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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
56/174

56歳・5

 ガツン、ガツンと、地面を蹴る度に硬質かつ重々しい音が鳴る。


 私は今、その全身を岩のような装甲で覆ったまま、歩を進めていた。傍からは、黒い岩の塊が人の形をして歩いているように見えるだろう。


 山や海辺の崖で、板状の石が細かい段を作っている地形があるが、スーツ表面の見た目はそれに近い。間接部を除いたスーツすべての箇所に、細かなスリットの入った多段装甲が敷き詰められているのである。


 当然、頭を丸ごと覆っているヘルメットも同様だ。顔の部分さえも一面を装甲が覆っている。

 頭部の前後左右には高精度カメラが付属しており、それによって周囲の風景画像がヘルメット内側のスクリーンに投影されている。おかげで視界にもまったく問題はない。


 武装は幾つかあるが、メインは右手に持つごついライフルだ。

 スーツと同じ装甲が銃身にも薄く張り巡らされており、堅牢性の高さは折り紙付き。発射されるのはゴルフボールほどの大きさの特殊な玉なので、通常の銃と比べると口径がかなり大きいのも特徴だ。


 最も目立つ装備は、背中のジェットパックだろう。

 これは移動を補助するためのもので、ガスを超高圧で自在の方向に噴射できる。重力事情の違う宇宙や月面での使用を前提としたものだが、地上でも高速移動やちょっとした滞空などができるので、使い道は多い。さすがにアイアンマンのように空を自在に飛び回るのは無理だが。



『ずいぶん落ち着いてるわね、玲ちゃん。心拍数が平常時と変わらないわ』


 ヘルメット内部で、明美の声が響く。私は鼻で笑って答えた。


「このスーツがあれば楽勝だろ。心配することあるか?」


『敵の数は多いし、まだ戦力の全容も明らかになっていない。やられることはないだろうけど、無様な失態を晒す可能性は十分あるわ。だから、世間知らずの若者みたいな油断をしないでちょうだい』


「わかったよ。なら年寄りらしく、慎重にいくとしよう」


 若干心を引き締めつつ、私は建物の入り口へと向かう。


 このゴドウィンの邸宅は緑豊かな丘陵地帯にあり、広大な敷地に城のような建造物が立っている。

 アメリカというよりヨーロッパを思わせる豪邸なのだが、学校ほどの広さの私有地を高い壁でぐるりと取り囲んでおり、まるで重要施設のように警備が厚い。


 事前の報告によると、本宅を取り囲む庭に二十人ほどの傭兵がおり、建物内部にも複数の人影が確認されているらしい。

 つまりゴドウィンを捕らえるには、まず庭にいる傭兵たちを無力化し、その後に本宅に踏み込む必要がある。


 邸宅の正門にたどり着き、その脇にある小さな扉に手をかけた。

 鍵はかかっておらず、金属が軽くこすれる音を立てて扉は開く。普通にそこを通り抜け、私は重々しい足音を立てて奥へと進んでいった。


『そうそう、言い忘れてたわ。今のあなたの視界は、軍の偉い人たちにリアルタイムで共有されているの。戦いぶりを観察するためにね。音は伝わってないから会話は自由にしていいけれど、チェックされてることは一応意識しておいて』


