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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第二部
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56歳・3

 シャクルトン同胞団とかいうテロリストどもは一切の議論の余地なくクソだが、ともあれ死ぬ覚悟があるのは本当らしい。


 連中が占拠したアメリカの宇宙軍事ステーション『ファーマメント』には、攻撃用小型衛星が五基併設されていた。爆雷を投射して目標物を破壊できるという代物で、それらは基地本体から分離して独自に宇宙空間を航行する能力も持つ。

 また、中国やインド、新EUも宇宙に軍事基地を所有していたのだが、ファーマメント同様、そうした施設でも連中のスパイが行動を起こし、対処能力を大幅に削がれていた。


 そうした条件下のもと、テロリストどもは攻撃衛星すべてを起動し、他国の軍事ステーションを爆雷投射によって襲った。

 混乱に陥っていたそれらは迎撃行動を取れず、ほぼ無抵抗のまま爆発四散。詰めていた軍人たちはテロ組織の内通者ごと宇宙のチリとなってしまう。


 制空権ならぬ制宙権を完全に確保したシャクルトン同胞団は、碧が乗るスペースシャトルを攻撃し、大勢の民間人を殺害する。

 その後に犯行声明を地上に向けて発信。連中の存在と暴挙が世に知れ渡ることになるのだった。


 クソどもは続けて、地球の周回軌道上にある人工衛星を片っ端から攻撃して破壊した。この行為によって、地上は大混乱に陥る。

 なにせ、衛星を介した通信やGPSなどが一斉に使用不可能になったのだ。

 テレビや天気予報も機能不全を起こしてしまい、人々の日常生活に甚大な悪影響をもたらしてしまう。


 いまやシャクルトン同胞団は、自らの宣言どおり人類の敵となった。

 報道やネットは連日こいつらの話題で持ちきりであり、大勢の人々が一刻も早い対処を国に求めている。が、敵は宇宙にいるうえに、制宙権を握られているめ、各国も簡単には対処できない。


 地上の国々が手をこまねいている中、テロリストどもは次の行動を起こす。

 月面の各種施設を武力で占拠し、それらに従事していた民間人を拘束したのである。が、今のところは彼らを捉えただけで地球への要求はなく、この行為の目的は明らかになっていない。

 ともあれ、人質を取られたことで持久戦という選択肢はなくなった。

 大国はこれまでのわだかまりを一旦捨てて連携し、迅速に対応するべく協議を重ねていったのである。


 制宙権を取られているとはいえ、地球側には圧倒的な物量がある。

 どれだけ時間がかかるかはともかく、シャクルトン同胞団なるテロリストどもが敗北するのは必然だ。

 これだけのことをしでかしたのだから、連中は一切の容赦なく殺されるか、厳刑に処されるだろう。

 しかしそれゆえに、「命をかけてでも不遇を訴える」というテロリストどもの言葉にも、ある種の説得力が生まれてしまっている。そうしたことから、「まずは彼らの訴えに耳を傾けるべきでは?」という主張も最近は多い。


 ――が、正直、私としてはそのあたりはどうでもいい。

 連中の主張が人々に支持されても、認められても、別に構わない。正当性や善悪なんぞ、もはや関係ないのだ。


 やつらは、碧を殺した。


 私にとって重要なのはその一点のみであり、だからこそ、連中を絶対に殺し返す。

 この殺意は揺らがない。なにがあろうとも、私は宇宙のゴミクズどもを根絶やしにしてみせる。



 全身を激痛に襲われながらも、歯を食いしばって耐えられたのは、そうして殺意をたぎらせていたからだろう。


 私は、打ちっぱなしのコンクリートの上で四つんばいとなっている。

 体にフィットした黒いスーツを着用していて、あごの付け根あたりまでがそれに覆われており、額からは脂汗がにじんでいた。

 苦しいから大きく呼吸をしたいが、できない。特殊なスーツによって体中がぎゅうぎゅうと締め付けられているからだ。


『力みすぎよ、玲ちゃん』


 耳につけたインカムから、明美の声が流れてくる。


『そのスーツの人工筋肉は、あなたの体の動き、そして脳波に反応して作動する。でも、今のあなたは筋肉の使いすぎで全身が軽く痙攣してるから、後者のみ――つまり、脳波でスーツをコントロールしなきゃならないの』


