56歳・8
カウントダウンとかいう洒落た儀式を省略し、シャトルは轟音を立てて発射された。旧世代の方式で打ち上げられるためか、揺れ方が半端じゃない。
急上昇によるGに体を押さえつけられながら、ふと碧のことを思い出した。
ちょうど一ヶ月前には、あの子も同じ体験をしていたはずだ。地球の重力を肌で感じて、何を考えていたのだろう。
恐怖か、不安か、わくわくか。
一見すると素直で快活な子だったが、裏にはけっこう鬱屈した部分もあった。私が色々なことを秘密にしていたように、碧も私に対して隠していたことは多いだろう。
だから、刑務所から出たらそのへんをすっきりさせるつもりだった。
少なくとも、私のほうの秘密は明美のことも含めて全部開示しようと思っていたのだ。
――それが、この有り様である。
碧は宇宙で爆殺され、遺体の欠片も残っていない。
隠し事を打ち明け合う機会は永久に失われ、私は娘の仇を取るべく宇宙に上がろうとしている。
本当に、人生ってのはわからない。
碧のことを考えていたら、いつの間にかシャトルの揺れが止んでいた。
ロケットブースターによる加速が終わり、切り離しも済んだのだろう。これからは二段目のエンジンが始動し、さらにGがかかる。
数分後には大気圏を抜けるから、最も危ないのはそのあたりだ。
地球を回る軌道に入るまで、エンジンによる加速は続く。それが終わらなければ一切の武装を展開できないし、細かい方向転換も不可能だから、敵の攻撃を受けたら即終了となる。
手元の端末によると、先んじて打ち上げられた無人シャトルが次々に破壊されているようだ。なんとも恐ろしいが、これには朗報の面もなくはない。どのシャトルに人や兵器が詰まっているかを、敵が把握していない証明にもなるからだ。
これは各国の隠蔽工作の結果でもあるし、人工衛星の損失によって情報が出回りにくくなったことも強く影響しているだろう。つまり、テロリストどもは自分で自分の首を絞めているのである。ざまぁ、って感じ。
しばらくして、シャトルは無事に周回軌道へと乗った。私たちは撃ち落されることなく、宇宙に上がれたのである。
オーストラリアからは別の場所からも複数のシャトルが打ち上げられていたが、それらもすべて攻撃を受けなかったらしい。つまり、目立たない場所から主戦力を送り込むという戦略が、功を奏したのだ。
飽和作戦の第一段階は終わった。
二十六のおとり用無人シャトルは半数ほどが、兵器と戦闘員を載せた九つのシャトルはうち二つが、それぞれ撃墜された。
本命を集めたオーストラリア組が丸ごと無事だから、戦力としては大きな不足はない。それに、思わぬ収穫もあった。敵の攻撃衛星の一基を破壊できたのである。
こちらのASATの攻撃が当たったのではなく、回避先でデブリに衝突して自爆したとのことだが、ともあれ作戦の見通しは明るくなった。仲間を失っているために理想的とまでは言えないが、想定していたパターンの中ではかなりいいほうだろう。
しかし、自分たちの無事や思わぬ戦果に喜んでいる暇などない。敵の攻撃衛星四基はいまだ健在であり、宇宙に上がったシャトルに現在進行形で襲い掛かっているからだ。無人シャトルがそれらを引きつけてくれている間に、私たちは一刻も早く攻撃態勢を整える必要がある。
さて、肝心の攻撃衛星を無力化する手段だが、これは大きく分けて二つある。
1、攻撃衛星を直接破壊する。
2、攻撃衛星をコントロールしている軍事ステーション『ファーマメント』を占拠する。
このどちらかだ。
攻撃衛星は無人であり、自律型AIかファーマメントからの遠隔操作によって稼動している。ゆえに単に破壊するだけでなく、ファーマメントから停止信号を発信することでも、攻撃衛星を沈黙させられるのだ。
飽和作戦第二段階では、この二つの戦略を同時に進める。
そして、私たちの担当は後者、つまりファーマメントの占領となっている。
――武装した人員を送り込み、内部の敵を制圧することで、アメリカの軍事ステーションを取り戻す。それがこのシャトル――いや、宇宙戦闘機の役割なのだ。
宇宙に出るためのブースターや燃料を切り離し、私たちの乗る戦闘機はようやく自由に動けるようになった。戦いを目的としているだけあって、この宇宙船は通常のそれよりもはるかに高い機動力を持ち、当然武装も積んでいる。
今回のために突貫で作られたものではなく、前々からアメリカが保有していた船であり、その性能は保証つきらしい。同系統機がすでに複数生産されていて、飽和作戦という無茶な策を実行に移せたのはそのおかげだったりする。
――とはいえ、こうした秘密裏の軍拡によって今回の事件が大ごとになったのだから、まったくもって褒められることではないのだが。
同時に打ち上げられた通信・観測衛星によって、すでに地上との情報伝達は可能となっている。そうして管制室と密に連絡を取りつつ、私たちの船はファーマメントへと向かった。




