたら月面にいる残りのテロリストを殺しに行けない」
「月に行って月にいる敵を殺したとして、その場合だってすぐ捕まるわ。そうしたら、ここに残ってる敵はどうするのよ」
「それは……うーん……。どうするかな……」
私が腕組みをして悩んでいると、明美は呆れたように言った。
「しょうがない、私がどうにかするわ。あなたが自分の手で殺せるよう、どうにかして段取りをつけてみる」
「すまん、恩に着る。ついでにわがままを言わせてもらうが、私一人で戦える状況は作れないか? 敵を殺すとなると、仲間にビリビリガムを撃って動きを封じる必要があるが、できればそんなことしたくない。あれって、運が悪いと殺したり障害が残ったりするんだろ? 仲間に攻撃したら罪が重くなるってのもあるし」
「……本当にわがままばっかりね」
珍しく明美が重々しい視線で睨みつけてくる。だから私は正直に言った。
「それだけ頼りにしてるんだよ、お前を。私一人じゃ大したことはできないって事実を、今回の戦いで痛感したからな」
「そ……そうなの?」
明美は殺さなきゃいけない相手だから、へりくだって物事を頼んだ経験はほとんどない。ヤツのほうから自発的に手を貸してくれたことは、数え切れないほどあったというのに。
しかし、この期に及んであちらの善意頼みというのは、虫がいいにもほどがあるだろう。
というわけで、私は改めて明美に頭を下げた。
「頼む、明美。ここまで十分力を貸してもらってるが、もう少しだけ私の頼みを聞いてくれ。気持ちよく碧のかたきが取れるよう、いい作戦を考えてほしい」
明美はしばらくじっと私の顔を見ていたが、やがて脱力して笑った。
「まったく。本当にしょうがないわね、玲ちゃんは。殺す予定の相手に、こうも助力を乞うだなんて」
そして壁を蹴り、ふわりとこちらに近づいてくる。
「いいわ。全力でどうにかしてあげる。ただし、報酬は前払いで貰おうかしら」
そう言うと、明美は私にキスをすると同時に、シャツを脱がそうとしてくる。
「お、おい、ここでおっぱじめる気か? 誰か来たら……」
「扉はロックしたから大丈夫。それに、無重力下のセックスに興味ない?」
「………………なくもない」
やれやれ。
中年ババアのくせにお盛んだな、私たちは。
というわけで、仲間たちが必死に作業をしているにもかかわらず、私と明美は無重力の中でくんずほぐれつに抱き合ったのだった。




