56歳・4
シャクルトン同胞団とかいうクソどもが地球規模のテロを引き起こしてから、およそ三週間が過ぎた。
しかし、事態はまったく進展していない。
大国は未だに宇宙へ軍隊を送れず、テロリストたちは月で人質を取ったまま沈黙を続けている。
衛星という衛星が破壊されたことによる通信障害も、いまだ健在だ。世界中の人々は不便を余儀なくされ、怒った彼らは国やテロリストにあらゆる罵詈雑言を投げかけている。
フランスでは市民による暴動が起きたし、情報インフラの不備がもたらす悪影響は枚挙に暇がない。長引けば、さらなる悲劇が起こるのは必至と言えよう。
シャクルトン同胞団が新たな動画をネットに投稿したのは、そのようにして人々の不満や鬱屈が溜まっていたときだった。
『我々に協力した企業や個人の名を公開する』というタイトルの動画であり、内容はそれ以上でも以下でもなかった。例のサディクという男が紙に書かれている名前を読み上げ、動画はそれだけで終わる。
テロリストどもの真意は不明だが、これによって連中に協力したとされる企業などが注目を浴びる。名前を挙げられただけで明確な証拠は示されていないのだが、テロに加担したとして敵対視する人が少なくなかったのである。
しかし、当然各国政府は冷静な対処を人々に求めた。さらに、「冤罪を仕掛けて、地上の人間同士を戦わせるのが目的では?」という意見がネットで主流となったこともあり、過激な意見はほんの数日で勢いをなくしていく。
一方、言うまでもないが、国はテロリストに名前を挙げられた人物を調べた。そして、その中から間違いなく『クロ』の企業や人間が複数見つかる。
アメリカ当局が最も注目したのは、エネルギー会社のCEOを務めるロバート・K・ゴドウィンという男だ。
彼はかつて石油やシェールガスの取引によって巨万の富を得て、政財界にも顔を利かせるほどの人物だった。しかし、ヘリウム3という新たなエネルギー資源への適応に遅れ、会社は衰退。彼の人生は転落の一途を辿っていた。
宇宙でテロが発生し、ヘリウム3の流通が止まれば、ゴドウィンは再びエネルギー産業で返り咲ける。つまり彼には、シャクルトン同胞団に協力する立派な動機があったのである。
このゴドウィンという男は、現在自宅にいる。
そして何を考えているのか、ゴドウィンは国からの出頭要請に応じなかった。そればかりか、家に来た警察官に銃を向けて追い返したのである。
かくして、郊外にあるゴドウィンの豪邸は大量のパトカーに囲まれる運びとなった。しかし数十人の傭兵がパワードスーツを着て守っているため、容易には踏み込めない。
――というわけで、前置きが長くなったが本題に入ろう。
このゴドウィンなる男の確保を、なんやかんやあって私が受け持つことになったのである。
国や警察との交渉は明美やその部下がやったらしく、詳細は知らん。ただ、私らがこの件に介入する必要性は理解している。
ひとつが、私――というよりアケミレイ・インダストリアルの新型兵器の有用性を、アメリカ軍にアピールできること。
すでに私らはアメリカ軍に籍を得ており、シャクルトン同胞団を撃滅する作戦への参加も決まっている。が、『新兵器運用のための企業からの出向者』という色合いが強いようで、前線で戦えるかどうかは不透明らしい。
なので、ここで活躍して私のパワードスーツの強さを見せ付ければ、戦闘の重要な局面を任せてもらえる可能性がグッと高くなるのだ。
もうひとつの理由は、単純に私が実戦経験を積めることだ。
会社の施設でも実戦を模した訓練はできたが、当然私が絶対に死なないよう配慮されていたし、私も人間相手には手加減せざるを得なかった。
それに、傭兵たちが成金男を守るというこの状況は、テロリストどもとの戦いに通じるものがなくもない。予行演習としては、まあまあのシチュエーションと言えるだろう。
「敵の傭兵は、タイザン社のパワードスーツTlk-201を使用してるわ。旧式だから防御力はないけど、一方で身の軽さがあるから奇襲には向いてる。敵の出方によっては、少し手こずるかもね」
「カンボジアの内戦で解放軍側が使ってたやつか。データは頭に入ってるし、戦闘の動画も記憶にある。ダイジョブだろ」
大型トラックのコンテナの中に、私と明美はいた。
今回のために突貫で作った移動指揮所兼ロッカールームで、モニターやらPCやら小型コンテナやらが、雑多に押し込められている。
明美はスーツにタイトスカートを合わせていて、髪をポニーテールで結っている。なぜか眼鏡までかけているから、いかにも敏腕秘書といった風体だ。
一方で、私は例のウェットスーツのような黒い服を着ており、すでに電源も入っている。
この数週間の訓練で、これを着たまま日常生活ができるほどにスーツの扱いは慣れた。あとは外装を装着すれば、いつでも戦うことができる。
「事前に話したとおり、作戦目標はゴドウィン氏の捕獲よ。そのためには彼を守っている傭兵たちを排除する必要があるけど、『できるだけ殺さないように』というリクエストを軍のほうから受けてる。だから、今回は殺傷力のある兵器は使わないこと。いい?」
「ビリビリガムで戦えばいいだけだろ? 楽勝じゃん。とはいえ、正直ゴドウィンのほうはぶっ殺したいんだがな。テロリストどもに兵器を融通したなんて、共犯者にもほどがある」
「気持ちはわかるけど、我慢して。やるならせめて、宇宙にいる連中を片付けてからにしてちょうだい。そうすれば後腐れはないから」
わかってるよ、と私は投げやりに答えた。
実のところ、勢いで殺そうかとも思っていた。だが明美の言うとおり、それで宇宙のゴミクズどもを殺すのに支障が出たら、本末転倒になってしまう。頑張って自重しなければ。
脇で準備をしていたスタッフが、私の腕をすっと取った。そして消毒液の染みた綿で肌を拭いた後、血管に注射機の針を差す。
私の体に注入された液体には、超極小サイズの機械が大量に含まれている。筋肉や脳の電気信号をスーツが検知しやすくするための物質で、人工筋肉の安定性が飛躍的に高まるらしい。機械といえど無害の有機物質でできているから、体に悪影響はないとのことだが……まあ、我慢だ。
注射が済んだので、他のスタッフたちも私の周りに集まってきた。私は両腕を真横に広げ、されるがままにする。
そして足元から順に、スーツの上へ外装が取り付けられていった。