「ふーん……」


 仕方ないとはいえ、一挙手一投足をおっさんたちに見られてるのか……。

 意識したらかなりうっとうしかったので、なんとなくその場で頭をグルングルン回した。視界もメチャクチャに回ってるから、共有して見てる連中はきっと困惑するだろう。


『……玲ちゃん』


 明美に低い声でたしなめられたからではないが、頭を回すのはすぐやめた。ちょっとした林の道を抜けて、庭が眼前に広がったからだ。

 そこそこの大きさの庭には、大人の背丈ほどもある植木が迷路じみた形で植えられている。面白い趣味だが、枝が出っ張りまくっているので手入れはしばらくされてなさそうだ。


 スーツのAIが植木の向こうに動く物体を認識したらしく、視界のスクリーンに敵の居場所の候補が複数表示される。

 さて、どうするかな。

 このまま家に向かって歩き続けてもいいが、慎重に行くならば――。


 などと考えていたら、庭の方から男の大声が響いてきた。


「おい、止まれ! なんでパワードスーツが来るんだ! こっちは弁護士を呼んだはずだぞ!」


「……は?」


 私は首を傾げた。警官を銃で追い払っておいて、いまさら弁護士もクソもないだろう。


『……彼らの立ち位置がわからないのよね。傭兵っていうのも自称らしいし、立て篭もってる割にはなんの要求もないし。だから軍のほうは生け捕りにしたいみたいだけど』


「そのへん、宇宙のテロリストどもと似てるな。ま、とにかくぶちのめすとしよう」


 そうして再び、本宅へと続く道を歩き出す。

 慎重策は捨てた。敵を舐めてるわけでないが、ちょっと自分を追い込みたくなったのだ。


「止まれって言ってるだろうが! 撃つぞ!」


 二十メートルほど向こうの植木に隠れている男が、再び声を荒げる。

 スーツのAIがさらに反応し、植木から飛び出している幾つもの銃口がピックアップして表示された。

 私は歩みを止めず、左手を伸ばして指先をクイクイっと曲げた。拳法の使い手が敵を挑発するときにやる、アレだ。


 途端、無数の銃弾がこちらに向かって飛んできた。

 体中の正面から、軽い衝撃が連続で伝わってくる。が、歩みを妨げるほどではない。このスーツは恐ろしく堅牢なだけでなく、衝撃を吸収する機能も備えているからだ。

 装甲の下には、分子単位で制御される特殊な液体が詰まっている。それが攻撃を受ける直前にピンポイントで硬度や粘度を適宜変化させることによって、内側へのダメージを最小限に抑えてくれるのである。


 絶え間ない射撃を食らいつつ、私は前へと歩き続けた。

 程よい距離に来たところで背中のジェットパックを起動させ、ジャンプする勢いに合わせて水蒸気のガスを噴射させる。


 私の体は、一気に十メートルほど真上に飛び上がった。そして植木に隠れている傭兵たちを視認し、銃口を向ける。

 ジェットのホバリングによって空中に留まりつつ、タタタッ、タタタッと、小刻みに球形の弾を発射。敵のパワードスーツはその構造上、素早くしゃがめない。ゆえに植木のそばに隠れていようと、この角度からなら問題なく捉えられる。


 七人に向けて発砲し、そのどれもに一発以上が当たった。

 命中した弾は体の表面でビチャリと粘液のように広がり、直後に強烈な電気ショックを発生させる。


 私がビリビリガムと呼ぶ対人制圧弾を食らった傭兵どもは、そのまま声もあげずに倒れた。

 奴らは今、被弾部からの電気パルスによって激痛に絶え間なく襲われている。相手の状態に合わせて手加減する機能もあるから、たぶん死ぬことはない。そして、ガムは特殊な装置がなければ接着部から外せないので、食らった相手が戦闘を継続するのはまず不可能だ。


 ちなみに、この弾は球形であるがために長距離を真っ直ぐ飛ばせず、対象と距離が離れているとやや命中しづらい。一方で、非アクティブ時の弾は豆粒大なので意外と携帯しやすく、銃の中には二百六十発ほどが格納されている。

 そうしたことから、命中率が悪い欠点を補うべく連射をしたのである。


 正面の敵をすべて片付けたことを確認し、一旦ジェットの噴射を止めた。

 すぐさま体が落下し、どかんと轟音を響かせて着地する。足元の石畳にでかいひびが入るほどの衝撃だったが、私の体には一切ダメージはない。

 このスーツの全重量は百キロを優に越えているが、足裏にも衝撃を吸収する機能があるし、人工筋肉の力ならばその重ささえ受け止めることが可能なのだ。


『玲ちゃん、右! 無反動砲!』


 明美の声と同時に、ヘルメット内でアラームがけたたましく鳴った。

 それらに反応し、私は即座に右を向く。直後、前からどでかい砲弾が飛んできたので、腰を落として右腕を盾にした。

 着弾した砲弾の勢い、そして砲弾の爆発による衝撃が、私を襲う。


 ――さすがに爆発の衝撃は大きい。点ではなく面での攻撃だから、細かく相殺しきれないのだ。

 しかし無論、ダメージはまったくない。

 肘から手首にかけては、特に装甲が厚くなっている。ゆえに砲弾の爆発を完全に防ぎきり、少々の反動に襲われた程度で済んだ。


 私はすぐさま腕を下ろし、銃を構える。無反動砲を撃ってきた相手にビリビリガムを数発打ち込み、仲間と同じように気絶させた。


 間を空けず、ヘルメットの中でピピピと警告音が鳴った。

 さっき無反動砲を撃たれる直前にも鳴っていたが、これは死角から敵に狙われていることを示すアラームだ。

 振り向いた先には、植木から出てきた敵がいた。筋力をアシストする駆動装置のみの旧式パワードスーツを着用しており、装甲が薄いために体のほとんどはむき出しになっている。


 瞬間、ハッとした。そいつが振りかぶっていた武器が、少々まずい代物だったからだ。

 即座に取るべき行動を選び、私は重装備ではありえない速度で敵に接近。敵が振りかぶったスレッジハンマーを、振り下ろされる前に根元を掴んで止めた。


 相手の男はハンマーを手放すと、ヤケクソになったのか、雄たけびを上げながら殴りかかってきた。

 パワードスーツの甲高いモーター音が鳴り響き、まるでサンドバッグを滅多打ちにするかのごとく、連続で重たいパンチが飛んでくる。しかし、私はそれを左手一本で軽くいなし続けた。


