56歳・9
テロリストに占拠された軍事ステーション『ファーマメント』は、爆雷投射による攻撃能力は有しているものの、基地ゆえに回避能力は乏しい。
その欠点を五基の攻撃衛星で補う運用だったようだが、あいにくそれらは今、母艦から離れた場所にいる。仮に遠距離攻撃の打ち合いになれば、機動力のあるこちらがはるかに有利だ。
なので突入組による襲撃が失敗し、奪還できる見通しが立たない場合は、宇宙戦闘機による直接攻撃でファーマメントを破壊する段取りとなっている。
これだと攻撃衛星に停止信号を送れないが、それらが新たな命令を受けることもない。乱暴な手段とはいえ、少なくとも事態の悪化は防げるだろう。
しかし私は思いっきり突入組なので、そういう展開になったら非常に困る。というか確実に死ぬ。そもそも、そうなったら居残り組の明美が仲間を裏切ってでも、ファーマメントには攻撃させないはず。
つまり作戦すべてがメチャクチャになるので、なんとしてでも襲撃は成功させねばならないのだ。
突入作戦を間近に控え、私は無重力のエアロック内にてスーツの最終チェックを行っていた。例の最新式パワードスーツを着用しており、武装も先日戦ったときとほぼ同じだ。
このスーツは宇宙空間での戦闘を前提として開発されたものなので、気密性や空調機能は宇宙服となんら遜色ない。活動可能時間がかなり短いという欠点はあるものの、外付けのバッテリー兼ガスボンベを装着すれば、その短所も簡単に補える。
もちろん、スーツ元来の戦闘性能は健在だ。これに匹敵するパワードスーツは他社には存在せず、そもそも宇宙で使える製品となると、数えるほどしかないだろう。
というわけで、ぶっちゃけ今の私は対人戦闘において最強だ。
このスーツは宇宙での白兵戦において凄まじく有利であり、かつ、これを着れるのは私だけだからだ。
突入には他に三人のアメリカ軍人が参加し、彼らも宇宙用パワードスーツを着ているが、その性能は高いとは言えない。私のと比べれば、レーシングカーと軽自動車くらいの性能差がある。
したがって、突入時の戦闘では必然的に私が主役を務めることになっていた。
――ウソついてすまんな、姉貴。
五十六歳のババアだが、人類初の宇宙戦争でバリバリ最前線で戦ってくるわ。
『さて、各員準備はいいかしら』
気持ちを落ち着けていたら、ヘルメット内部で明美の声が響いた。仕事モードだからか、声質がフラットだ。
その呼びかけに対し、『ラジャー』、『OKです』、『問題ありません』という、男たちの返事が続いた。彼らもエアロック内に待機しており、すでに黒い宇宙用パワードスーツを着こんで準備も終えている。
『二条伍長は?』
さすがに空気を読み、明美は私を苗字と階級で呼んだ。
『……いつでも大丈夫であります、馬場少尉』
皮肉を込めて、ちょっと嫌味っぽく言ってやった。アメリカ軍に組み込まれるために仕方なかったとはいえ、ヤツの部下という立場なのは未だに納得がいかない。
『それはけっこう。では、作戦行動を開始します。エアロックの減圧を開始して』
壁際にいた隊員がパネルを操作し、部屋の空気が急速に抜かれていく。
『他の戦闘機は攻撃衛星と交戦を始めているけど、予想どおり苦戦しているようだわ。相手が回避に徹していて、戦いになっていないみたい』
明美の言葉に、隊員の一人が言葉を返した。
『またデブリに突っ込んでくれりゃあ、いいんですけどねぇ』
『戦闘宙域が地球から離れつつあるみたいだから、望みは薄いわ。なんであれ、私たちがファーマメントを抑えるのが最も確実かつ最速という事実に変わりはない。つまり、人類社会の命運はあなたたち四人にかかっているということ』
私の隣にいる男が、ごくりと唾を飲んだ。
『訓練やシミュレーションどおりにやれば大丈夫――と言いたいところだけど、これからやるのは前人未到のミッション。不足の事態が起こる可能性は極めて高いわ。でも一方で、あなたたちはそんな作戦に抜擢された、選ばれし者でもある。困難を成し遂げて、人類史に名前を残してきてちょうだい』
男たちは明美の言葉に奮起されたらしく、力いっぱい頷いたり、拳を握ったりしている。さすが天才サイコパス、人を動かすのがうまい。
ちょっとした演説が終わったところで、壁からビー、ビーと音が鳴り響く。エアロックの減圧が完了したことを示すアラームだ。
スーツに包まれているからまったく実感はないが、今、私は真空の中にいるらしい。
明美に促され、私たち四人は紐で互いの体を繋ぎ、扉を開けて外に出た。
無重力の中をジェットパックを使って泳ぎ、戦闘機の壁に張り付いて直立し、そうして私は眼前に広がる宇宙空間を真正面に捉えた。
(――訓練の映像で見たのと、大差ないな)
というのが、パッと出てきた感想だった。
前後左右を無限の暗黒と無数の光点に囲まれているのは圧巻だが、宇宙には大気がないために星の瞬きがなく、これが意外と味気ない。でもって、そうした風景は訓練で使った無重力体験マシンの中で、すでに散々見ていた。
ゆえに感動らしい感動はなかったのだが、そのおかげで宇宙空間にはさっくり順応できたから、まあよしとしよう。そもそも観光じゃなく、戦うためにこんなとこまで来たんだし。
船の外壁には丸太のような装置が固定されており、私は仲間と協力してそれを取り外す。
長さ四メートルほどのガス噴射ロケットであり、これが私たちを目的地まで運んでくれる。熱や電波を出さず、先っちょにはレーダーをごまかす傘がついているため、この牽引装置を使えば敵の索敵に引っかからずに宇宙を進めるのだ。
ロケットの電源を入れ、傘を展開し、各々の紐を小型ロケットに繋ぎ、飛び立つ準備は整った。
『ステルス牽引ロケットに、現在位置やファーマメントの座標、デブリの軌道予測などを入力したわ。これで自動的に、あなたたちを基地まで連れて行ってくれる』
ファーマメントまではかなりの距離があるうえに、この宇宙戦闘機は隠密性に優れている。まだあちらには、私たちの存在は察知されていないはずだ。
とはいえ、ジェットエンジンで動いて電波を出しまくっている宇宙船で近づけばさすがにバレるので、ここから先はさらに隠れて進まなければならない。ステルス牽引ロケットとは、そのための装置だった。
『そして周知の通り、これ以降は突入するまで通信ができない。サポートすらできないのは心苦しいけれど、あなたたちの成功と無事を心の底から信じているわ』
明美のありがたい鼓舞を受けつつ、いよいよ発進の準備が整った。船との通信がオフになる前に、私はヤツに声をかける。
『じゃあな明美。しばらく待ってろ』
『ええ、待ってるわ。頑張って玲ちゃん』
そうして索敵対策のために母艦との通信を完全に遮断し、私たちは宇宙の彼方へ飛び立った。