 今の私の頭部には、目の粗いザルのような装置がピッタリと被せられている。よくわからんが、そいつが脳内に流れる電気信号を検出してくれるらしい。

 ――人工筋肉を、脳波によって動かす。

 まったく、時代の最先端科学ってのは恐ろしい。完全にSFの世界に片足を突っ込んでいる。


 自分の置かれた状況に改めて感嘆しつつ、私は体の状態を落ち着けることを意識していた。が、そこに明美とは別の声が響いてくる。


『もう無理ですよ、主任! 若い軍人の被験者でさえ、最初の十分でリタイアしたんですよ? 彼女のスーツ着用時間はすでに三十分を越えているし、全身に筋挫傷――肉離れの症状が出かけています! これ以上続ければ、身体に重大な障害が残りかねません!』


 開発スタッフの抗議を受け、明美は軽い口調でこちらに呼びかけた。


『だそうだけど、どうする玲ちゃん? もうやめとく?』


「……いや、続ける。時間がないからな」


 すでに各国は、シャクルトン同胞団を撃滅するための作戦を開始しつつある。

 明美はそれらに私をねじ込む段取りを進めているようだが、同時に『うちの会社の最新兵器を使いこなせるようになること』という条件をこちらに突きつけていた。

 なので、私は意地でもこのスーツの扱いをマスターしなければならない。明美の条件を守るためでもあるが、なにより、圧倒的な強さがなければテロリストどもを皆殺しにできないからだ。


 できるだけ筋肉を使わないように、長く細く深呼吸をする。そして事前の講義で教えられたように、体の各部を動かすイメージを強く脳内に思い描く。


 途端、すっと全身が軽くなった。スーツの人工筋肉が、私自身の筋肉ではなく、脳のイメージに追随し始めたからだろう。

 そのまま力は入れず、上体を起こす動きを頭の中でトレースする。スーツの各部が駆動し、その力によって私の上半身が自動的に持ち上がった。

 同じようにイメージしてスーツを動かし、どうにかして立ち上がることに成功する。


 直立できたおかげで、久しぶりに視界が開けた。

 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた、体育館ほどの地下空間。それが今、私がいる場所だ。

 ここは軍事企業『アケミレイ・インダストリアル』の研究施設の一画であり、開発中の兵器をテストする実験場でもある。

 十一年いた刑務所をサクッと出た私と明美は、その足でこの施設に来た。で、軽い訓練や講義を経た後に、私はこの新型パワードスーツの着用を試みていたのである。


『その調子よ、玲ちゃん。でも脳波による操作だけだと、強くて正確な動きはできない。だから実際の体と脳内イメージ、その両方を同時に動かさなくちゃならないの。やってみて』


