56歳・11
漆黒の宇宙空間に、それよりも少しだけ明るい黒点がぽつりと浮かんでいる。
テロリストが占拠した軍事ステーション『ファーマメント』が、いよいよ目前に迫っていた。あれを私たち四人が制圧できるか否かで、制宙権の奪い合いの行く末が決まると言っても過言ではない。
誰が提案したわけでもなく、私たちは会話をやめた。
索敵対策は完璧だが、百パーセント確実に見つからない保障などないのだ。そして察知されるならこのタイミングであり、その場合、爆雷投射によって私と仲間は宇宙を漂う肉片と化す。
銃口を突きつけられた気分ではあったが、どうにか平常心を維持し、私は徐々に大きくなっていくファーマメントをひたすらに見つめていた。
ふーっ、と安堵の息を吐く。
ファーマメントの平らな外壁に肉薄し、牽引ロケットの噴射をストップさせたあたりで、ようやく気を緩められた。どうやら、見つからずにたどり着けたようだ。
基地には取りついた敵への対応手段がないから、たとえ今見つかっても攻撃を受けることはない。現時点では、さしあたり安全と言えよう。
牽引ロケットを適当に外壁へ固定し、すぐに次の作戦行動に移る。
仲間の三人はプロだから、当然もう、無駄口など叩かない。私も彼らを見習い、緩んでいた心をすぐに引き締めなおした。
ファーマメントは真っ黒の正八面体という、相当にSFチックな形状をしている。エヴァのラミエルっぽい形、と言えばわかる人はわかるだろう。
とはいえ、中身の基本構造は筒状のパーツを複数組み合わせたものとなっていて、通常の宇宙ステーションと大差ない。それを防御・隠蔽用の装甲で雑に覆った結果が正八面体であり、ゆえに見た目ほどワクワクできる存在ではないのだ。
通常時は装甲に覆われておらず、太陽光パネルを展開しているから、ここまで奇抜な見た目ではないらしい。
が、今は交戦中のために装甲を閉じており、太陽光パネルなどは装甲の内側へと格納されている。変形は見ごたえありそうだから、そのシーンを動画サイトにでも投稿すれば、バカ受け間違いなしだろう。
装甲は見た目どおり堅牢で、衛星破壊用の爆雷ならば多少は耐えられるらしい。
しかし、私たちの母艦には都市ひとつを吹き飛ばせるほどの強力な爆弾が詰まれている。ファーマメントの装甲など、中身ごとたやすく粉々にできるはずだ。
パワードスーツの装甲と同様、現代においては盾よりも矛のほうがはるかに強力なのである。
そもそもファーマメントは製造されたばかりで、数ヶ月間にわたる実験運用の最中だった。ゆえに未完であり、命令系統の不備もあったがために、テロリストにあっさりと乗っ取られてしまった。
なので、そうした欠点を今度は私たちが利用してやればいい。
元はこちら側が製造、所持、運用していた兵器であり、攻略方法は十二分に熟知しているのだ。
というわけで、効率的に内部に突入する手段もすでに判明している。
私は正八面体の頂点に近いところに位置取り、外壁を溶かしている仲間たちの作業を手伝っていた。激しい衝撃さえ与えなければセンサーは感知せず、また装甲内部に配線が通っていない箇所に穴を開けているので、まず敵にはバレない。
技術も知識もないので道具の受け渡しなどを担当し、私は金属の壁がじゅくじゅくと溶けていく様をじっくりと眺めている。
が、そろそろ頃合なので、仲間に尋ねた。
「どう? 予定通りにいきそう?」
『ええ、問題ありません。五分以内に開通するかと』
その返答を聞き、私は指をカタカタと動かしてスーツのインターフェイスを操作する。
直後、左腕に激烈な痛みが走った。スーツ内側にて、針が自動で私の腕に刺しこまれたのである。
これは、私の体内にマイクロマシンを注入する措置だ。機械任せだとクソ痛いんだが、さすがに宇宙空間でスーツを脱ぐわけにもいかないから、しょうがない。
私は歯を噛み締め、痛みに耐えた。通り道ができたらすぐに戦闘だから、スーツの性能を向上させるこの措置は事前に行う必要があるのだ。
仲間の宣言どおり五分とかからず、基地の装甲にどでかい穴が開いた。
穴の直径は一メートルと少しで、体も宇宙服もでかい仲間たちだと、通るのはやっとだろう。
装甲の厚みは軽く四メートルはあるらしいが、太陽と反対方向にいることもあって、穴の内部は暗くて見通せない。
穴の向こうはまだ真空だ。人の活動領域である基地内部に至るには、さらにもう一枚壁を突破しなければならない。
そして当然、そこには憎きテロリストどもがいる。
敵はかなり電子戦に強く、地球からのハッキングでは基地のコントロールを取り戻すのはもちろん、中の情報を得ることすらできなかった。ゆえに、人数や武装は一切不明。
そうした事情ゆえ、単体で圧倒的な防御力と制圧力を持つ私(というか私のスーツ)が、この作戦に採用されたのである。
次の壁はコンクリート程度の強度しかないので、爆薬を使えば一瞬で大穴が空く。私たちはそこから内部に突入し、一気に制圧戦を仕掛けるわけだが、これは二人で行う。
中には空気があり、放っておくと人間を含めた色々なものが外の真空へ排出されてしまうので、一人は穴の応急措置をする必要がある。
もう一人はハッキング担当だ。遠隔ならともかく、ここまで肉薄すれば基地のコントロールを乗っ取るのは可能らしい。完全に掌握するのは難しいとのことだが、それでも内部の隔壁を閉じなくさせるとか、基地の通信を遮断するとかはできるので、突入と並行してハッキングを仕掛けてもらう。
敵勢力の制圧はほとんど私が担当する予定なので、人数が減ることは問題ない。むしろ、好都合ですらある。可能性は低いが、リーダーのサディクを含めたテロリスト全員がここにいた場合、私は連中をすぐさま皆殺しにするからだ。
そうしたケースも想定しつつ、意識を極限まで研ぎ澄ませる。
いよいよ、碧を殺したクソどもと戦うときがきた。