 敵のパワードスーツは、モーターや油圧といった機械駆動によって装着者の動きをアシストしている。が、それゆえに稼動範囲は狭く、できる動きは限られていた。

 まったく同じ軌道のフックパンチが繰り返されれば、見極めるまでもなく当たり所はわかるし、そもそも力も硬さもこちらがはるかに上。

 面白そうだから殴り合いに乗ってやろうかとも思ったが、やめた。たぶん勝負にならない。


 なので相手のパンチを片手で掴んで止め、腰溜めに構えた銃でビリビリガムを発射した。敵に張り付いたガムは内胞した電極とバッテリーを駆動させ、強力な電流を流す。

 男は即座に倒れた。よほど痛いのか、顔をこれでもかと歪ませてピクピクと痙攣している。

 ……死なないだろうな、これ。

 人に使うのは始めてなんだが、効き目が強すぎてなんか心配になってくる。


 余裕ゆえに相手の心配をしていた私だったが、その脇に転がっているハンマーを見て、途端に心が引き締まった。

 ハンマーの重りの切っ先は、アイスピックのごとく恐ろしいほどに尖っていたのだ。


「……明美、さっきこれの一撃を受けてたら、やばかったか?」


『いいえ。確かに防御の薄いパワードスーツなら危ないけど、あなたが着ているのなら、なんの問題もないわ』


「じゃあ、さっきの無反動砲が、パワードスーツ用の軽量徹甲弾だったら?」


『それもぎりぎり大丈夫。まずいのは対戦車用の徹甲弾とかだから、それさえ気をつけてくれれば、一切ダメージは受けないはずよ』



 近年、戦場において急速に普及してきたパワードスーツだが、実は鎧としての性能はさほど高くない。正面からの銃撃に多少強いくらいで、手榴弾や対パワードスーツ用徹甲弾などの攻撃を食らえば簡単にやられてしまう。

 中世において銃が大量生産され、それによって金属鎧が廃れたように、どれだけの装甲を纏ったところで強力な攻撃には無力なのである。


 基本的にパワードスーツの運用の利点は、『機械でアシストされた力によって、重火器を個人で容易に携帯できる』という点にある。

 装甲を厚くしすぎると重さが増し、その利点が薄れてしまうため、ゆえに開発当初は鎧的なパーツなどほとんどなかった。最近は流れが変わって防御力も重視するようになったが、それを疑問視する声も根強い。


 私のパワードスーツは、一着の単純な生産費用だけでも数百億円はかかっているらしい。まだ試作段階というのもあるからだろうが、なんであれ最高級のハイエンド品なのは間違いないだろう。

 しかし、そんな人類史上最高の鎧でも、防げない攻撃はあるのだ。

 金属にも簡単に穴を開けそうなハンマーのトゲを見て、私はようやくその事実を思い出したのだった。



「……もうちょっと慎重になるかな。パワードスーツを着てるから、気が大きくなってたかもしれない」


『それはあるかもね。ま、AIがしっかり警告を飛ばしてくれるから、的確に動けば死ぬことはないわよ。もちろん、過信はだめだけれど』


「そうだな、過信はしちゃいかんな。覚えておこう」


 明美の忠告を胸に刻みつつ、私は一度深呼吸をした。

 そうして意識を切り替え、改めて周囲を見渡す。


「……しかし、敵の気配がないな。まだ十人も倒してないぞ」


 庭にいる傭兵の数は、少なくとも二十人という話だったはずだ。


『どうやら室内――奥にある本宅に逃げたようね。注意して、玲ちゃん。まだ投降しないということは、家の中に戦力を隠している可能性があるわ』


「りょーかい。気を引き締めていくか」


 拳でヘルメットをガンガンと叩き、気合を入れる。


 両手であらためて銃を構え、私は小走りで本宅へと向かった。

 が、走り出してすぐ、正面から複数の銃声が響いてくる。


「おいおい、戦闘してるぞ。私以外に突入したやつがいたのか?」


『そんなことはないはずだけど……妙ね。玲ちゃん、ちょっと急いだほうがいいかも』


 明美の言うとおり、少し妙だ。一斉に鳴っていた銃声が、なぜか一斉に途絶えている。


 私は速度を上げて庭園を走り抜けた。



 いかにも豪邸といった風情の住宅に足を踏み入れると、正面の広いホールに十数人が倒れていた。半分ほどはパワードスーツを着たままであり、ほぼ全員が拳銃を手に握っている。


『AIが判定してくれたけど、全員頭を打ち抜かれてるわね。心肺も停止してる』


「……なんだこれ。集団自殺でもしたのか?」


『一応周囲を警戒して。彼らを殺した人間が隠れていたりするかも』


「わかった」


 少なくとも、今いるフロアには私と死体以外に誰もいない。

 とはいえ、私ひとりで豪邸の中を捜索するのは非効率的すぎる。警察や軍に任せるか、監視カメラの映像をAIに調べさせるほうがずっと早いだろう。


『……ええ、はい。そうです、集団自決の可能性が……』


 明美は誰かと話している。たぶん軍の偉いやつに報告をしているのだろう。


 なんであれ、戦闘は終わったと考えていいはず。

 私は一応警戒は絶やさないまま、複雑な感情のこもったため息を吐いた。

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