 ――明美の言葉に従うなら、変に考えすぎるよりも無心で適当にやったほうがいいだろう。

 私は即座にそう判断し、歩くイメージに重ねる形ですっと右足を踏み出す。


 意外にも、すんなり私は歩き出した。スーツの人工筋肉のアシストもあり、地面を蹴る力がとてもパワフルだ。


「……いい感じじゃないか? これ。さっきまでと違って、全然締め付けがない」


『ええ、上手くできてるわ。どういう動きをしてもその状態を維持するのが基本だけど、できそう?』


「そうだな、けっこうコツは――」


 ジャンプしようとした瞬間、動きとイメージのリンクがずれたのか、スーツが一気に収縮した。全身が締め付けられ、「ぐえっ」と思わず声が漏れる。

 この状態でも動けることは動けるのだが、恐ろしく疲れる。三十分も運動すれば、体中の筋肉が痙攣するほどに。


『飛び跳ねるような複雑な動きは、まだ無理みたいね。シンプルでゆっくりした動作から慣れていきましょう』


「……わかった。けど、もっとスーツの力を試してみたいな」


 私は脳内イメージを強く持ちつつ、斜め前方向にある物体に目を向ける。

 そこに無造作に置かれていたのは、ボロボロになった戦車だ。新兵器の試し撃ちに使われているらしく、装甲のあちこちに銃撃痕がある。それでも原型を留めているのだから、作りはかなり頑丈らしい。


 再び体とイメージをリンクさせ、足を踏み出す。着実に一歩ずつ進み、私は戦車の側面手前にて立ち止まった。

 スーツが機動不全を起こさないよう慎重にしゃがみこみ、車体の底に両手をかける。すると、開発スタッフが声を荒げた。


『ま、まさか、持ち上げる気ですか!? 危険ですよ! 下敷きになったら――』


『黙って。いいからやらせましょう』


 明美は部下の進言をすぐさま切って捨てた。

 すまんな、スタッフくん。私も歳が歳だから慎重にいきたいのはやまやまなんだが、状況はかなり切迫している。そんなのんびりできないんだ。


 ふーっ、と大きく息を吐く。

 イメージが大事だ。このスーツを使いこなせば人知を越えた力を発揮できるが、それには普段とはかけ離れた動きを思い描く必要がある。なので、性能を引き出す難易度は非常に高い。


 思い切って、まったく別のシチュエーションを頭に浮かべた。

 私は今、崖の上にいて、真下に明美がいる。で、目の前の戦車を落とせば、ヤツを潰して殺せる。

 ――だったら持ち上げるしかないだろ!


 やる気とイメージが、いい感じに沸いてきた。いける。

 車体にかけた指から腕、そして背中や脚に、ゆっくりと力を込める。

 重い。当たり前だが、動く気配がまったくない。だが、今の私の筋力は底なしだ。戦車を持ち上げるイメージをしっかり思い描けば、実際の動きもそれについてくるはず。


 人体の限界を超えた出力を要求され、スーツの人工筋肉がにわかに膨らんでいく。

 ギュイイイイと、モーターが駆動するような音が響くが、これはアシスト機能の段階が切り替わったことを伝えるアラームだ。この状態だと日常生活に支障が出るほどの怪力がいとも簡単に出るため、こうして使用者に警告を発しているのである。

 ――つまり、今なら戦車を動かせるということだ。


 少しずつ力を込め続けた結果、ふわりと戦車の車体が持ち上がった。地面との隙間が、ゆっくり着実に広がっていく。

 実際の動きとイメージの動きがずれないよう意識しつつ、私はその奥で殺意を燃やした。この戦車をひっくり返せれば、明美は潰れたトマトのように血しぶきをあげるだろう。そうした様を思い描くだけで、私の中から溢れるほどの力が沸いてくる。


 膝上まで持ち上がったところで、私は叫び声をあげて一気にぶちかました。ずがんと轟音を響かせ、戦車は豪快にひっくり返る。

 亀のように裏返しになったそれを見て、私は気づけば雄たけびを上げていた。


「うっしゃぁああああ! 死ね明美ぃいいいいっ!!」


 砲丸投げの選手が、砲丸投げた後に叫んだりするじゃん? たぶんあれと一緒の現象が私にも起きていた。とにかく、溜めに溜めた力を出し切りたかった。


『うーん、私を戦車の下敷きにでもしたのかしら? ともかくナイスよ、玲ちゃん』


 明美の言葉を聞いて、私のテンションはすぐさま下がった。

 当たり前だが、ヤツは別の場所にいる。戦車の下で潰れてなどいない。


『でも、とりあえず一旦休憩にしましょ。さすがにそろそろ限界のはずだから』


「まだいけそうだが……いいか。確かに腹は減った」


『悪いけど、当分おいしいものは食べられないわよ。ここでの食事は全部、合成ペーストで済ませてもらうからね』


「そりゃ残念。ま、我慢するけど」


 そう割り切りつつ、私はスーツの手首にある大きなボタンを長押しする。各所にある状態確認用のライトが消灯し、スーツの電源がオフとなった。

 直後、体の各所にかかっていた負荷が瞬時に消える。一気に楽になり、私は「ふぅ~」と長い息を吐いた。


『休憩と食事、体のケアが済んだら、今の続きを再開しましょう。で、明日からはさっそく外装を装着してもらうわ。三、四日中には実戦テストを始めるから、そのつもりでね』


「あのカッコいいやつを、ようやく着れるのか。明日が楽しみだ」


 今着用しているスーツは、完全ではない。これの上にさらなる装甲や武装を装着することで、アケミレイ・インダストリアルの最新兵器は真価を発揮するのだ。

 まあ、ともあれ今は休憩するとしよう。


 全身の解放感にひたりつつ、疲れた体を動かして出口へと向かう。

 が、そのときインカムの向こうから、これまでになかった声が聞こえてきた。


『もしもーし。ははう……じゃなかった、主任。例の軍事会議が終わりましたけど、今、時間大丈夫です?』


『ちょうど区切りがついたとこよ。報告して』


(……なんだ、この声? 聞き覚えがあるような、ないような)


 明美に呼びかけてきた未知なる人物の声が、妙に引っかかった。私の家族の誰かに似てる感じだが……いや、気のせいか。


『やっぱり、飽和作戦で決定みたいですねー。けど負担の割り当てがさっぱり決まらなくて、それをちゃんと決めるべきっていう意見と、後回しにしてさっさと進めるべきっていう意見が対立する始末でした。やれやれって感じ』


『それだと、作戦決行までは長くなりそうね。こちらとしては朗報だわ。まだまだ玲ちゃんの仕上げには時間が必要そうだから』


『具体的に、最低どれくらいかかります?』


『二、三週間といったところかしら』


『わかりました。それより早くなるようだったら、どうにか足を引っ張ってみます。面倒ですけど』


『頼むわよ。私は玲ちゃんに付きっ切りになるから、国との折衝は全部あなたに任せるわ』


『りょーかい。ではでは』


 ぷつっと音を立てて通信は切れた。私は出口から通路に抜けつつ、なんとなく尋ねる。


「……おい明美。今の誰だ?」


『あら、玲ちゃん。私の部下が気になるの?』


「妙にお前と親しげに話してたから、なんとなくな。フレンドリーな関係の部下がいるとは思わなかった」


『そりゃあ、いるわよ。あなたと違って交友関係広いもの、私は』


 ふうん、と適当に相槌を打つ。


『……それだけなの? 他に気になったことは?』


「は? どういうことだ」


『ふむ。気づかないものねぇ、やっぱり』


「だから、なにがだよ」


 別になんでも、と明美ははぐらかした。

 ……またなんか企んでるのか? いや、さすがにこのタイミングでドッキリを仕掛けることはないと思うが……。


 今のところ、明美は疑問を挟む余地もないほど私に協力してくれている。

 この新型パワードスーツの提供と訓練もそうだし、刑務所の仮出所手続きなども滞りなく進めてくれた。

 そもそも、考えれば考えるほどに、宇宙のテロリストどもを私一人で相手するのは無理があるのだ。多少疑わしくても明美に従うのが、現状ではベストと言えるだろう。


 そんなわけで、すでに妙な通話相手への疑念は脳裏から消えている。

 筋肉痛の症状が出始めている全身を引きずって階段を上りつつ、私はひたすらにスーツの使用感覚を頭の中で反芻していた。

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